ヴィーツェプスク・スラヴャンスキー・バザール

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ヴィーツェプスク・スラヴャンスキー・バザール
Official Logo of Slavianski Bazaar in Vitebsk.jpg
会場 ベラルーシの旗 ベラルーシヴィーツェプスク
開催年 1992年 -
発起人 ベラルーシ共和国政府
ジャンル 民俗音楽ポップ・ミュージックフォークロッククラシック音楽
公式サイト festival.vitebsk.by

国際芸術祭『ヴィーツェプスク・スラヴャンスキー・バザール』ロシア語: Международный фестиваль искусств "Славянский базар в Витебске"英語: The International Festival of Arts "Slavianski Bazaar in Vitebsk"ベラルーシ語: Міжнародны фестываль мастацтваў «Славянскі базар у Віцебску»ウクライナ語: Міжнародний фестиваль мистецтв «Слов'янський базар у Вітебську»)、またはスラヴ・バザールは、ベラルーシヴィーツェプスク(ヴィーチェプスク)で開催される音楽祭であり、ベラルーシ政府の後援により1992年に始まった。ベラルーシロシアウクライナ、旧ユーゴスラビア諸国やポーランドブルガリアからの参加アーティストが多くを占めるが、非スラヴ諸国も含めてその他の国々からの参加者も多数ある。この音楽祭は1998年よりInternational Federation of Festival Organizations英語版(FIDOF)に加盟している。

会場となるヴィーツェプスクの屋外劇場

歴史[編集]

かつてヴィーツェプスクで開催されていたヴィーツェプスク・ポーランド音楽祭(ポーランド語: Festiwal Piosenki Polskiej w Witebsku[1] を前身とする。ポーランド音楽祭は、当時ソビエトの一部であったヴィーツェプスクがポーランドのジェロナ・グラと結んだ合意により開催が決まったものであり、ジェロナ・グラでは1965年からソビエト音楽祭(ポーランド語: Festiwal Piosenki Radzieckiej)を開催していた[2]。現在の音楽祭の会場となっている屋外劇場は、こうした催事のために1988年に建造された。劇場施設には舞台のほかにもテニスコートやエアロビック・ジム、レストラン、カフェ・バーが設置されている。

ポーランド音楽祭は1988年と1990年の2回開催されたが、その後のソビエト連邦の崩壊により、それまでの東側ブロックの結びつきが絶たれる。そこでポーランド音楽祭に変わるものとして、スラヴ諸民族の文化の多様性を象徴する文化的催事が発案された。第1回のスラヴャンスキー・バザール音楽祭は1992年に開催された。音楽祭はベラルーシ政府英語版が主催し、ロシアおよびウクライナからの資金援助により実現した。当初の目的は、スラヴ諸国のポップ・ミュージックや民俗音楽のトレンドをベラルーシの人々に見せることであった。

1993年に音楽祭はInternational Federation of Festival Organizations英語版 (FIDOF) に加盟する。その後、非スラヴ圏からも関心が示され、大会は文化的多様性を増していく。1995年からは「国際芸術祭」の名を冠してコンセプトを新たにし、映画作品の出展や民俗芸術フェアなどが大会に盛り込まれるようになった。1998年より大会はベラルーシとロシアの2国共同の文化事業となり、ヴィーツェプスクの名が公式に名称に組み込まれ、国際芸術祭『ヴィーツェプスク・スラヴャンスキー・バザール』となった。

大会は運営の質の高さ、プロフェッショナリズム、もてなしの心、そして国際的水準での崇高なヒューマニズム的目的によりFIDOF Festival of the Year 2000に表彰された[3]

大会概要[編集]

フェスティバルでは、ヴィーツェプスクの名を冠した若手歌手のコンテストが開催される。コンテストは2つのステージに別れており、それぞれ別の日に開催される。初日のステージでは参加歌手はそれぞれの母国語での歌を披露する。歌はすべてライブに限られ、伴奏はバック・トラックが使用される。2日目のステージで披露される楽曲は、スラヴ圏のどの国の作曲者によるものでもよく、また歌詞もスラヴ語派のどの言語でもよい。2日目のステージでも歌はすべてライブに限られ、また伴奏はベラルーシ国家コンサート・オーケストラが担当する。

受賞者の決定は審査員によって行われる。審査員は通常10人であり、かつての優勝者や参加者、その他の著名な人物などが担当する。参加歌手のパフォーマンスが終わった後、審査員はそれぞれ10点から0点までの得点をつける。2日目のパフォーマンスがすべて終わった時点で得点が合計され、参加歌手の順位が確定、優勝者が決まる。

