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七草

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

七草(ななくさ)は、文化や風習ごとに様々な観点で挙げられた7種の植物野草野菜穀物)。特によく知られたものに春の七草や秋の七草がある。

春の七草

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春の七草については、正月7日(人日節句)に7種の植物の若菜を入れたを食べる風習があり、七草粥(七種粥)、七日粥、七草の節句、七草の祝ともいう[1][2]御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという意味もある[要出典]

なお、正月15日の小正月行事にも7種の穀物を入れた七種粥を食べる風習があり、小豆粥のルーツの一つとなっているが、正月7日の七草粥とは本来は別の行事とされている[2](後述)。

歴史

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古代中国には元日から一日ごとに鶏狗羊猪牛馬と畜獣を占い、7日には人を占ったことから「人日(じんじつ)」と称された[1]。江南地方にはこの日に早春に若菜摘みを行って「七種菜羹」と呼ばれる(あつもの)にし、万病や邪気を防ぐという風習があった[1]。5世紀から6世紀にこの地方の年中行事や習俗を記した『荊楚歳時記」』にも「正月七月を人日と為す。七種の菜を以て羹を為(つく)る。」との記載がある[1]

日本でも古代から早春に若菜摘みが行われており、冬に不足する新鮮な野菜を求めて貴族も若菜摘みを行った[1]

古代中国の民間俗信が日本に入って若菜摘みと習合し、奈良時代から平安時代には宮中でも人日に若菜を羹にして食べる行事が行われるようになった[1]。平安時代には正月7日(人日)の七種菜のほかに初子の日(陰暦正月上の子の日)の宴(供若菜)があり、いずれも若菜を摘んで羹にする行事であった[1]

なお、鎌倉時代鴨長明が記した公事解説書『四季物語』巻第一の春部では七草粥の起源を奈良時代以前の推古天皇の時代としている[1]。しかし、この説に対して江戸時代後期の『古今要覧稿』は否定的である[1]

室町時代以降なって羹から粥に変わっていったが、それ以前に吸い物式ではなく粥式のものもあったかどうかは不明である[1]

江戸時代に入ると幕府では公武行事として人日を五節句の一つに定め、この日には諸大名が登城して七草粥を食した[1]。朝日新聞のコラム「天声人語」2023年1月7日掲載分「七草いまむかし」によると、江戸時代には七つの調理道具を用いて囃す「薺打ち」や、七草の日にナズナの入った水に指を浸してから爪を切る「七草爪」という行事があり、いずれも長谷川かな女の俳句に題材として取り上げられたことがある[3]

七草粥に入れる「七種菜」については中国の『荊楚歳時記』にも言及があるが、具体的な植物の名前は挙げられていない[1]。若菜の羹を食べる行事についても『土佐日記』『枕草子』『源氏物語』などに行事の記述があるが、いずれも「若菜」となっており具体的な若菜は明らかでない[1]。具体的な若菜の種類と数を記した最古の文献は、鎌倉時代の『年中行事秘抄』とされ「薺 蘩蔞 芹 菁 御形 須須代 佛座」と記している[1]。1362年頃に書かれた四辻善成による源氏物語の注釈書『河海抄(かかいしょう)』では十二種の若菜とともに「七種菜」として「薺・繁縷・芹・菁・御形・須須代・佛座」挙げる[1](1300年頃に書かれた『拾芥抄』も同様であるが、すずしろが「須須之呂」となっている[1])。なお、『古今要覧稿〈時令〉』は薺・繁縷・芹・菁・御形・酒々代(スズシロ)・佛座と定めたのは「四辻左大臣」であるとするが、四辻善成が最初かどうかは定かではない[1]

なお、1970年頃[注釈 1]に農学者で気象学者大後美保[4]「近代七草」としてミツバシュンギクレタスキャベツセロリホウレンソウネギを提唱した[5]ものの定着していない[3]

七種の植物

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七草粥(七種粥)に入れる菜を「七種菜」というが、時代によっても、地方によっても違いがみられる[1]の七草は現代では以下の7種類の植物を指す。

