ヴェルフスラヴァ・フセヴォロドヴナ

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ヴェルフスラヴァ(アナスタシヤ)・フセヴォロドヴナロシア語: Верхуслава(Анастасия) Всеволодовнаポーランド語: Wierzchosława nowogrodzka:「ノヴゴロドのヴェルフスラヴァ」の意、1125年頃 - 1162年3月15日)はノヴゴロド公フセヴォロドの娘であり、ポーランド公ボレスワフ4世の妻となった人物である[1]

生涯[編集]

1137年にボレスワフと結婚し3人の子を産んだ。なおヴェルフスラヴァの死後、ボレスワフはガーリチ公ウラジーミルの娘・マリヤと再婚している。

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ポーランド公ボレスワフ4世との間に以下の3人の子を産んだ。

  • ボレスラフ(1156年 - 1172年)
  • 娘(1160年以前 - 1178年以降) - 1172年もしくは1173年に、ヴァシリコ・ヤロポルコヴィチ(シュムスク公、後にDrohiczyn公[注 1])と結婚した。
  • レシェク(en)(1162年 - 1186年) - マゾフシェ公

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「シュムスク」ロシア語からの転写による。現ウクライナ・シュムシク。また「Drohiczyn(en)」はポーランド語表記による。

出典[編集]

  1. ^ Cawley, Charles RUSSIA, Rurikids // Foundation for Medieval Genealogy

参考文献[編集]

  • Balzer O., Genealogia Piastów, wyd. II - Kraków 2005.
  • Magdalena Biniaś-Szkopek: Bolesław IV Kędzierzawy - książę Mazowsza i princeps. Poznań: Wydawnictwo Poznańskie, 2009.

外部リンク[編集]