ヴィンセント・マシューズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
獲得メダル

ヴィンセント・マシューズ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
男子 陸上競技
オリンピック
1968 メキシコ 4×400mリレー
1972 ミュンヘン 400m

ヴィンセント・マシューズ (Vincent Edward ("Vince") Matthews、1947年12月16日-)は、アメリカ合衆国の陸上競技選手。1968年メキシコシティオリンピック、1972年ミュンヘンオリンピックの金メダリストである。ニューヨーク市クイーンズ区出身。

経歴[編集]

マシューズは、リー・エバンスとともに1960年代を代表するロングスプリンターであった。両者は10代の頃に初対決して以来何度も対決。1967年にも数回の対戦があり、パンアメリカンゲームズではエバンスが勝利している。

1968年メキシコオリンピックのトライアルの2週間前に行われたレースで、マシューズは400mで44.4秒の世界新記録を樹立。しかし、マシューズの記録はプーマ製の違法シューズによって出されたものとして公認されることはなかった。そして、トライアルでマシューズは、エバンス、ラリー・ジェームズロン・フリーマンについで4位となり、400mでの出場権を逃してしまう。

それでもマシューズは、4×400mリレーのアメリカの第1走者として出場。400mで金銀銅を独占した3人とともに、2分56秒16という驚異的な、その後24年間破られない世界新記録で金メダルを獲得した。

メキシコオリンピックの後、マシューズは陸上競技から離れていたが、1972年ミュンヘンオリンピックの前には競技に復帰。オリンピックトライアルではジョン・スミス、ウェイン・コレットについで3位となり、前回は逃した400mの出場権を手にする。オリンピックの決勝、アメリカ勢の3人による戦いとなったが、残り80mでスミスが足を故障しレースをやめる。マシューズとコレットの戦いとなったが、マシューズは44秒66のタイムでコレットを下し金メダルを獲得した。

しかし、表彰式において、マシューズとコレットは国歌が流れている最中、2人は落ち着きなく、国旗・国歌に敬意を払わない態度をとる事態が起きる。それを見た者は1968年メキシコオリンピックのトミー・スミスジョン・カーロスブラックパワー・サリュートだと信じた。2人は故意に行ったものではないと主張したが、IOCからは今後の競技への出場を禁止された。マシューズとコレットに加え、ジョン・スミスも故障で出られなくなったことで、アメリカは、4×400mリレーを棄権せざるをえない事態に陥ってしまった。

主な実績[編集]

大会 場所 種目 結果 記録
1967 パンアメリカンゲームズ ウィニペグ(カナダ) 400m 2位 45秒13
1968 オリンピック メキシコシティ(メキシコ) 4×400mリレー 1位 2分56秒16
1972 オリンピック ミュンヘン(西ドイツ) 400m 1位 44秒66

外部リンク[編集]