幻視芸術

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幻視芸術(げんしげいじゅつ、英語: Visionary art, フランス語: L'art Visionnaire)とは霊的意識で捉えたものを自由に描き出した芸術である。神話的で宗教的なテーマなどを扱い[2] 直観と創造力を融合して内なる世界を形にし、[3]シュルレアリスムのようにあらゆる手段を用いながら、歴史上の様々な芸術スタイルや文化的シンボルを混合して、見えないものを見るための新たな視覚言語を生み出そうとする[4]。類義語に幻想芸術(ファンタスティック・リアリスム)や魔術的リアリスムといったものがある。[2]あるいはサイケデリック・アート英語版シャーマニズムから生まれたアートも広く意味することがある。[5]

日本においては1960年代以降、 ウィーン幻想派のファンタスティック・リアリスムは幻想絵画と呼ばれてきた[6]。幻視芸術の英語カタカナ表記はヴィジョナリー・アートであり[6][7]、アレックス・グレイの画集ではビジョンアートとなっている。[8]

1994年の日本における『現代パリの幻想芸術家たち展』のカタログの中でラール・ヴィジョネールが幻視芸術と和訳され、国内の用語となった。仏文学者の巌谷國士は『「幻想」と「幻視」』という論考の中で、現代パリの幻想画家たちは幻想芸術という言葉では説明できず、むしろ幻視芸術の方が適切であると解説している。[7]

美術界の外側で活動するアウトサイダーアートの別称の一つがヴィジョナリー・アートとされることがある。[9][5][10]

現代の思想家 ピエール・テイヤール・ド・シャルダンは幻視芸術の真の本質について次のような言葉で明らかにしている。「我々は霊的な体験をしている人間なのではなく、人間的体験をしている霊的存在なのだ。」[2]欧州での幻視的な絵画には宗教画や霊的な絵画としての長い歴史がある。[11][7][12]

幻視芸術の霊的な歴史[編集]

12世紀に、修道女のヒルデガルト・フォン・ビンゲンが『道を知れ英語版』にて記したヴィジョンのひとつ。

アレックス・グレイの画集『聖なる鏡』において、思想家のケン・ウィルバーが解説するヨーロッパ芸術における神秘的で幻視的な絵画の伝統は、初期には12世紀の修道女ヒルデガルト・フォン・ビンゲンがそのヴィジョンを記した書物であり、さらにはミケランジェロ、ヒエロニムス・ボッシュ、ウィリアム・ブレイク、象徴派のジャン・デルヴィルといった名が挙げられている[11]トマス・アクィナス(13世紀の神学者・哲学者)による「幻視」という語の考察によれば[13]。幻視は第一に視覚器官による知覚であり、第二に想像力と知性による内面における知覚である。神秘主義においては必ずしも幻視は視覚体験ではないものの、イメージの知覚であることには変わりがない[13]。超越的なものとの出会いは表象不可能だということは大半の神秘家達の同意するところである[13]。しかしながら幻視を主題とする無数の美術作品が歴史的に積み重ねられてきた。[12]。1401年にはジャン・ジェルソンが『真の幻視と偽の幻視の識別について』を著し、異端審問の活動の多くは幻視の現象に向けられ、16世紀、17世紀の神秘主義では、いかなる幻視も完全に確実なものではないという結論に到達した。[14]

18世紀前後の作品。幻視者とされるウィリアム・ブレイクによる『太古の日々』(マンチェスター、ウィットワース美術館所蔵)[15]

詩人であり画家であるウィリアム・ブレイク(1757年 - 1827年)は、しばしば強烈な神秘的ヴィジョンを経験しながら、幻視芸術を生み出した[5]。『天国と地獄の結婚英語版』における「もし、知覚の扉が清められたなら、物事はありのままに、無限に見える。」という言葉が代表的である[16]。(のちに『知覚の扉』をハクスレーが書いている。)1970年代、ブレイクの仕事は「幻視芸術」として日本で出版されており[16]、イギリスでは「visionary art」として扱われている[17]

神秘思想家のルドルフ・シュタイナーは 高度な霊視力で絵画や建築を創造し、1918年の講演会で、芸術における二つの源泉について述べている。一つは病的な幻視(ヴィジョン)を健全な仕方で魂の深層に据えるための表現主義的芸術形態であり、もう一つは自然の内部にある秘密を解放し、直接的な感覚的生命自体を思い切って感じ、再統合するための印象主義的芸術形態である。常に人間の魂の欲求が向かう二つの芸術形態の実現に関して以下のように予測している。

