ヴィルデ・ザウ

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ヴィルデ・ザウ(Wilde Sau、イノシシ戦法)とは、第二次世界大戦において連合国レーダーかく乱下での爆撃に対抗したドイツが行った迎撃作戦。

概要[編集]

連合国のレーダーかく乱に対するドイツの作戦。発案者はハヨ・ヘルマン大尉。高射砲弾を6500メートルにセットしそれ以上は射程圏から外す。防空戦闘機はその上空で待機し探照燈に照らされた敵機影に攻撃を行う。爆撃火災の返り火によっても敵のシルエットは浮かぶのでこれも攻撃する[1]

経緯[編集]

ドイツへの絨毯爆撃を開始した連合国は1943年から「ウインドウ」と呼ばれるレーダーかく乱兵器(チャフ)を導入しさらに戦果を拡大していた。 これに対策を取るようにアドルフ・ヒトラー総統ヘルマン・ゲーリング空軍総司令官へ命令した。ハヨ・ヘルマン大尉の発案の「ヴィルデ・ザウ」が採用された[1]

1943年8月9日ケルンへの夜間空襲に来た200機の爆撃機に対し作戦は初めて実行され、12機撃墜に成功した[1]

最大の戦果は1943年8月17日のペーネミュンデ陸軍兵器実験場爆撃の際のことで、デ・ハビランド モスキート爆撃機に対してベルリン上空で照明弾を発射した。通常の夜間戦闘機は目標から遠すぎ、鈍重であるため迎撃出来なかったが、「ヴィルデ・ザウ」のフォッケウルフ Fw190戦闘機は迎撃に成功した。約30機が敵編隊に突入し、40機の敵機のうち29機を撃墜した。もっとも「ヴィルデ・ザウ」の戦果は天候に大きく左右されるもので、ドイツ国内に限定されていた。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『撃墜王列伝 大空のエースたちの生涯』122頁。

参考文献[編集]

  • 鈴木五郎『撃墜王列伝 大空のエースたちの生涯』光人社NF文庫