一ノ関史郎

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一ノ関 史郎
Shiro Ichinoseki 1964.jpg
個人情報
国籍 日本の旗 日本
生誕 (1944-01-24) 1944年1月24日(74歳)
秋田県南秋田郡八郎潟町
スポーツ
日本の旗 日本
競技 重量挙げ

一ノ関 史郎(いちのせき しろう、1944年1月24日 - )は、日本の重量挙げ選手。1964年東京オリンピック銅メダリスト。

人物[編集]

1944年1月24日秋田県南秋田郡八郎潟町出身。中学生の頃に重量挙げを始める。秋田経済法科大学附属高等学校(現・明桜高等学校)3年次にインターハイ優勝、秋田国体少年の部にて準優勝。法政大学に進学し、3年生の時に行われた1964年東京オリンピックにバンタム級の代表として出場。銅メダルを獲得する。

大学卒業後は秋田県の職員となり、1968年メキシコオリンピック出場。しかし直前の練習中に腰を痛め、その影響から5位に終わる。

現役引退後は書道家となり、雅号「清山」を名乗る。2006年には読売書法展にて入選。

参考[編集]

  • 「アングル 書通じ後輩にエール」秋田魁新報2006年10月23日付夕刊1面