 「人間の魂のこの二つの欲求は、常に芸術の源泉でありました。ただし極近年の人間性一般の発展から私が言いたいことは、まずは表現主義的なものが追求され、次に印象主義的なものが追求されるということです。そのことは、おそらく近未来に全く独特な形で成し遂げられるでしょう。悟性的意識ではなく、感じるということを絶えず拡張するとき、とりわけこの二つの方向に向けて集中的に拡張する時には、人は未来を芸術的に感じとるでしょう。」[18]

画家のフィリップ・ルビノブ・ジェーコブソンによると、今日の幻視芸術 のムーブメント( Visionary Art Movement[19])は新しいものでは全くなく、既に心理学者のカール・グスタフ・ユングが1933年にVisionary Art(幻視芸術)という言葉を生み出していた。ユングは幻視芸術を言葉や想像を超えた啓示であるとしており、「幻視的状態」とは「心理的状態」とは対照的に集合無意識やアーキタイプに由来するものであり、それは驚異と恐怖や混乱、時には不快をもたらす。幻視芸術はいわば 'in-siɡht'「内を見る」 高度な創造力と強い直観力が混合した状態から生まれ、それは霊的想像力の拠り所である。なお、ユングは1940年代にヴィジョンについての講義を行っており、その取り組みとして能動的想像法英語版の実験や(その結果としてヴィジョンを描いた)『赤の書』がある[20]

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メキシコ、ウイチョル族の毛糸絵であるニエリカは、幻覚性のサボテンであるペヨーテがもたらす、至高神タテワリが与えるという神話的ヴィジョンを描いている。
メキシコ、ウイチョル族の毛糸絵であるニエリカは、幻覚性のサボテンであるペヨーテがもたらす、至高神タテワリが与えるという神話的ヴィジョンを描いている。

サイケデリック・アートとヴィジョナリー・アート[編集]

幻覚剤の影響力について[編集]

霊(スピリット)の表現のため「観想の眼」を開くには、瞑想は確実な方法のひとつであり[16]、とくにシャーマンは霊の世界と交信するために、幻覚剤、性交、苦行などを試す[21]。伝統的民族文化の一つであるメキシコのウイチョル族のニエリカという毛糸絵は「神の顔」「鏡」という意味であり、メスカリンを含むサボテンのペヨーテを摂取することで出現する至高神タテワリがもたらした神話的なヴィジョンを反映したものである[22]。ペルーのパブロ・アマリンゴは、アヤワスカによるヴィジョンに現れる神と聖霊が伝える世界を絵画にした[22]。1990年代においてもヴィジョナリー・アートと幻覚剤の関連は存在し[23]。1994年に放送されたNHKスペシャル『驚異の小宇宙 人体II 脳と心』(第6集:果てしなき脳宇宙―無意識と創造性)はアレックス・グレイを取材し、 人間の骨や筋肉を正確に描きつつもその魂を描き出そうとする独自の作風を生み出し、心の眼で見ているものを形にしていると解説された。グレイの1993年の作品『変容』Transfigurationは、最初は夢の中で描いていた絵であり、後にDMT(幻覚剤)を吸ったことでそのインスピレーションが強調されたものであり、一方、1997年の『ヴィジョン・クリスタル』Vision Crystalは瞑想から着想したものである[24]

 アメリカのヴィジョナリー・アーティストのロバート・ヴェノーサ英語版は1990年代に、数年に渡ってアマゾン熱帯雨林を訪れ、シャーマニズム文化やアヤワスカを体験した。アヤワスカによる説明し難い圧倒的に神々しい神秘的視覚体験は、そのほんの一部でさえも絵画にはできないだろうと語っている[23]

幻覚剤の影響力の無さについて[編集]

