ヴェセリン・ヴコヴィッチ (バレーボール)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
ヴェセリン・ヴコヴィッチ
Veselin Vuković
JTサンダーズ
Volleyball (indoor) pictogram.svg
基本情報
国籍 モンテネグロの旗 モンテネグロ
生年月日 (1954-12-26) 1954年12月26日(64歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗コラシン
ラテン文字 Veselin Vuković
選手情報
所属 JTサンダーズ
役職 監督
テンプレートを表示

ヴェセリン・ヴコヴィッチモンテネグロ語/セルビア語: Веселин Вуковић{{{2}}}ラテン翻字: Veselin Vuković1954年12月26日 - )は、モンテネグロ出身のバレーボール指導者。VプレミアリーグJTサンダーズ監督。

愛称は「ヴィスコ」[1]。なおメディアでは「ベセリン・ブコビッチ」[2]表記で通っているが、本項ではJT公式発表の表記を用いる。

来歴[編集]

ユーゴ時代[編集]

ユーゴスラビアモンテネグロ社会主義共和国コラシン出身[3]

1972年から1982年までユーゴスラビア1部のOKヴォイヴォディナ・ノヴィサドブルスコヴォ英語版のクラブ、OKブドゥチノスト・ポドゴリツァ英語版でプレーする[3]

一方で1980年ポドゴリツァ大学(モンテネグロ大学か不明)法学部[3]、1981年ノヴィ・サド大学英語版で学ぶ。

バレーボール指導者としては、1990年から1997年までブドゥチノスト、1997年から2002年までOKブドヴァンスカ・リヴィエラ・ブドヴァ英語版で指導経験を積む[3][4]。この間ユーゴスラビア年代別代表のスタッフを兼任し、1990年ユース代表監督、1991年から1998年までジュニア代表監督を務め、1991年(エジプト)・1997年(バーレーン)と2度ジュニア世界選手権に出場し、ウラジミールニコラのグルビッチ兄弟やイバン・ミリュコビッチなど2000年代ユーゴスラビア代表として活躍する選手たちを見ている[3][2][4]1999年夏季ユニバーシアードにおけるユーゴスラビア代表監督[3][4]

2000年、ゾラン・ガイッチ率いるユーゴスラビア男子代表にコーチとして入閣する。2000年シドニー五輪で金メダル[5]2002年世界選手権からユーゴスラビア男子代表監督に昇格し、2003年から国名変更に伴いセルビア・モンテネグロ男子代表監督に就任した[3][4][5]。主な戦績は2003年欧州選手権4位、2003年ワールドリーグ準優勝。2003年ワールドリーグ後、セルビア協会側は契約延長を望んだがヴコヴィッチは退任することになる[5]

その後[編集]

2003年、エジプト男子代表監督に就任する[6]2003年地元開催のアフリカ選手権終了後に就任したものであり[6]2005年アフリカ選手権優勝、2005年地中海競技大会優勝[3]グラチャン2005には監督として出場していない[7]

2006年、UAE男子代表監督に就任する[3][4]。主な戦績はアラブ選手権優勝[3]。また2007年からUAE・アル・アインの監督として活躍した[4]

2006年、モンテネグロが分離独立したことによりモンテネグロ男子代表が新しくできたことから、2007年その初代監督に就任した[3][4][8]2009年バレーボール男子欧州選手権予選などで指揮した。

2010年、スロベニア男子代表監督に就任するも[4]世界選手権欧州予選で敗退してしまう。2012年11月に退任する[8]

一方でクラブチームとしては、2008年古巣モンテネグロリーグのブドヴァ監督に就任すると[4]、リーグ制覇に導く[8]。2011年トルコリーグのハルクバンク・アンカラ英語版監督に就任すると、2012/13シーズンにはトルコのクラブとしては初のCEVカップ英語版制覇に導いた[2][4][8]

2013年、プレミアリーグJTサンダーズ監督に就任する[2]。低迷していたJTを改革し同シーズンリーグ準優勝、そして翌2014/15シーズンにはクラブ史上初のリーグ優勝に導いた[9]

監督略歴[編集]

在籍が二重チェックできるもののみ記載

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ スペシャルインタビュー”. JTサンダーズ (2014年). 2015年4月15日閲覧。
  2. ^ a b c d “JT新監督にブコビッチ氏 若手育成に定評”. 中国新聞. (2013年5月9日). http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/Sp201305090091.html 2014年5月14日閲覧。 
  3. ^ a b c d e f g h i j k Nejat SANCAK
  4. ^ a b c d e f g h i j JTサンダーズ、2013年5月8日付
  5. ^ a b c SRB / Serbia - Team Composition”. FIVB (2008年). 2015年4月16日閲覧。
  6. ^ a b All African Games set to be the strongest”. FIVB (2003年9月10日). 2015年4月16日閲覧。
  7. ^ Teams & Coaches”. FIVB (2005年). 2013年5月9日閲覧。
  8. ^ a b c d “Veselin Vuković nakon uspješne sezone u turskoj Halkbanci: Heroj Ankare” (セルビア語). pobjeda. (2013年5月8日). http://www.pobjeda.me/2013/05/08/veselin-vukovic-nakon-uspjesne-sezone-u-turskoj-halkbanci-heroj-ankare/ 2013年5月9日閲覧。 
  9. ^ 【男子バレー】JT創部84年目の初V。チームを変えた3人の男たち”. スポルティーバ (2015年4月6日). 2015年4月15日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]