一畑電気鉄道

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一畑電気鉄道株式会社
The Ichibata Electric Railroad Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 一畑、一畑電鉄
本店所在地 日本の旗 日本
690-0874
島根県松江市中原町49
設立 1912年(明治45年)4月6日
(一畑軽便鉄道)
業種 持株会社
法人番号 9280001000070
事業内容 グループの統括事業
代表者 代表取締役会長 大谷 厚郎
代表取締役社長 今岡 和志
資本金 7億8,000万円
発行済株式総数 1,560万株
売上高 連結:217億7,197万6,000円
単体:18億4,659万2,000円
営業利益 連結:△3億4,945万5,000円
単体:82万3,000円
純利益 連結:△5,065万7,000円
単体:△9,030万3,000円
包括利益:△8,563万3,000円
純資産 連結:26億3,986万6,000円
単体:18億5,771万円
総資産 連結: 263億4,486万4,000円
単体:193億3,176万2,000円
従業員数 連結:1,009(614)人※1
単体:59(42)人※2
決算期 3月31日
主要株主 一畑電鉄従業員持株会 7.70%
大谷厚郎 2.80%
川瀬二郎 1.85%
一畑寺 1.70%
石田春久商店有限会社 1.51%
今岡裕子 0.32%
佐藤正保 1.08%
株式会社三越 0.96%
株式会社京三製作所 0.77%
株式会社山陰合同銀行 0.77%
清水建設株式会社 0.77%
主要子会社 一畑グループ 参照
外部リンク http://www.ichibata.co.jp/
特記事項:経営指標は2011年3月 第161期 有価証券報告書
※1:従業員数は就業人員(当社グループからグループ外への出向者を除き、グループ外から当社グループへの出向者を含む。)であり、臨時雇用者数は、年間の平均人員を( )外数で記載している。
※2:従業員数は就業人員(当社から社外への出向者を除き、社外から当社への出向者を含む。)であり、臨時雇用者数は、年間の平均人員を( )外数で記載している。
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一畑電気鉄道本社
鉄道線車両

一畑電気鉄道株式会社(いちばたでんきてつどう、: The Ichibata Electric Railroad Co., Ltd.)は、島根県東部を中心に事業を展開している、一畑グループ各社を統括する事業持株会社である。直営事業としては不動産業などを展開している。本社は島根県松江市中原町49。

概要[編集]

従前より一畑グループをまとめる統括企業としての機能を担っていたが、かつては鉄道事業やバス事業、タクシー事業などを直営で行っていた。しかし1971年にタクシー事業を、2000年にバス事業を分社化。そして2006年に鉄道事業などを分社化した際に事業持株会社へ移行した。そのため現在は不動産業などの一部を直営で行っているほかは大部分が子会社での運営となり、グループを統括する機能が主となっている。

社名は、出雲市にある一畑寺(一畑薬師)への参詣者輸送を目的とした鉄道を計画したことに由来している。

なお、かつて直営していた事業についての詳細は一畑電車一畑バスなど、各事業子会社の記事を参照のこと。

歴史[編集]