 チャールズ・ジュリアーノ (Charles Giuliano ) は1967年にニューヨークで企画した「The Visionaries」というタイトルの展覧会で、ドラッグと無縁な自立した芸術精神を意味する用語であるヴィジョナリー・アートという言葉を主張し、議論した。なぜなら出展者の一人であるポール・ラフォリーはドラッグと全く無縁なアーティストであるためサイケデリック・アートという言葉は展覧会の方向性に相応しく無かったからである[25]。 西洋文学ではオルダス・ハクスリーアンリ・ミショーウィリアム・バロウズなどが幻覚性の植物を試した。しかし西欧美術では、そうした幻覚薬物への関心はかならずしも実践者としての画家の仕事に大きく反映されるということがなかった[22]メスカリンを体験したイギリスの作家のオルダス・ハクスリーは、1953年に「幻視体験と幻視芸術」に関する一連の講義を行なったが、後にハクスリーは関心を失っている。芸術における幻覚剤の可能性が過剰に宣伝されたことが批判されており、幻覚剤による芸術創造の限界が指摘されている[26]。ハクスリーのような幻覚剤に根強い関心のある作家たちの活動の影響は美術には及ばず、幻覚剤と無縁な想像力を含めた幻視の産物としての美術が、特にそれはシュルレアリスム(超現実主義)の時代に顕著に認識された[22]

アウトサイダー・アートとヴィジョナリー・アート[編集]

両者の用語を区別すべき状況[編集]

文化批評家のエリック・デイビスによれば、「アウトサイダー・アート」という用語が1970年代初期に確立されて以来、美術界の外にいるクリエイター達は充分に注目されてきた。しかし「アウトサイダー・アート」は極めて不誠実で収益事業的な用語となってしまった。アート界のシステムを維持するためにアウトサイドであることの本来の目的であった、批評に汚染されない素朴性が侵食されたのである。アート界のシステムから見ればヴィジョナリー・アートはアウトサイダー・アートを拡張したものと見做され得るのだろう。[27]アメリカ合衆国メリーランド州ボルチモアに所在するアメリカン・ヴィジョナリーアート・ミュージアム英語版におけるヴィジョナリー・アートの定義は実質的にアウトサイダー・アートを意味している[5]

Visionary art as defined for the purposes of the American Visionary Art Museum refers to art produced by self-taught individuals, usually without formal training, whose works arise from an innate personal vision that revels foremost in the creative act itself.
アメリカン・ヴィジョナリー・アート・ミュージアムの目的において定義されるヴィジョナリー・アートとは、通常は正式な美術教育を受けない独学の個人によって作られた芸術と関連するものであり、その人本来のヴィジョンから生まれた、何よりも創造的な活動そのものを楽しむことから現れる芸術のことである。

この定義はあまりに不完全である。なぜなら「独学の個人」を強調することでヴィジョナリー・アートは美術史の主要なムーブメントや流派の中には含まれていないということを暗示しているからである。この定義に反して多くのヴィジョナリー・アーティスト達は正式な教育を受けており、多くのヴィジョナリー・アーティスト達が自らの仕事の位置づけのために過去の芸術を参照している。それらはシュルレアリスム、神智学から発生した神秘抽象主義、そして中世のイコンといったものである。 アウトサイダー・アートと異なりヴィジョナリー・アーティスト達は美術史の中核をなす流れの中に現われ、活動している。ヴィジョナリー・アートをアウトサイダー・アートとして提示することは、オディロン・ルドンやカンディンスキーやビル・ヴィオラを忘れていることを意味する。ヴィジョナリー・アートは「インサイダー・アート」を形成しているのである[27]

両者の用語が混合している状況[編集]

1972年にアウトサイダー・アートという用語を確定させ、デュビュッフェによるアール・ブリュット(主に障害者の作品を集めたデュビュッフェが提唱した概念)をさらに定義しなおしたロジャー・カーディナル英語版は、適した用語を探し求めた時のことを詳述している。無数の用語の中の一つにヴィジョナリー・アート(『パラレル・ヴィジョン』では「幻視する美術」が訳の読みとしてふらている)を挙げているが、アウトサイダー・アートという用語も含めてどれもが十分には鋭く射抜いたものではないと述べている[28]

1995年にアメリカン・ヴィジョナリーアート・ミュージアムがアメリカのボルチモアに国立美術館としての認可を受けて 創設され、乱用されているアウトサイダーという言葉の代わりにヴィジョナリーという言葉を用いた[29]。この美術館では独学ではないヴィジョナリー・アーティスト、アレックス・グレイの展示会や講演会も行なっている[30]

