ヴャチェスラフ・ヴォロージン
| ヴャチェスラフ・ヴォロージン Вячеслав Володин | |
|---|---|
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| 生年月日 | 1964年2月4日(62歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 |
ミハイル・カリーニン名称サラトフ農業機械大学 ロシア公務員アカデミー |
| 前職 | 法律学者 |
| 所属政党 |
(祖国・全ロシア→) 統一ロシア |
| 称号 |
法学博士 教授 友好勲章 功労勲章 祖国功労勲章 |
| 配偶者 | ビクトリア・ドミトリエフ |
| 子女 | 3人 |
| サイン |
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| 在任期間 | 2016年10月5日 - |
| 大統領 | ウラジーミル・プーチン |
| 在任期間 | 2011年12月27日 - 2016年10月5日 |
| 大統領 |
ドミートリー・メドヴェージェフ ウラジーミル・プーチン |
| 在任期間 | 2010年10月21日 - 2011年12月27日 |
| 大統領 | ドミートリー・メドヴェージェフ |
| 在任期間 | 2003年12月29日 - 2010年10月21日 |
| 国家院議長 | ボリス・グルイズロフ |
| 在任期間 | 2005年3月12日 - 2011年9月11日 |
| 党首 |
ボリス・グルイズロフ ウラジーミル・プーチン ドミートリー・メドヴェージェフ |
ヴャチェスラフ・ヴィクトロヴィチ・ヴォロージン[注釈 1](ロシア語: Вячесла́в Ви́кторович Воло́дин、ラテン文字転写の例:Vyacheslav Viktorovich Volodin、1964年2月4日 - )は、ロシア連邦の政治家、法学者。法学博士。大統領府第一副長官、副首相兼官房長官、統一ロシア総評議会総書記、国家院副議長などを歴任し、国家院議長を務めている。
経歴・概要
[編集]生い立ち
[編集]1964年2月4日にロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のサラトフに誕生する。父は河川船隊の船長だったが51歳で亡くなり、幼少期のヴォロージンは継父に育てられた。1985年にソビエト連邦共産党に入党[1]。翌年にはミハイル・カリーニン名称サラトフ農業機械大学を卒業し、同研究所の大学院で博士論文を仕上げた。
2023年1月、国家院の公式テレグラムチャンネルは、ヴォロージンが大学在学中にウリヤノフスク戦車学校で軍事訓練を受け、卒業時に中尉の階級を取得し、卒業後は軍事大学で研修コースを受講し、予備役大佐の階級まで昇進したと発表した[2]。
1986年に教壇に立ち、ヴォルガ州公務員アカデミー国家建設部の監督・管理に当たり、現在は同アカデミー憲法学教授を務めている。
政界へ
[編集]1990年にサラトフ市議会議員に選出され、1992年にサラトフ市行政府副長官(副市長)・1994年にサラトフ州議会副議長・1996年にサラトフ州副知事を務める。
1993年から1996年までポヴォルジスキー国家公務員アカデミーで副学長を務め、同アカデミー憲法科の教授、国家・地域管理学科の学科長を務めた。
1995年にロシア連邦大統領府付属ロシア公務員アカデミーを卒業し、法律の学位を取得した[1][3] 。
1996年にロシア内務省サンクトペテルブルク大学から研究論文『ロシアの連邦構成体:権限、法律、管理の諸問題』[4]に対して博士号が授与された。
国家院議員
[編集]モスクワに移ったヴォロージンは、同市市長のユーリ・ルシコフが率いる政治ブロック「祖国」の形成に携わった[5]。
1999年ロシア連邦下院選挙に祖国・全ロシアから当選する。当選後は祖国会派の副代表を経て、2001年9月からは代表となり[6]、同年12月に第3期下院副議長となった。
2003年ロシア連邦下院選挙でバラコヴォ小選挙区から立候補して82パーセントの得票で再選され、第4期国家院議員に選出される。国家院では下院副議長、統一ロシア会派第一副代表を務め、2005年から統一ロシア党総評議会幹部会書記を務めた。2007年ロシア連邦下院選挙で3選を果たし、第5期国家院議員に選出され、同年2月2日から2010年10月21日まで、国家院第5期副議長を務めた。
2009年にモスクワ大学公共行政学部国家建設科長に就任した。同年国家院の場では、第二次世界大戦中に起きた出来事に関する歴史的記憶の侵害に刑事責任の導入を支持した[7]。
