ヴィルヘルム・シュテーア

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Wilhelm Stör
1893年10月5日 - 1977年12月12日
渾名 ヴィリ(Willi)
生誕 Flag of Prussia (1892-1918).svg ヴィッテン
死没 西ドイツの旗 西ドイツアウクスブルク
軍歴 19XX-XX年(ドイツ帝国 陸軍)
最終階級 Vizefeldwebel
除隊後 テストパイロット
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ヴィルヘルム・シュテーア(Wilhelm Stör、1893年10月5日 - 1977年12月12日)は、第一次世界大戦で5機を撃墜したドイツエース・パイロットである[1]

第一次世界大戦でドイツ帝国陸軍の騎兵連隊(Hussar Regiment)で軍務に就いた後でシュテーアは、陸軍航空隊へ転籍し、その後第68戦闘飛行中隊の戦闘機パイロットとなった。3機の航空機と2基の気球を撃墜した戦功により鉄十字勲章を受勲した。

戦間期にシュテーアは曲芸パイロット兼曲芸飛行教官となり、その後ドイツ運輸航空学校(Deutsche Verkehrsfliegerschule)のパイロットとなった。特徴のある旭光模様を塗装された単葉機のBFW M.35(登録記号:D-EQAN)で出場した1935年1936年のthe German master aerobatic contestに優勝し、数か国で展示飛行を行った後にアウクスブルクメッサーシュミット社の工場でテストパイロットとなった。そこではBf 108やヘス自身の操縦で1941年スコットランドへ飛んだBf 110(無線記号:VJ+OQ)といった同社製航空機の操縦訓練をルドルフ・ヘスに施したことで知られる。1941年5月にシュテーアは2機のBf 109戦闘機を日本川崎へ運ぶように命じられ、その後のヘスの操縦訓練は同僚の(Helmut Kaden)に引き継がれた[2]

関連項目[編集]

二式単座戦闘機(鍾馗) - 来日時に試験審査中の同機に試乗。


出典[編集]

  1. ^ http://www.theaerodrome.com/aces/germany/stor.php
  2. ^ Ray Conyers Nesbit and Georges van Acker (1999). The Flight of Rudolph Hess Myths and Reality. The History Press. ISBN 978-0-7509-4757-2.