1989年に創刊されたアウトサイダー・アートの専門誌である Raw Vision は、アール・ブリュット、コンテンポラリー・フォーク・アート、ヴィジョナリー・アートといった同類の分野も取り扱ってきた[31]。同誌のウェブサイトの「アウトサイダー・アートとは何か」では、ヴィジョナリー・アートや INTUITIVE ART は、宗教体験やヴィジョンに基づくものだけでなく、第三世界の多くの都市の民俗芸術までを含めることができると説明されている[32]。イギリスのアウトサイダー・アートの研究者によれば、アウトサイダー・アートという用語は大衆芸術、ヴィジョナリー・アートのような他の用語を取り込んでいっている[10]。1992年から1993年にかけて、欧米3か国と日本の世田谷美術館でアウトサイダー・アートの展覧会である「パラレル・ヴィジョン」展が開催され、アウトサイダー・アートの中の一つが幻視者の作品として紹介された。この展覧会のカタログの翻訳では、主に精神障害者による作品が掲載されているが、精神障害者以外の幻視者、霊媒者、心霊術師の作品も少数ではあるが展示された[33]。ここで集められた作品は強迫的幻視者 (compulsive visionaries)によるものとされている[28]

なお、主催したロサンゼルス・カウンティ美術館では1986年に、「芸術における霊的なもの:抽象絵画1980-1985」が開催されている[28]。芸術における神秘主義についての文献は膨大であり、95人の芸術家すべてについて125冊の本から「霊的な」伝記を裏付け、専門家に依頼した論文でも、認識の「別種の方法」への関心が見られた[28]

「幻想芸術」と「幻視芸術」フランスにおけるラール・ヴィジョネール[編集]

1994年、朝日新聞社主催の東京、大阪、神戸における巡回展、『現代パリの幻想芸術家たち展』のカタログにおいて5人のフランス人画家によるラール・ヴィジョネールが「幻視芸術」と訳された。「幻視芸術」は「幻想芸術」と呼ばれることを好まないジェラール・ディマシオやアラン・マルゴトンといった画家達の芸術のために使用されている。この展覧会は幻想芸術(ファンタスティック)として紹介されているが、英語のヴィジョナリーと同義のフランス語であるヴィジョネールが使用されており、従来の幻想芸術という概念では説明し難い彼らの芸術に関して全ての解説者たちが幻想と幻視を区別しながら論じている。

 ミシェル・ランドンが1979年に出版した『ヴィジョネール美術』の引用を含む、厳谷國士の説では、幻想文学の定義が幻想美術にも当てはめられ、幻想芸術とは超自然的なるものの自然的な世界への侵入によって裂け目や撹乱を起こそうとするものである、としている。それに対して幻視芸術は明確なヴィジョンを探求するものであるがために、中心点における唯一者、あるいは統一性への探求に向かうものであり、螺旋状をなす一点からの拡大の可能性を自然的世界を前提にせず試みるものである。続けて厳谷説によれば、ヴィジョネールの絵画には、宗教的な幻視の形をとった長い歴史があるが、ディマシオの芸術は宗教的な啓示から出発したものではなく、魂や精霊といった個人を超えた集合無意識を通して異様な表現に到達しているとされている。

 主な解説者である画商のエルヴェ・セランによれば、幻視的絵画は鑑賞者が自ら幻視者となって作品の世界に入り込んで鑑賞すべく描かれているものであり、単に幻想的な芸術やサイエンス・フィクション、あるいはシュルレアリスムと安易に混同されるべきではないと述べ、幻視絵画における基本的な三つの判断基準を挙げている。それらは、霊的な奥行き、無時間性、完璧な技法である。

 イギリス19世紀美術を担当するロビン・ハムリン学芸員は、ヴィジョナリー・アートは英国では主流の位置にあり、ジョン・マーチンといったイギリスの幻想芸術家を現代パリの画家達が注目している理由は、フランスでは幻想美術の基盤が不十分であったからだろう、と述べている。彼が考えるヴィジョナリー・アートの条件とは、

「①宗教性があり、しかもそれを超えている。②画家の想像力が卓越している。③予言者的な感覚で、現実を問い直す。④特定の時代にとらわれないタイムレス・フィーリングの表現」というものに集約されている。

 巻末のインタビューの中では、画家のジャン・ポール・ランデが唯一、現実の幻視(幻覚)体験を描写したことがあると答えている。他の画家たちは彼のような体験とは無関係に制作している。[7]

幻視芸術の定義の試み[編集]

ローレンス・カルアナとその制作所。

画家のジェーコブソンによれば、幻視芸術とは目に見える世界を超えて、より広大なヴィジョンや霊的な意識、恍惚や、神話的なテーマを描き出す芸術である。あるいはそういった実際の体験を基にした芸術である。(Visionary art is art that transcends the physical world and portrays a wider vision of awareness including spiritual, ecstatic or mystical themes - or is based in such experiences.[3]

