一ノ矢充

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一ノ矢 充(いちのや みつる、1960年12月28日 - )は鹿児島県大島郡徳之島町出身で高砂部屋(入門時は若松部屋)所属の元大相撲力士である。得意手は押し、出し投げ、肩透かし。2007年11月28日の引退時点で現役最年長力士だった。また、2017年5月27日までは昭和以降の最高齢力士の記録も保持していた。初の国立大学出身の力士でもある。本名は松田哲博。血液型AB型。最高位は東三段目6枚目(1991年7月場所)。

来歴[編集]

琉球大学理学部物理学科在学中に相撲部を興す。大学卒業後、元関脇房錦の若松部屋に入門、国立大学出身力士としては史上初の角界入りを果たした。身長が規定に及ばず(身長165cm、合格基準173cm)新弟子検査を合格することができないまま半年ほど過ぎたが、1983年(昭和58年)11月場所の新弟子検査で身長の計測係だった鏡山親方(元横綱柏戸)のお情けで合格[1]、大学時代の実績がほぼ皆無であったため幕下付出の資格は得られず前相撲から初土俵を踏んだ。

2005年1月場所では一番相撲(2日目)に瀧ノ音(伊勢ノ海部屋)と2人合わせて79歳という高齢対決、二番相撲(4日目)に新井(木瀬部屋)と当時戦後最大28歳差の対決が組まれ話題となった。同年9月場所では源武山(引退時44歳6カ月、最高位十両2枚目)を抜き昭和以降の高齢現役記録を更新した。さらに45歳となった2006年1月場所7日目には和木東関部屋、当時15歳9ヶ月)との現役最年長力士と現役最年少力士となる対決が組まれ、29年3カ月差の対決となり再び年齢差記録を更新した。そして45歳6ヶ月となった同年7月場所13日目に鶴大輝(井筒部屋、当時15歳9ヶ月)と対戦し、29年9カ月差とさらに年齢差記録を更新した。

40歳を過ぎたあたりから相撲記者からの年齢に関する質問が増えたが、それに関しては相撲を「武道」と位置づけた上で「年齢に関係なく、筋肉のつけ方や使い方によって強くなる相撲の本質があるはず。それを実践して証明したい。そう考えると年を取るのが楽しみ」と述べている。また「年齢を競う競技ではない、体が動く限り続けたい」と常々語っていた。

2007年11月21日に通算1001回目の土俵に上がり(敗れて517敗目)、同日にその11月場所を最後に引退することを表明すると共に、2004年に取材で知り合った雑誌編集者と2008年2月2日に結婚式を行うことを発表した。その結婚式のプログラムの一つとして断髪式も行われ、新婦となった雑誌編集者も鋏を入れた。引退後も引き続き高砂部屋のマネージャーを務めている。

2013年7月18日には自著の『股関節を動かして一生元気な体をつくる』が発売開始された。この他トレーニング理論の著書を複数出版しており、関取未経験者が自伝や醜聞以外の分野で著作活動を行う例は珍しい。実業之日本社のホームページでも自著の発売を記念して内田樹(武道家・凱風館主宰)・安田登(能楽師・ロルファー)と共に対談を行う様子が掲載された。[2]

エピソード[編集]

  • 横綱朝青龍の面倒を新弟子時代からずっと見続けていたため、朝青龍は横綱在位時にも敬意を込めて「一ノ矢さん」とさん付けで呼んでいた。朝青龍は「彼ほど恐ろしい力士はいない」と一ノ矢を尊敬しているという。
  • 1984年3月場所から2006年1月場所まで22年間序二段以上を維持した。
  • 最高位三段目以上で、かつ現役を5年以上勤めた力士経験者に受験資格が与えられる日本相撲協会主催の相撲指導員に現・タレントの元関脇琴富士や元十両豊乃國(当時は現役)らとともに受験し、見事合格する。
  • 朝青龍が新小結であった豊ノ島との稽古中に豊ノ島に怪我を負わせた時、ホームページ上に朝青龍を擁護しているとも取れる内容の日記を載せている。
  • かつて1960年代一乃矢という同じ四股名の関取がいた(春日野部屋)。その一乃矢の曾祖父は明治時代の大関一ノ矢藤太郎で高砂部屋の所属だった。

