ヴィニー・ポール

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ヴィニー・ポール
Vinnie Paul
VinniePaul2008.JPG
基本情報
出生名 Vincent Paul Abbott
生誕 (1964-03-11) 1964年3月11日(52歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州
ダラス
ジャンル ヘヴィメタル
スラッシュメタル
サザンメタル
ハードロック
ラウドロック
職業 ミュージシャン
ドラマー
音楽プロデューサー
担当楽器 ドラムス
活動期間 1981-present
共同作業者 Pantera
Damageplan
Rebel Meets Rebel
HELLYEAH
公式サイト http://www.bigvinrecords.com/

ヴィニー・ポール(Vinnie Paul, 本名:ヴィンセント・ポール・アボット Vincent Paul Abbott, 1964年3月11日 - )はアメリカ合衆国テキサス州ダラス出身のドラマー音楽プロデューサー。元パンテラと元レベル・ミーツ・レベル、元ダメージプランダイムバッグ・ダレルの実兄である。現在は2006年に結成したヘヴィメタルバンド、ヘルイェーのドラマーである。

ローリング・ストーン誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のドラマー」において26位。

概要[編集]

1981年に始動し、2003年に解散したヘヴィメタルバンド、パンテラのドラマーとして有名。

パンテラの解散後、ダレルと共にヘヴィメタルバンド、ダメージプランを結成して活動していたが、2004年12月8日、オハイオ州コロンバスの「アルロサ・ヴィラ」というナイトクラブでの公演中に、パンテラの熱狂的ファンの男に銃撃されるという事件が発生。この事件の際にダレルが頭に銃弾を受けて死亡。また、ヴィニーも肩に銃弾を受けている。

ダレルが死んだ事でダメージプランは活動停止(事実上の解散)となり、実弟の死によって長い間激しく落ち込んでいたが、2006年にヴィニーはマッドヴェインナッシングフェイスのメンバーと共に、新バンドヘルイェーを結成した事を発表(2007年にベーシストのジェリー・モンタノが脱退し、後任に元ダメージプランのボブ・ジラが加入)。

現在はヘルイェーの活動以外にBig Vin Recordsという自身が立ち上げたレコード会社を経営している。

2016年6月10日、コンサート終了後に銃撃され、死亡したクリスティーナ・グリミーについて、「とても悲しく、失望している。二度とこのような事は起きないと思っていたのに。なぜならば、2004年にダレルが射殺された後、すべてのコンサート会場の運営者は、ありとあらゆる危険から、アーティストを守るよう、強く訴えかけたからだ。それなのに、何も変わっていなかった。今こそ、何かの変革が必要だ」とインタービューに応じた[1]

演奏スタイル[編集]

ギターサウンドに負けない強烈な存在感のあるドラミングが特徴。大きいサイズのドラムセットを使っている事でも知られ、ギターやベースの音に負けないくらいの存在感を放っている。パンテラ時代はドラムのヘッドに「トリガー」を取り付け、ミキサーを介して高域を極端に強調したかなり硬質な音色に設定してPAから出力することが多かったが、ヘルイェーからはトリガーの使用を控え、よりオーガニックな音色へとシフトしている。

彼のスタイルは現在も数多くのドラマーに影響を与えている。

機材[編集]

Pearl社製のドラムセットを主に使用している。また、彼のモデルのスネアドラムは市販されている。アルバム「俗悪」の頃まではTAMAを使用していた。この他にもREMOやDdrum等を使用している。

スティックはProMarkから発売されている自身のモデルを使用。

脚注[編集]

  1. ^ VINNIE PAUL On CHRISTINA GRIMMIE's Murder: 'That's Almost The Same Scenario That Happened' To DIMEBAG”. BLABBERMOUTH.NET (2016年6月28日). 2016年6月28日閲覧。

外部リンク[編集]