春の七種
七草がゆ
画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
せり
セリ Oenanthe javanica セリ科
なずな
ナズナ(ぺんぺん草) Capsella bursa-pastoris アブラナ科
ごぎょう
御形
ハハコグサ(母子草) Pseudognaphalium affine キク科
はこべら
繁縷
ハコベ(繁縷、蘩蔞) Stellaria media ナデシコ科 [* 1]
ほとけのざ
仏の座
コオニタビラコ(小鬼田平子) Lapsanastrum apogonoides キク科 [* 2]
すずな
カブ(蕪) Brassica rapa var. rapa アブラナ科 [* 3]
すずしろ
蘿蔔
ダイコン(大根) Raphanus sativus var. hortensis アブラナ科 [* 3]
  1. ^ 七草として市販されているものに含まれる「はこべら」は一般にコハコベが利用されている[6]。コハコベは幕末から明治初頭にかけての時期に国内で普通に見られたと記録されている[6]が、明治時代になって日本列島に持ち込まれてきたという指摘もある[7]。2000年にコハコベを春の七草にするのは「帰化植物で、偽物」とする研究者の見解が地方紙に掲載され、生産農家に混乱もあったという[6]。ミドリハコベはもともと日本に生育していた種とされ[7]、春の七草はミドリハコベとする文献もある[8]
  2. ^ 「仏の座」はシソ科ホトケノザとは別の種。
  3. ^ a b すずな、すずしろに関しては異論もあり、辺見金三郎は『食べられる野草』[9]の中で‘すずな’はノビル、‘すずしろ’はヨメナとしている。

小正月行事との区別

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小正月行事の七種粥は、上元(じょうげん、陰暦の正月15日)に7種の穀物を入れて炊いたもので、正月7日の七草粥(七種粥)とは本来は異なる[2]。七種の御粥に使用された七種の穀物は、『延喜主水司式』によればイネ(稲(すなわち米、コメ))、アワ(粟)、キビ(黍子)、ヒエ(薭子)、ミノゴメ(葟子(ムツオレグサ、タムギを指す))、ゴマ(胡麻)、アズキ(小豆)である[2]

古代中国には小豆粥の風習があった[2]。また、中国の『荊楚歳時記』によると正月十五日に豆粥を作る風習があり、日本にも伝わり正月十五日の宮中行事となったが日本では七種の穀物を入れた「七種粥」となった[2]。 その理由は不明であるが、人日(正月7日)に作られる七種菜羹(ななしゅのさいかん)の影響を受けて正月15日の豆粥を儀式化する際に穀物七種としたものとみられている[2]

画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
いね
イネ Oryza sativa イネ科
あわ
アワ Setaria italica イネ科
きび
黍、稷
キビ Panicum miliaceum イネ科
ひえ
ヒエ Echinochloa esculenta イネ科
ごま
胡麻
ゴマ Sesamum indicum ゴマ科
あずき
小豆、荅
アズキ Vigna angularis var. angularis マメ科
みのごめ
葟子、蓑米、葟
ムツオレグサ[注釈 2] Glyceria acutiflora subsp. japonica イネ科

秋の七草

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伊勢神宮(外宮)の観月会に供えられた秋の七草。

春の七草が食用あるいは薬草とする植物を選んだものであるのに対し、秋の七草は万葉の時代に山野に多く自生していた若しくは栽培されていた植物を選んだもので「日本の秋の景を代表する植物」とされる[10]

山上憶良が詠んだ万葉集に収められた以下の2首の歌がその由来とされている[10](2首目は旋頭歌)。

  • 秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花(万葉集・巻八 1537)
  • 萩の花 尾花 葛花 瞿麦(なでしこ)の花 姫部志(をみなへし) また藤袴 朝貌の花(万葉集・巻八 1538)

七種の植物

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和歌に詠まれた野草と植物学上の種の関係については議論がある。

