ヴザン

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Vezins
Blason ville fr Vezins 49.svg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏Blason région fr Pays-de-la-Loire.svg
(département) メーヌ=エ=ロワール県Blason département fr Maine-et-Loire.svg
(arrondissement) ショレ郡
小郡 (canton) ショレ2小郡
INSEEコード 49371
郵便番号 49340
市長任期 セドリック・ヴァン・ヴォーラン[1]
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) C.A. du Choletais
人口動態
人口 1643人
2013年
人口密度 89人/km2
住民の呼称 Vezinais[2].
地理
座標 北緯47度07分15秒 西経0度42分37秒 / 北緯47.1208333333度 西経0.710277777778度 / 47.1208333333; -0.710277777778座標: 北緯47度07分15秒 西経0度42分37秒 / 北緯47.1208333333度 西経0.710277777778度 / 47.1208333333; -0.710277777778
標高 平均:140m
最低:113m
最高:184m
面積 18.36km2
Vezinsの位置(フランス内)
Vezins
Vezins
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ヴザンVezins)は、フランスペイ・ド・ラ・ロワール地域圏メーヌ=エ=ロワール県コミューン

地理[編集]

モージュ地方にあるアンジューのコミューンであり、ショレと接している。

標高が最も高いのは陶器製造工場があるコミューン南部の180mで、反対に最も低いのはトレマンティーヌの端と接しているエヴル川沿いの113mである。ボカージュと呼ばれる低灌木地帯が多くを占める。いわゆるヴザンの森は、ニュアイエ、シャンテルー=レ=ボワイゼルネを覆っている。

大きくなってエヴル川を形成することになる小川が発生するのが、ヴザンである。

歴史[編集]

19世紀に描かれたヴザンの森

コミューンの領域では古代の痕跡は何も見つかっていない。おそらく長期にわたって森林に覆われていたと考えられる。伝承によれば、初期の集落はギャルド丘陵(コリーヌ・デ・ギャルド)のふもと、レニエと呼ばれる場所にあったとされる。ヴザンという地名が初めて記されるのは12世紀のド・ラ・ポルト家とその城塞に関連する文書である。

中世にはこの城塞の周囲で村の生活が営まれた。1590年に新教徒の信仰の場が設けられるが、1622年にルイ13世の命で破壊されている。城は18世紀に庭園や泉水とともに再建された。ヴァンデ戦争の間、ヴザンは血腥い軍事作戦の舞台となった。1794年に共和国が派遣した地獄部隊が通過した後には城を含めて黒焦げの廃墟が残るのみで、これを耐えたのは数えるほどの町の住居だけだった。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2008年 2013年
1083 1044 1073 1265 1394 1582 1650 1643

参照元:1962年から1999年まで人口の2倍カウントなし。1999年までEHESS/Cassini[3]、2004年以降INSEE[4][5]

脚注[編集]