主な成績[編集]

  • 通算成績:484勝518敗6休 勝率.483
  • 通算在位:145場所
  • 序二段優勝:2回(1989年7月場所、1993年1月場所)

場所別成績[編集]

                                                  

一ノ矢充
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
1983年
(昭和58年)
x x x x x (前相撲)
1984年
(昭和59年)
西 序ノ口 #43
6–1 
西 序二段 #89
3–4 
東 序二段 #111
5–2 
西 序二段 #68
2–5 
西 序二段 #60
2–5 
西 序二段 #90
2–2–3 
1985年
(昭和60年)
東 序二段 #123
6–1 
東 序二段 #49
2–5 
東 序二段 #77
4–3 
西 序二段 #51
3–4 
東 序二段 #73
4–3 
東 序二段 #53
4–3 
1986年
(昭和61年)
東 序二段 #30
2–5 
西 序二段 #61
3–4 
西 序二段 #82
4–3 
東 序二段 #43
5–2 
東 序二段 #7
5–2 
東 三段目 #68
1–6 
1987年
(昭和62年)
西 序二段 #6
2–5 
東 序二段 #34
1–6 
西 序二段 #80
6–1 
東 序二段 #14
4–3 
西 三段目 #93
3–4 
西 序二段 #5
2–5 
1988年
(昭和63年)
西 序二段 #34
5–2 
西 三段目 #97
4–3 
西 三段目 #73
3–4 
西 三段目 #90
5–2 
東 三段目 #57
2–5 
西 三段目 #86
4–3 
1989年
(平成元年)
東 三段目 #66
3–4 
東 三段目 #80
2–5 
西 序二段 #10
3–4 
東 序二段 #28
優勝
7–0
西 三段目 #37
3–4 
西 三段目 #53
3–4 
1990年
(平成2年)
西 三段目 #74
3–4 
西 三段目 #97
5–2 
西 三段目 #55
4–3 
東 三段目 #37
4–3 
東 三段目 #22
3–4 
東 三段目 #35
3–4 
1991年
(平成3年)
東 三段目 #53
3–4 
東 三段目 #71
4–3 
西 三段目 #51
6–1 
東 三段目 #6
1–6 
西 三段目 #43
3–4 
西 三段目 #53
1–6 
1992年
(平成4年)
西 三段目 #89
3–4 
東 序二段 #7
3–4 
東 序二段 #31
4–3 
西 序二段 #6
3–4 
東 序二段 #27
2–5 
東 序二段 #59
4–3 
1993年
(平成5年)
東 序二段 #30
優勝
7–0
東 三段目 #35
2–5 
東 三段目 #59
3–4 
東 三段目 #73
4–3 
西 三段目 #53
1–6 
東 三段目 #90
3–4 
1994年
(平成6年)
西 序二段 #6
2–5 
西 序二段 #42
5–2 
西 序二段 #4
3–4 
西 序二段 #19
4–3 
東 三段目 #100
3–4 
西 序二段 #19
4–3 
1995年
(平成7年)
西 三段目 #97
3–4 
西 序二段 #22
2–5 
西 序二段 #53
6–1 
東 三段目 #89
1–6 
西 序二段 #31
3–4 
西 序二段 #52
2–5 
1996年
(平成8年)
西 序二段 #89
5–2 
西 序二段 #42
3–4 
西 序二段 #68
3–4 
東 序二段 #94
3–4 
東 序二段 #116
5–2 
東 序二段 #67
3–4 
1997年
(平成9年)
東 序二段 #89
4–3 
東 序二段 #62
4–3 
西 序二段 #38
4–3 
西 序二段 #15
3–4 
西 序二段 #36
3–4 
東 序二段 #57
3–4 
1998年
(平成10年)
東 序二段 #76
3–4 
東 序二段 #94