画家のローレンス・カルアナ英語版は、2010年に『幻視芸術の第一宣言』(未訳)を出版している[34]。2001年の『幻視芸術の第一宣言』の草稿における「幻視芸術とは何か?」という一章おいて、これは決定的なものではないと断りながらも、幻視芸術の本質についてカルアナは以下のような内容を公開している。

「超現実主義者(シュルレアリスト)が、麻薬に依存することなく、より高次の夢幻状態のリアリティへと上昇しようと試みたように、幻視芸術家達はあらゆる手段を自由に使う。たとえ大きな犠牲を払ってまでも。普段と異なる意識状態にアクセスし、ヴィジョンが生まれる。幻視芸術家達は、夢、トランス、あるいは変性意識を通して普段の視界の限界を越えた、見えないものを見る。その後の重い責務とは、ヴィジョンを誰にでも見える形にして人々に伝えるということである。幻視芸術の歴史の特徴は、見えないものを見るという矛盾を超克し、新たな視覚言語を創ろうとすることにある。様々な芸術形態や神話、夢想、象徴的文化を混合させ、良き結果を表現しようとするのである[4]。」

現代の動向[編集]

現代の幻視芸術の動向そのものは、インターネットという新しいメディアを手段の一つとして国際的な広がりと輪郭を形成しつつある。そしてどのような芸術家が影響力があるのかも次第に明らかになってきている。抽象表現主義、ミニマリズム、コンセプチュアル・アートに代表される欧米における戦後の現代美術が上流階級によってファイン・アートとして大規模に喧伝されてきたのに対し、伝統的具象芸術の担い手であるローブロー・アートやヴィジョナリー・アートといった幻想的芸術の動向の多くは一般庶民によって支援されてきている。幻想的な表現を目指すアーティスト達は公的な美術館や出版の領域に対して新たな参入の余地を見いだすために活動を続けている。[35]

現代の幻視芸術家は、ヨーロッパの古典芸術や象徴主義超現実主義あるいはサイケデリック・アートなどを自らの先駆とみなし、幻視芸術の美術史的な意義を主張している。

現代の幻想芸術家にとって影響力のある過去の巨匠はヒエロニムス・ボス、ウィリアム・ブレイク、ギュスターヴ・モローといった画家達であり、また神話や民族芸術、あるいはアーティスト自身の霊的体験などが幻想芸術を創造するための源泉になっている。

ウィーン幻想派エルンスト・フックス英語版[3]エーリッヒ・ブラウアー英語版ルドルフ・ハウズナー英語版らによって構成されていた。現在活躍しているニューヨークの幻視芸術家の大半は、1964年から1974年にかけてフックスから技術を学んでいる[3]アブドゥル・マチ・クラーライン英語版、ロバート・ヴェノーサ、ローレンス・カルアナ、アンドリュー・ゴンザレス (A. Andrew Gonzalez) 、フィリップ・ルビノブ・ジェーコブソン (Philip Rubinov-Jacobson) らは、北アメリカにおいて、入れ替わり立ち代り、ウィーンでの研鑽をもとに後進を教えている。

1960年代初頭にブリジッド・マーリン英語版によって設立された幻想的な芸術家達のための組織、The Society for the Art of Imagination英語版(AOI)は幻想的芸術に関わるための重要な入り口を提供している。さらに近年ではLilaといったウェブマガジンや、Beinartが代表するオンラインギャラリーがインターネットや自主出版を手段としてあらゆるジャンルの幻想的表現者達をサポートしてきた。

現代の代表的な幻視芸術家[編集]

ベクシンスキーによる絵画

Zdzisław Beksiński (1929~2005) [1]

Ernst Fuchs(1930~2015)[2]

Robert Venosa(1936~2011) [3]

Brigid Marlin( 1936~)[4]

Gerard Di-Maccio(1938~) [5]

HR・Giger(1940~2014) [6]

De Es Schwertberger (1940〜)[7]

Alex Grey(1953~) [8]

Laurence Caruana(1962~) [9]

Peter Gric(1968~) [10]

Oleg Korolev (1968~) [11]

Amanda Sage(1978~) [12]

出典[編集]