2010年10月21日に副首相兼官房長官だったセルゲイ・ソビャーニンがモスクワ市長に転出したことを受け、その後任に就任した。2011年12月27日に大統領府第一副長官に任命され、内政政策局および民族関係問題を担当し、ヴォロージンは第1級ロシア連邦現役国務参事官 [注釈 2]の称号を与えられる。同年9月23日に統一ロシア党大会の決定により党総評議会幹部会書記を解任される。
2012年ロシア連邦大統領選挙
[編集]2012年ロシア連邦大統領選挙では、プーチン陣営の選挙対策本部長を務めた。
国家院議長
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統一ロシア党首のドミートリー・メドヴェージェフの提案で、ヴォロージンは2016年ロシア連邦国家院選挙の統一ロシア候補者リストに名を連ね[8]、ヴォルゴグラード州、ペンザ州、サラトフ州、タンボフ州の地域間グループを率いた[9]。選挙の結果、ヴォロージンは第7期国家院議員に当選した[10]。メドヴェージェフはヴォロージンを経験豊富な政治的戦士として称賛した[11]。
2016年9月23日にプーチンにより次期国家院議長に指名された[12]。ロシアでは大統領は国家院議長を任命する権限を持たず、ヴォロージンが国家院議長に就任するためには国家院での多数の賛成を得なければならない。しかし2016年ロシア連邦国家院選挙でヴォロージンの所属する与党の統一ロシアが単独で4分の3以上の議席を獲得する地滑り的大勝利を収めており、その上既に前日の22日にはプーチンが現職のナルイシキン国家院議長に対して10月5日から対外情報庁長官を務めるよう任命しているので[13]、このままプーチンの意向を受けてヴォロージンが次期国家院議長に選出される公算が極めて高い。同年10月5日に国家院が召集されると本会議冒頭で450人中404票の賛成をもって国家院議長に選出された。 この指名を受けて、ロシアおよび欧米の政治学者たちは、ヴォロージンが2018年または2024年にロシア大統領選挙に出馬し、ポスト・プーチンになる可能性があると予測した[14][15][16][17]。なおプーチンは自身の後継者は国民だけが決定できると述べた[18]。
2016年7月1日、ヴォロージンは「ネザヴィディモイ・ガゼータ」紙の発表した国内政治家トップ5の4位に選ばれた[19]。ロシア政治センターの発表した国内で最も影響力のある政治家トップ3において、ヴォロージンは大統領プーチン、首相メドベージェフに次ぐ3位に選ばれた[20]。ロシア国立行政大の専門家・分析センターが実施した調査によると、ヴォロージンの認知度はかなり高く、回答者の83%が、彼が国家院議長を務めていることを知っており[21]、さらにロシア国民の78%が、国家院議長としてのヴォロージンの活動を肯定的または中立的に評価した[22]。
「トランスペアレンシーインターナショナルロシア」の調査によると[23]、ヴォロージンは国家院で最も影響力のある人物の一人であり、彼が提出した13件の法案のうち11件、つまり84.62%が可決されていると指摘した[24]。
治安機関(チェキスト)に属するロシア連邦警備庁(FSO)職員の利益を代弁すると約束し、過激主義やテロリズム対策の強化、電話テロに対する刑事責任を10年の懲役に引き上げるなど、一連の法案の共同起草者となった[25][26]。また、ロシア正教会に対する保護も行っており、2003年には宗教および慈善団体の所有する土地を、教会および教区に無償で譲渡し、信者からの賃貸料を免除する法案を提出し、ボリシェヴィキ率いるソビエト・ロシアがかつて教会から不当に土地を奪い、税金を支払うよう強制したことを公に表明した。2017年11月にはロシア正教会と提携する世界ロシア人民会議で講演を行った。
2016年11月24日、集団安全保障条約機構会議の議長に選出され[27]、同年12月26日にはベラルーシ・ロシア連合国家議会議長に選出された[28]。
2019年3月15日、クリミア共和国で開催された式典で、ヴォロージンはクリミアがウクライナの一部であったことで被った経済的損失について言及し、ウクライナにその補償を義務付けるよう提案した[29]。また同年4月5日には、国家院が連邦政府(内閣に相当)の組閣に関与することを認めるよう提案し、7月17日に掲載された「議会新聞」の記事で、提案の具体的な内容を述べた。この記事でヴォロージンは、憲法の基本的価値の不変性を主張しつつ、大統領が連邦政府の組閣に関する決定において、連邦政府議長(首相に相当)の意見だけでなく、下院議員団の意見も取り入れる新たな政府形成モデルを提唱した。ヴォロージンの憲法改正案は、行政権への偏りを是正し、議会と政府の権限のバランスを回復することを可能にするものであった。