4–3 
西 序二段 #73
4–3 
西 序二段 #48
3–4 
東 序二段 #66
5–2 
西 序二段 #23
5–2 
1999年
(平成11年)
西 三段目 #93
3–4 
西 序二段 #9
3–4 
西 序二段 #32
3–4 
西 序二段 #48
3–4 
西 序二段 #67
3–4 
東 序二段 #84
4–3 
2000年
(平成12年)
西 序二段 #59
4–3 
西 序二段 #34
1–6 
東 序二段 #65
4–3 
東 序二段 #41
2–5 
西 序二段 #71
6–1 
東 序二段 #1
2–5 
2001年
(平成13年)
東 序二段 #35
2–5 
東 序二段 #59
4–3 
東 序二段 #36
4–3 
西 序二段 #15
3–4 
西 序二段 #36
1–6 
西 序二段 #69
2–5 
2002年
(平成14年)
東 序二段 #98
6–1 
西 序二段 #20
3–4 
東 序二段 #43
3–4 
西 序二段 #57
2–5 
西 序二段 #87
4–3 
西 序二段 #60
4–3 
2003年
(平成15年)
西 序二段 #39
3–4 
東 序二段 #54
4–3 
西 序二段 #29
2–5 
東 序二段 #60
5–2 
西 序二段 #17
3–4 
東 序二段 #41
3–4 
2004年
(平成16年)
西 序二段 #62
4–3 
東 序二段 #38
1–6 
西 序二段 #77
5–2 
東 序二段 #32
2–5 
東 序二段 #61
4–3 
東 序二段 #39
3–4 
2005年
(平成17年)
西 序二段 #66
4–3 
西 序二段 #41
2–5 
西 序二段 #66
5–2 
東 序二段 #25
2–5 
西 序二段 #59
3–4 
東 序二段 #78
2–5 
2006年
(平成18年)
東 序二段 #108
3–4 
東 序ノ口 #2
4–3 
西 序二段 #89
3–4 
東 序二段 #111
4–3 
東 序二段 #84
3–4 
東 序二段 #102
4–3 
2007年
(平成19年)
東 序二段 #72
4–3 
西 序二段 #46
1–6 
東 序二段 #87
4–3 
東 序二段 #61
3–1–3 
東 序二段 #83
3–4 
東 序二段 #103
引退
4–3–0
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 徳の島 哲広(とくのしま てつひろ)1983年11月場所-1984年11月場所
  • 徳錦 哲博(とくにしき-)1985年1月場所-1986年1月場所
  • 一ノ矢 充(いちのや みつる)1986年3月場所-2007年11月場所

著書[編集]

  • 『シコふんじゃおう 日本伝統のコアトレがすごい!』ベースボール・マガジン社 2009
  • 『お相撲さんの"腰割り"トレーニングに隠されたすごい秘密』実業之日本社 じっぴコンパクト新書 2010
  • 『1日1分のシコトレで股関節からカラダが整う!』青春出版社 2011
  • 『お相撲さんの"テッポウ"トレーニングでみるみる健康になる』実業之日本社 じっぴコンパクト新書 2011
  • 『股関節を動かして一生元気な体をつくる』マツダキョウコ共著 実業之日本社 2013
  • 『もっとシコふんじゃおう 1日3分で元気!』ベースボール・マガジン社 2013

伝記[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 自著の出版を記念した対談(後述)では頭部にシリコンを注入したことを証言していた。知人のフリーライターであるヒヤ小林の著書『一ノ矢 土俵に賭けた人生』でも同様に説明された。
  2. ^ 『股関節を動かして一生元気な体をつくる』刊行記念鼎談 内田樹(合気道)×元・一ノ矢(相撲)×安田登(能楽)――伝統文化の身体を語る 実業之日本社 2013.07.18

関連項目[編集]

外部リンク[編集]