  • 1912年(明治45年)4月6日: 一畑軽便鉄道株式会社を創立[1]
  • 1914年(大正3年)4月29日: 出雲今市(現在の電鉄出雲市) - 雲州平田間を開業。
  • 1915年(大正4年)2月4日: 雲州平田 - 一畑間を開業。
  • 1925年(大正14年)7月10日: 社名を一畑電気鉄道株式会社に改称(10日実施、15日届出)。
  • 1927年(昭和2年)10月: 直流1500V電化。
  • 1928年(昭和3年)
    • 4月5日: 小境灘(現在の一畑口) - 北松江(現在の松江しんじ湖温泉)間を開業。
    • 7月14日島根鉄道が荒島 - 出雲広瀬間を開業。
  • 1930年(昭和5年)2月2日: 川跡 - 大社神門(現在の出雲大社前)間を開業。
  • 1932年(昭和7年)12月12日大社宮島鉄道が出雲今市 - 出雲須佐間を開業。
  • 1934年(昭和9年)9月4日:一畑ケーブルより鉄道敷設権(簸川郡東村地内 鋼索線)譲受[2][1]
  • 1936年(昭和11年)9月15日: 鉄道免許失効(簸川郡東村地内 鋼索線 指定ノ期限マテニ工事施工認可申請ヲ為ササルタメ)[3]
  • 1938年(昭和13年)6月9日: 大社宮島鉄道は出雲鉄道に改称。
  • 1944年(昭和19年)
  • 1948年(昭和23年)4月1日: 山陰中央鉄道の広瀬線を島根鉄道として分離。
  • 1954年(昭和29年)
  • 1960年(昭和35年)
  • 1962年(昭和37年)3月28日一畑自動車道(一畑口 - 一畑薬師)開業。
  • 1964年(昭和39年)7月19日: 災害のため立久恵線を休止。
  • 1965年(昭和40年)2月18日: 休止中の立久恵線を廃止。
  • 1968年(昭和43年)3月: 出雲市自動車部から市営バス事業を譲受。
  • 1971年(昭和46年)12月: タクシー事業を松江一畑タクシー(現松江一畑交通)、出雲一畑タクシー、平田一畑タクシー(ともに現出雲一畑交通)に譲渡。
  • 1979年(昭和54年)
    • 8月: 一畑パーク閉園。
    • 9月24日: 一畑自動車道廃止、一般自動車道事業から撤退。
  • 1995年(平成7年)12月1日: 隠岐営業所を隠岐一畑交通として分社。出雲管内の大田線(9号線経由)を口田儀の越堂(こえどう)までに短縮し田儀線に変更。
  • 1996年(平成8年)5月1日: 三成営業所を仁多交通(現奥出雲交通)と日ノ丸自動車(旧横田町域)にそれぞれ移管。
  • 1998年(平成10年)10月1日: 平田市(現出雲市)の路線を廃止。平田市生活バス(現平田生活バス)が運行。
  • 1999年(平成11年)
  • 2000年(平成12年)4月1日: 松江営業所・出雲営業所の乗合バス事業を一畑バスとして分社。広瀬営業所を安来能義広域行政組合(現安来市広域生活バス)に譲渡。
  • 2006年(平成18年)4月1日: 一畑電気鉄道が持株会社に移行。鉄道事業を新設の一畑電車へ、航空代理事業を一畑トラベルサービスへ、貸切バス事業(一畑観光バス)を一畑バス・松江一畑交通・出雲一畑交通へ、人材派遣業を一畑プランニングへ、ホテル事業(ツインリーブスホテル出雲)をホテル一畑へ、外食事業(レストラン神名火・松江堀川地ビール館・喫茶アゼーリア)をいずもへそれぞれ移管。
  • 2008年(平成20年)12月: ミツワタクシーの全株式を取得し、系列化。

直営事業[編集]

直営事業としては島根県立古代出雲歴史博物館の管理運営や保険代理店事業、不動産事業などを行っている。

一畑グループ[編集]

交通事業
観光事業
  • 一畑トラベルサービス
  • ホテル一畑
  • いずも(観光センターいずも・アゼーリア・松江堀川地ビール館 ほか)
生活関連事業
  • 一畑百貨店三越と業務提携。三越は一畑電気鉄道に出資している)
  • 一畑友の会
  • カーテックス一畑(旧:一畑自動車整備)
  • 平田自動車教習所
建設事業
  • 一畑工業
  • 一畑住設
グループ外のその他関連会社

かつては旧島根ヤナセメルセデス・ベンツ島根、後のカーテックス一畑→現シュテルン島根)も加盟していたが、2006年10月にカーテックスから独立し[4]、現在はサンヨーオートセンターのグループ会社となっている。

かつての子会社[編集]

  • 山陰いすゞ自動車

脚注[編集]

  1. ^ a b 『地方鉄道及軌道一覧 昭和10年4月1日現在』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 「鉄道敷設権譲渡」『官報』1934年8月14日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 「鉄道免許失効」『官報』1936年9月15日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 一畑グループの歩み

外部リンク[編集]