幻視芸術

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幻視芸術: Visionary Art)は、幻視で見たこと、あるいはそれを基とした芸術である[2][3]観想の眼により見えているヴィジョンや[4]、通常の知覚を超越した幻視の状態が反映されている[5]

または、幻視芸術はアウトサイダー・アートに含まれたり[2][6]サイケデリック・アート英語版シャーマニズムから生まれたアートも広く意味することがある[2]。あるいは、伝統的な美術の外側であるアウトサイダー・アートの定義と同様にして、幻視に由来するものであり、精神障がい者や霊的幻視者が生み出した芸術も意味することがある。[2][7]。1994年、朝日新聞社主催の東京、大阪、神戸における巡回展、『現代パリの幻想芸術家たち展』において5人のフランス人幻想画家によるラール・ヴィジョネールという芸術が幻視芸術と和訳され、巌谷國士による『「幻想」と「幻視」』と題された論考の中で幻視芸術の本質が紹介された。[3]

欧州での幻視的な絵画には宗教画や霊的な絵画としての長い歴史がある[8][3][9]

概念と歴史[編集]

欧州での神秘的で幻視的な絵画の伝統は、写実主義に比較して散発的なものであり、その初期の例は12世紀のヒルデガルト・フォン・ビンゲンに見られ、彼女は自らのヴィジョンにあらわれた象徴を説明するために文章と絵画を用いた[8]トマス・アクィナス(13世紀の神学者・哲学者)も幻視という言葉を対象として考察を行ってきた[10]。幻視体験とは必ずしも視覚的な体験ではないが、イメージを知覚したことには変わりがない[10]。そして、超越的なものとの出会いは表象(表現)しがたいというのは多くの神秘家の同意するところである[10]。しかしまた絵画という表現方法を通じて描くことも試みられてきた[9]。1401年にはジャン・ジェルソンが『真の幻視と偽の幻視の識別について』を著し、異端審問の活動の多くは幻視の現象に向けられ、16世紀、17世紀を通じて、いかなる幻視も完全に確実なものではないという結論に達した[11]

詩人であり幻視的な芸術家であるウィリアム・ブレイク(1757年 - 1827年)は、『天国と地獄の結婚英語版』において「知覚の扉が除かれるならば、人間にはすべてがありのままにみえる」という趣旨で述べている[8]。ブレイクについて1970年代に「幻視芸術」と言及した日本の書籍[12]、visionary artと言及したイギリスの書籍が見られる[13]。霊(スピリット)の表現のための静観の眼を開くには、瞑想は確実な方法のひとつである[8]。あるいは、シャーマンは霊の世界と交信するために、幻覚剤、性交、苦行などを試す[14]

フィリップ・ルビノブ・ジェーコブソンによれば、Visionary Art の言葉は1933年に心理学者のカール・グスタフ・ユングが造語したものであり、ユングは幻視芸術を啓示として説明しそれは非日常的な意識の状態に由来する[4]。そしてユングは1940年代にヴィジョンについての講義を行っており、その取り組みには能動的想像法英語版の実験や(その結果としてヴィジョンを描いた)『赤の書』がある[15]。ジェーコブソンによれば、幻視芸術とは、観想の眼によって現れた「見えている」ヴィジョンであるか、そうした経験に基づいている[4]

メスカリンを体験したイギリスの作家のオルダス・ハクスリーは、1953年に「幻視体験と幻視芸術」に関する一連の講義を行い、後にハクスリーは関心を失ったが[16]、21世紀に入ってもそうした芸術活動は続けられている[17]。ギルバート・ウィリアムズ (Gilbert Williams) によるインターネット上でのインタビューでは[要出典]1960年代後半のアメリカ西海岸におけるサイケデリックな芸術運動を指すために幻視芸術という言葉が使われたということである。ポール・ラフォリー英語版が1967年に参加したニューヨークの展覧会 The Visionaries がある。この展覧会の企画者であるチャールズ・ジュリアーノ (Charles Giuliano) が幻視芸術という言葉を主張した理由はポール・ラフォリーが薬物と無縁なアーティストであるためサイケデリック・アート英語版という言葉は展覧会の方向性に相応しくなかったからである[要出典]

1972年にアウトサイダー・アートという言葉を用いて、(主に障害者の作品を集めたデュビュッフェの提唱した)それまでのアール・ブリュットを定義しなおしたロジャー・カーディナル英語版は、後に適語を探した時のことに言及しており、アウトサイダー・アート、フォーク・アート、ヴィジョナリー・アート(『パラレル・ヴィジョン』訳書では「幻視する美術」に読みとしてふられている)などこれまで用いられてきた用語を挙げている[7]。アメリカ合衆国メリーランド州ボルチモアに所在するアメリカン・ビジョナリーアート・ミュージアム英語版における幻視芸術の定義は、以下のようになっている[2]。この定義においては、伝統的な美術の外側であるアウトサイダー・アートの定義と同様である[2]