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  1. ^ 聖なる鏡.
  2. ^ a b c http://visionaryart.eu/index.php/en/
  3. ^ a b c d Philip Rubinov Jacobson. “A Little Known Brief History of Visionary Art”. 2017年4月12日閲覧。
  4. ^ a b L. Caruana (2001). The First Draft of Manifesto of Visionary Art. Recluse. http://visionaryrevue.com/webtext/manifesto.contents.html 2017年4月12日閲覧。. 
  5. ^ a b c d Sylvia Thtssen (2003-05). “Examining "Visionary Art" (Boundaries in Question)”. Erowid Extracts 4: 18-19. https://erowid.org/culture/art/art_article1.shtml. 
  6. ^ a b https://www.ggccaatt.net/2016/07/13/澁澤龍彦/
  7. ^ a b c d 『現代パリの幻想画家たち』 朝日新聞社、1994年
  8. ^ アレックス・グレイ. 聖なる鏡. 河出書房新社. 
  9. ^ http://www.cpas.c.u-tokyo.ac.jp/pub/CASNL3-1.pdf
  10. ^ a b デイヴィド・マクラガン 『アウトサイダー・アート―芸術のはじまる場所』 松田和也訳、青土社、2011年、47, 205。ISBN 978-4-7917-6593-5 Outsider Art: From the Margins to the Marketplace, 2009.
  11. ^ a b 聖なる鏡, §芸術家の眼に見えるもの:芸術と永遠の哲学(ケン・ウィルバー).
  12. ^ a b ヴィクトル・I・ストイキツァ.
  13. ^ a b c ヴィクトル・I・ストイキツァ, p. 7.
  14. ^ ヴィクトル・I・ストイキツァ, pp. 34-35.
  15. ^ ロバート・カミング、日本語版監修・岡部昌幸 『世界美術家大全』 日東書院本社、2015年ISBN 978-4-528-02001-6 ART a visual history.
  16. ^ a b c R.カスナー 「幻視芸術」『ウィリアム・ブレイク』 春山清純訳、牧神社、1977年
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  18. ^ W・クグラー『シュタイナー 危機の時代を生きる』久松重光 訳 105P〜109P
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  20. ^ C. G. Jung (2015). On Psychological and Visionary Art: Notes from C. G. Jung's Lecture on Gerard de Nerval's "Aurelia". Princeton University Press. p. 1-2. ISBN 0691162476. 
  21. ^ 聖なる鏡, §闇から光へ(カルロ・マコーミック).
  22. ^ a b c d 今福, 竜太「アートの民族植物学的起源 - パブロ・アマリンゴと幻覚のヴィジョン」、『Collage』第2号、1999年4月、 8-11頁、 NAID 40005217912
  23. ^ a b Martina Hoffmann, Robert Venosa (2012). “Robert Venosa and the Visionary Art World” (pdf). MAPS Bulletin 22 (1): 22-23. http://www.maps.org/news-letters/v22n1/v22n1.pdf. 
  24. ^ アレックス・グレイ、Hamaguchi Mariko訳「The Mission of Art」、『zavtone』第10号、1998年、 57-61頁。
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  31. ^ Raw Vvision 25 years of publishing outsider art”. Raw Vision Magazine. 2017年7月31日閲覧。
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  33. ^ パラレル・ヴィジョン 1993.
  34. ^ L. Caruana (2010). The First Manifesto of Visionary Art. Recluse. ISBN 978-0-97826373-7. 
  35. ^ Jon Beinart (2008). Metamorphosis2. beinArt Publishing. 

参考文献[編集]

  • ヴィクトル・I・ストイキツァ 『幻視絵画の詩学』 松井美智子訳、三元社、2009年ISBN 978-4-88303-237-2 Visionary Experience in the Golden Age of Spanish Art, 1995.
  • モーリス・タックマン、キャロル・S.エリエル 『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』 淡交社、1993年10月。ISBN 978-4-473-01301-9 Parallel Visions : Modern Artists and Outsider Art, 1992.
  • アレックス・グレイ、ケン・ウィルバー、カルロ・マコーミック 『聖なる鏡―アレックス・グレイの幻視的芸術』 秋津一夫訳、ナチュラルスピリット、2010年ISBN 978-4-903821-70-2 先行翻訳は『セークレッド・ミラーズ―聖なる鏡』1994年、河出書房新社。 Sacred Mirrors : The Visionary Art of Alex Gray, 1990.
  • 『現代パリの幻想画家たち』、朝日新聞社、1994。 (展覧会カタログ) 『Les Visionnarires Contemporains de Paris』.
  • 『シュタイナー 危機の時代を生きる』W・クグラー著 久松 重光 訳 1987年 Walter Kugler 『Rudolf Steiner und Anthoroposohie』

外部リンク[編集]