コンテストでもっとも良好な成果をあげているのはウクライナであり、5回の優勝を経験している。最初の6回の大会で、ウクライナはユーゴスラビア連邦共和国とともに優勝者の地位を独占した。この音楽祭は、ルスラナタイシヤ・ポヴァリー英語版トシェ・プロエスキピョートル・エルフィモフ英語版ジェリコ・ヨクシモヴィッチといった歌手たちのキャリアの原点となってきた。

マケドニア共和国の歌手・トシェ・プロエスキ。2000年のコンテストで優勝した。
ウクライナの歌手・ルスラナは、その後大きな成功を収めた
歌手
1992 ウクライナの旗 ウクライナ Oleksa Berest
1993 ウクライナの旗 ウクライナ タイシヤ・ポヴァリー英語版
1994 ウクライナの旗 ウクライナ オレクサンドル・ポノマリョウ英語版
1995 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア フィリップ・ジュマヘル(Filip Žmaher
1996 ウクライナの旗 ウクライナ ルスラナ
1997 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア スヴェトラーナ・スラヴコヴィッチ(Svetlana Slavković
1998 イスラエルの旗 イスラエル Rafael
1999 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア ジェリコ・ヨクシモヴィッチ
2000 マケドニア共和国の旗 マケドニア共和国 トシェ・プロエスキ
2001 ロシアの旗 ロシア Theona Dolnikova
2002 ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア ミロヴァン・ジモニッチ(Milovan Zimonjić
2003 ベラルーシの旗 ベラルーシ Maxim Sapatskov
2004 ベラルーシの旗 ベラルーシ ピョートル・エルフィモフ英語版
2005 ベラルーシの旗 ベラルーシ ポリーナ・スモロヴァ英語版
2006 ロシアの旗 ロシア Oksana Bogoslovskaya
2007 ウクライナの旗 ウクライナ Natalya Krasnyanskaya
2008 リトアニアの旗 リトアニア ドニ・モンテル英語版
2009 ロシアの旗 ロシア Dmitry Danilenko
2010 クロアチアの旗 クロアチア ダミル・ケジョ英語版
2011 ベラルーシの旗 ベラルーシ アリョーナ・ランスカヤ
2012 マケドニア共和国の旗 マケドニア共和国 ボビ・モイソスキ英語版

こどもコンテスト[編集]

2003年より年少者向けのコンテストが開催されるようになり、フェスティバルは更に多様性に富んだものとなった。このコンテストは、東ヨーロッパにおける年少者向けの有力な音楽祭となり、ジュニア・ユーロビジョン・ソング・コンテストの参加者を輩出するようになった。

クセーニヤ・シートニク。このコンテストで優勝を果たし、その後ジュニア・ユーロビジョン・ソング・コンテスト2005でも優勝する。
歌手
2003 ルーマニアの旗 ルーマニア ノニ・ラズヴァン・エネ英語版
2004 ロシアの旗 ロシア Roman Grichushnikov
2005 ベラルーシの旗 ベラルーシ クセーニヤ・シートニク英語版
2006 ポーランドの旗 ポーランド カタジナ・ミェドニク英語版
2007 ベラルーシの旗 ベラルーシ アンドレイ・クネツ英語版
2008 アルメニアの旗 アルメニア Luara Hayrapetyan英語版
2009 ルーマニアの旗 ルーマニア マリア・クリスティナ・クラチウン(Maria Cristina Crăciun
2010 ルーマニアの旗 ルーマニア マリオ・ガレタヌ(Mario Galatanu
2011 ルーマニアの旗 ルーマニア ラルカ・エレナ・ウルス(Raluca Elena Ursu
2012 グルジアの旗 グルジア Mariam Bichoshvili

脚注[編集]

  1. ^ Festiwal Piosenki Polskiej w Witebsku (in Polish)” ((ポーランド語)). Pl.wikipedia.org (2012年2月29日). 2012年3月17日閲覧。
  2. ^ Festiwal Piosenki Radzieckiej (in Polish)” ((ポーランド語)). Pl.wikipedia.org (2012年2月29日). 2012年3月17日閲覧。
  3. ^ International Federation of Festival Organizations Praised Slavonic Bazaar in Vitebsk”. Mfa.gov.by. 2012年3月17日閲覧。

外部リンク[編集]