画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
おみなえし
女郎花
オミナエシ Patrinia scabiosifolia オミナエシ科
おばな
尾花
ススキ Miscanthus sinensis イネ科
ききょう
桔梗
キキョウ Platycodon grandiflorus キキョウ科
なでしこ
撫子
カワラナデシコ Dianthus superbus ナデシコ科
ふじばかま
藤袴
フジバカマ Eupatorium fortunei キク科
くず
クズ Pueraria lobata マメ科
はぎ
ハギ Lespedeza spp. マメ科

それぞれの草花には以下の薬効成分がある[11]

  • オミナエシ:消炎、排膿。
  • ススキ:利尿。
  • キキョウ:咳止め、去痰、のどの痛み。
  • ナデシコ:むくみ、高血圧。
  • フジバカマ:糖尿病、体のかゆみ。
  • クズ:葛根湯として風邪薬に用いられる外、肩こりや神経痛にも効用がある。
  • ハギ:咳止、去痰、胃痛、下痢など。

覚え方

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  • “おすきなふくは”
    表の順による秋の七草の覚え方。「みなえし」「すき」「きょう」「でしこ」「じばかま」「ず」「ぎ」。同様に下記の覚え方もある。
  • “おきなはすくふ”(「沖縄救う」の旧仮名遣い表記)[12]

夏の七草

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夏の七草には下記の他にも幾つかが知られている[13]

1. 昭和初期に勧修寺経雄が詠んだ和歌「涼しさは よし い おもだか ひつじぐさ はちす かわほね さぎそうの花」による夏の七草[14]

画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
よし
ヨシ Phragmites australis イネ科

Juncus decipiens イグサ科
おもだか
沢瀉
オモダカ Sagittaria trifolia オモダカ科
ひつじぐさ
未草
ヒツジグサ Nymphaea tetragona スイレン科
はちす
ハス Nelumbo nucifera ハス科
かわほね
河骨
コウホネ Nuphar japonica スイレン科
さぎそう
鷺草
サギソウ Pecteilis radiata ラン科

2. 1945年6月20日日本学術振興会学術部・野生植物活用研究小委員会が、戦時中の食糧難の時節にも食べられる植物として、以下の7種類を「夏の七草」に選定した[15][16][17][18]。さらに、戦後の1946年9月10日に、雑誌と同じ内容のパンフレットが出版された[19][20]

画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
あかざ
アカザ Chenopodium album var. centrorubrum アカザ科
いのこづち
猪子槌
イノコヅチ Achyranthes bidentata var. japonica ヒユ科
ひゆ
ヒユ(ハゲイトウ
葉鶏頭)
Amaranthus tricolor ヒユ科
すべりひゆ
滑莧
スベリヒユ Portulaca oleracea スベリヒユ科
しろつめくさ
白詰草
シロツメクサ(クローバー) Trifolium repens マメ科
ひめじょおん
姫女菀
ヒメジョオン Erigeron annuus キク科
つゆくさ
露草
ツユクサ Commelina communis ツユクサ科

3. 自然写真家の亀田龍吉の『写真でわかる雑草の呼び名事典』[21]にある夏の七草。

画像 よみ
名称
現在の名称 学名 科名
ちがや
白茅
チガヤ Imperata cylindrica イネ科
ひるがお
昼顔
ヒルガオ Calystegia pubescens ヒルガオ科
やぶかんぞう
藪萱草
ヤブカンゾウ Hemerocallis fulva ススキノキ科
どくだみ
ドクダミ Houttuynia cordata ドクダミ科
みつば
三葉
ミツバ Cryptotaenia canadensis subsp. japonica セリ科
のあざみ
野薊
ノアザミ Cirsium japonicum キク科
つゆくさ
露草
ツユクサ[注釈 3] Commelina communis ツユクサ科

冬の七草

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冬の七草については諸説あって明確なものはないが、例として以下のものがある。

海の七草

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7種類の海藻を取り合わせたものであり、地域によって取合せは異なる。汁物や粥にして食べることが多い。