2021年10月12日、 2021年ロシア国家院選挙で421票中360票を獲得し、第8期国家院議長に再選された[30]。
2022年2月15日、ヴォロージンはプーチンに対し、ロシアによって一部占領されているウクライナのドネツクおよびルガンスクの「独立」の承認に支持を表明した。2024年末、ウクライナの裁判所は欠席裁判でヴォロージンを、ウクライナの領土保全に対する侵害の罪で15年の禁固刑を言い渡した[31]。しかし同年4月26日には、ロシア連邦保安庁(FSB)とプーチンが、テレビ司会者ウラジーミル・ソロヴィヨフの暗殺未遂を計画した容疑者を拘束したと発表した後、事件に関与しているとして、逆にウクライナをテロ国家として認定するよう要求した[32]。
政治的見解
[編集]ヴォロージンはプーチンの積極的な支持者の一人であり、2014年10月にヴァルダイ・クラブの会合で、ロシアに対する制裁措置について質問を受けた際は、「プーチン大統領への攻撃はロシアへの攻撃であり、プーチン大統領なしではロシアは存在しえない」と発言した[33][34]。さらに2020年の別のインタビューでは、「プーチンはこれまで、問題に対処する安定した国家統治システムを構築してきた。そしてプーチンの後継者も、プーチンが築いた枠組みに沿って国家運営を行うだろう」と述べた[35]。
イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙は、ヴォロージン下のクレムリンがメディアに対する統制を強化し、非政府市民団体を『外国の代理人』と認定し、諜報機関に監視活動を含むより広範な権限を与えたと指摘している[36]。
ヴォロージンは、若者の間で見られる非愛国心傾向を否定的に評価している[37]。
イギリスのフォーブス誌によると、2012年、ヴォロージンは複数の州知事の解任と任命を監督した[38]。
ロシアとウクライナの戦争が激化していた最中、ヴォロディンはアメリカ合衆国大統領ジョー・バイデンとウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーに対し、「地球上で飢饉を引き起こした大統領」と発言した[39][40]。
2023年のクレムリンドローン攻撃(ロシア当局はウクライナの仕業として非難)の後、ヴォロージンは「大統領に対するテロ攻撃はロシアへの攻撃であり、ウクライナ指導部はテロ組織と認定されるべきだ」と述べ、「キエフに武器を供給している西側諸国の政治家は、その活動の共犯者となるだろう」と、西側諸国を暗に非難した[41]。
2025年7月6日、ロシア連邦共産党大会は、ソ連共産党第20回大会におけるニキータ・フルシチョフのスターリン批判に関する報告を誤りと認める決議を採択した[42]。ヴォロージンは共産党の決定に対し、「第20回大会の決定を見直すことは非常に正しい決定だった」と評価し、その理由として、「大祖国戦争での勝利と国家の創設のために全力を尽くしたソ連の指導者に対する否定的な見方を覆したからである」と述べた[43]。
叙勲
[編集]友好勲章・功労勲章・祖国功労勲章を受章した。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- 1 2 Алексей Макаркин (2010年10月26日). “Вячеслав Володин – политик и администратор” [ヴャチェスラフ・ヴォロージン - 政治家、行政官] (ロシア語). Политком.RU. 2025年9月25日閲覧。
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- ↑ “Выпускники Академии”. www.ranepa.ru. 2022年4月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月9日閲覧。
- ↑ 原文タイトルは «Субъект Российской Федерации: проблемы власти, законотворчества и управления»
- ↑ Кто с помощью Навального сливает Володина? アーカイブ 2018年2月6日 - ウェイバックマシン. Интернет-газета «Четвёртая власть».
