ヴィレム・フルッサー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ヴィレム・フルッサーVilém Flusser, 1920年5月12日- 1991年11月27日)は、チェコスロバキア出身の哲学者

プラハに住むユダヤ人家庭に生まれた。1938年、プラハ・カレル大学に入学し哲学を専攻。しかし1939年3月、チェコスロバキアナチス・ドイツによって解体される。フルッサーは、のちに妻となる Edith Barth と彼女の両親とともにロンドンに逃れた。彼の親族はすべてナチスの収容所で命を落とした。

1940年、ブラジルに亡命。写真等のメディアに関する哲学を展開した。サンパウロ大学などで教鞭を執った。1991年、講演旅行の為に亡命後初めて故郷プラハに里帰りしたフルッサーは自動車事故に遭遇し、その生涯を終えた。1990年代には、主にドイツ語圏でその思想がブームとなった。

著書[編集]

日本語訳[編集]

外部リンク[編集]