三重県鳥羽市国崎町の「ナナクサタタキ」という、6種類の海藻と青菜を刻んで神棚や漁船に供える新年の伝統行事が有名である[23]

脚注

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注釈

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  1. ^ 朝日新聞のコラム「天声人語」2023年1月7日掲載分「七草いまむかし」では「半世紀ほど前」とある[3]
  2. ^ 本来はくさかんむりに皇(「葟」)で“みの”と読む。七種中、唯一の野生植物であり、七種粥の衰微後にその実名すら不詳となった。小野蘭山大槻文彦金沢庄三郎らはこれを当時「蓑米」と呼ばれていた植物に当てはめたが、牧野富太郎は当時「蓑米」と呼ばれている植物が食用にならない事実を指摘して、七種の「蓑米」とは別種であるとして替わりにムツオレグサを七種の「蓑米」に比定し、それまで「蓑米」と呼ばれていた植物にカズノコグサの和名を与えた。(鋳方 1977)
  3. ^ 2. 日本学術振興会の選と重複。

出典

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 森田 潤司「季節を祝う食べ物 : (2) 新年を祝う七草粥の変遷」『同志社女子大学生活科学』第44巻、同志社女子大学生活科学会、84-92頁。 
  2. ^ a b c d e f g 森田 潤司「季節を祝う食べ物 : (1) 新年を祝う七種粥と小豆粥」『同志社女子大学生活科学』第44巻、同志社女子大学生活科学会、79-83頁。 
  3. ^ a b c 七草いまむかし”. 朝日新聞デジタル. 天声人語 (2023年1月7日). 2023年1月7日閲覧。
  4. ^ 楠本 1985, p. 107.
  5. ^ 婦人生活 1970, p. 67青菜食奨励の意図があったという
  6. ^ a b c 三浦励一『コハコベとミドリハコベの比較生態学的研究』 京都大学〈博士(農学) 乙第10676号〉、2001年。doi:10.11501/3183592hdl:2433/78124NAID 500000204488https://hdl.handle.net/2433/781242019年9月23日閲覧 
  7. ^ a b 手柄山温室植物園. “30.ミドリハコベ(ナデシコ科ハコベ属)”. 2019年9月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月7日閲覧。
  8. ^ NPO法人 自然観察大学『子どもと一緒に見つける 草花さんぽ図鑑』永岡書店、2019年、21頁。 
  9. ^ 辺見 1967.
  10. ^ a b c d 七海 絵里香、大澤 啓志、勝野 武彦「万葉集にみる秋の七草の生育立地」『日本緑化工学会誌』第37巻第1号、日本緑化工学会、2011年、123-126頁。 
  11. ^ 秋の七草 この写真漢方薬に見える? - インタレストニュースクリップHP、2017年3月31日閲覧。
  12. ^ あかりの里たより、平成22年10月号” (PDF). あかりの里. 2017年4月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月1日閲覧。
  13. ^ 夏の七草 - 【みんなの知識 ちょっと便利帳】 2021年11月26日閲覧。
  14. ^ 夏の七草 〜涼を求めて〜 - 開店祝い.com、2017年3月31日閲覧。
  15. ^ 「夏の七草」があると聞いたのだが、どのようなものか。”. 国立国会図書館 (2011年6月17日). 2014年1月13日閲覧。
  16. ^ 木村 1987, p. 77
  17. ^ 木村 2012, pp. 84–86
  18. ^ 日本学術振興会学術部・野生植物活用研究小委員会「新選・夏の七草」『週報』第447巻第8号、日本学術振興会、1945年6月20日。 
  19. ^ 木村 2012, pp. 86–88
  20. ^ 本田 1946
  21. ^ 亀田 2012.
  22. ^ 知らなきゃ損する。運が「2倍」になる冬至の七種(ななくさ) - 2017年4月1日閲覧。
  23. ^ 鳥羽 「海の七草粥」振る舞い 海の博物館、来館者に 三重 - 伊勢新聞、2020年11月10日閲覧。

参考文献

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関連項目

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外部リンク

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