- ↑ “Второй после Путина: почему Володина назначили спикером Госдумы”. www.mk.ru. 2022年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月9日閲覧。
- ↑ “Стенограммы обсуждения законопроекта №197582-5 (duma.gov.ru)”. 2022年11月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月16日閲覧。
- ↑ “Медведев предложил включить в предвыборный список единороссов Володина — Новости Политики — Новости Mail.Ru”. 2016年8月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月27日閲覧。
- ↑ Максим Иванов. Предварительные лица アーカイブ 2016年7月4日 - ウェイバックマシン Журнал «Коммерсантъ Власть» № 26 от 04.07.2016, стр. 9
- ↑ Постановление Центральной избирательной комиссии Российской Федерации № 56/541-7 от 23 сентября 2016 «Об установлении общих результатов выборов депутатов Государственной Думы Федерального Собрания Российской Федерации седьмого созыва» アーカイブ 2018年1月22日 - ウェイバックマシン // Сайт ЦИК Российской Федерации
- ↑ Медведев объяснил выдвижение Вячеслава Володина アーカイブ 2016年9月27日 - ウェイバックマシン «РБК», 02.07.2016
- ↑ ロシア下院議長にウォロジン氏 プーチン氏側近 :日本経済新聞 - 2016年9月23日
- ↑ 対外情報庁長官についての布告・ロシア大統領府 (Указ о директоре Службы внешней разведки • Президент России) - 2016年9月22日
- ↑ “Путин предложил Володина на пост спикера Госдумы”. Росбизнесконсалтинг (2016年9月23日). 2016年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月23日閲覧。
- ↑ “Переезд в Думу: о чём говорит уход Вячеслава Володина из Кремля”. Росбизнесконсалтинг (2016年9月23日). 2016年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月23日閲覧。
- ↑ “The Financial Times: В планах Володина когда-нибудь стать президентом России”. // The Financial Times (2016年9月23日). 2016年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月23日閲覧。
- ↑ “Дмитрий Гудков рассказал, что может означать смена Нарышкина на Володина”. Росбалт (2016年9月22日). 2016年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年9月23日閲覧。
- ↑ “Путин отреагировал на заявления о своём преемнике”. Росбизнесконсалтинг (2017年4月21日). 2017年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年4月21日閲覧。
- ↑ “100 ведущих политиков России в июне 2016 года”. www.ng.ru. 2016年10月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月18日閲覧。
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- ↑ Свобода, Радіо (2024年12月12日). “ОГП: український суд заочно засудив голову Держдуми РФ Володіна до 15 років тюрми”. Радіо Свобода (ウクライナ語). 2024年12月12日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2024年12月12日閲覧.
- ↑ “Володин предложил признать Украину «террористическим государством»”. // Ведомости. 2022年4月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月26日閲覧。
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- ↑ “Новый Кремль: групповая замена медведевских губернаторов и сурковских чиновников”. Forbes.ru. 2022年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年4月9日閲覧。
- ↑ “Вячеслав Володин: Байден и Зеленский войдут в историю как президенты, устроившие голодомор”. 2022年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月28日閲覧。
- ↑ “Володин заявил, что США пытаются вернуть вложенные в Украину средства, устраивая голодомор”. 2022年5月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月28日閲覧。
- ↑ “Володин сравнил «киевский режим» с «Исламским государством» и пообещал, что «будет требовать применения оружия, способного его уничтожить»”. Meduza. 2023年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年5月5日閲覧。
- ↑ “В КПРФ приняли резолюцию о признании доклада Хрущева о Сталине ошибкой”. Газета.ru (2025年7月6日). 2025年7月25日閲覧。
- ↑ “Володин назвал правильным решение пересмотреть доклад Хрущева о Сталине”. Газета.ru (2025年7月24日). 2025年7月25日閲覧。
外部リンク
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