正式な訓練を受けていない独学の個人によって生み出された芸術であり、創作活動の中でも最も喜ばしい、本質的に個人的なヴィジョンから生まれた作品である。

そして、1989年に創刊されたアウトサイダー・アートの専門誌である Raw Vision は、アール・ブリュット、コンテンポラリー・フォーク・アート、幻視芸術のような同類の分野も取り扱ってきた[18]。同誌のウェブサイトの「アウトサイダー・アートとは何か」では、幻視芸術や INTUITIVE ART とは、宗教体験やヴィジョンに基づくものだけでなく、第三世界の多くの都市の民俗芸術までを含めることができると説明されている[19]。イギリスのアウトサイダー・アートの研究者によれば、アウトサイダー・アートという言葉は大衆芸術、幻視芸術のような他の用語を取り込んでいっている[6]。1992年から1993年にかけて、欧米3か国と日本の世田谷美術館でアウトサイダー・アートの展覧会である「パラレル・ヴィジョン」展が開催され、アウトサイダー・アートの中のひとつとして幻視者の作品が紹介された。それにあわせて展覧会の著作が翻訳されており、主に精神障害者による作品が提示されているが、アウトサイダー・アートの中のひとつとして幻視芸術が紹介され、精神障害者以外の幻視者、霊媒者、心霊術師の作品も少数ではあるが展示された[20]。そこで集められたのは「強迫的幻視者」たちの作品である[7]。なお、主催したロサンゼルス・カウンティ美術館では1986年に、「芸術における霊的なもの:抽象絵画1980-1985」が開催されている[7]。芸術における神秘主義についての文献は膨大であり、95人の芸術家すべてについて125冊の本から「霊的な」伝記を裏付け、専門家に依頼した論文でも、認識の「別種の方法」への関心が見られた[7]

1992年から1993年に日本で開催された「現代パリの幻想画家たち」展(Les Visionnarires Contemporains de Paris)のカタログの中では[3]、開催した朝日新聞社は「パリ幻想画家」と紹介しているが、小論ではヴィジョネールという言葉が主に幻視画家、幻視芸術家として、部分的に幻視芸術と訳されて用いられており、従来の幻想芸術(Fantastic Art)とは異なる新たな美術の傾向を説明するために用いられ、ジェラール・ディマシオやアラン・マルゴトンといった画家が紹介された。そのカタログにおいて全3人の小論の著者は全て幻想と幻視の区別について論じている。エルヴェ・セランによれば、幻視絵画は幻視的光景(ヴィジョン)をつくり上げたものであり、本来は幻想的作品やシュールレアリスムやサイエンス・フィクションから区別されるものだが、安易に幻想芸術と混同されているということを記しているが、幻視絵画は聖なるものを表現し時間を超えている。また巌谷國士によれば、ヴィジョンを得る、見えないものを見る、未来を予見するといったことに用いられる言葉であり、1979年のミシェル・ランドンの『ヴィジョネール美術』を引用して、幻視画家の美術はヴィジョンを支えヴィジョンを反映したり解釈したものであると説明している。巌谷國士は続けて、ヴィジョネールの絵画には、宗教的な幻視として長い歴史があるが、ディマシオの場合には宗教的な啓示から出発したものではないが、魂や精霊に導かれて絵画に反映させていくものであるとされる。そして吉村良夫の論考でも、イギリスの19世紀美術の専門家の言葉を引用して、ヴィジョナリー・アートとは宗教性とそれを超えることや、時間を超えたものといった特徴があり、フランスでは幻想絵画の基盤が不十分であったために、今そうした芸術家に注目が集まっていると述べている。巻末のインタビューの中では、画家のジャン・ポール・ランデが唯一明確にヴィジョンを見てそれを模写したと答えており、他の者はそうではない。

幻視芸術家のローレンス・カルアナ英語版は、2010年に『幻視芸術の第一宣言』(未訳)を出版している[21]。その2001年の草稿でも、幻視芸術が何であるか説明されており、それは超現実主義者(シュルレアリスト)が、高い現実の夢幻状態へと昇ろうと試み、夢やトランスなど変性状態を介して意識の異なる状態に達し、視界の限界を超えたところの通常の知覚を超越した幻視の状態にて、視えないものを観て、そのヴィジョンを伝えるということである[5]

現代の動向[編集]

現代の幻視芸術の動向そのものは、インターネットという新しいメディアを手段の一つとして国際的な広がりと輪郭を形成しつつある。そしてどのような芸術家が影響力があるのかも次第に明らかになってきている。抽象表現主義、ミニマリズム、コンセプチュアル・アート、ポップアートといった欧米における戦後の現代美術が上流階級による経済支援と公的な美術館によって大規模に喧伝されてきたのに対して、幻視芸術の動向の多くは一般庶民によって支援されてきている。アーティスト達は公的な美術館や出版の領域に対して新たな参入の余地を見いだすために活動を続けている。

現代の芸術家は、ヨーロッパの古典芸術や象徴主義超現実主義あるいはサイケデリック・アートなどを自らの先駆とみなし、幻視芸術の美術史的な意義を主張している。

現代の幻視芸術家にとって影響力のある過去の巨匠はヒエロニムス・ボス、ウィリアム・ブレイク、ギュスターヴ・モローといった画家達であり、また神話や民族芸術、あるいはアーティスト自身の霊的体験などが幻視芸術を創造するための源泉になっている。

19世紀の詩人ウィリアム・ブレイクは、強烈な神秘的なヴィジョンを定期的に経験し、幻視芸術を描いた[2]。モネやシャガールなど想像の域での幻視という認識は、近代でも共有されてきたが、1930年代のシュルレアリスム(超現実主義)の時代になると、絵画は幻想の産物であると捉えられた[22]ウィーン幻想派エルンスト・フックス英語版[4]エーリッヒ・ブラウアー英語版ルドルフ・ハウズナー英語版らによって構成されていた。現在活躍しているニューヨークの幻視芸術家の大半は、1964年から1974年にかけてフックスから技術を学んでいる[4]アブドゥル・マチ・クラーライン英語版、ロバート・ヴェノーサ、ローレンス・カルアナ、アンドリュー・ゴンザレス (A. Andrew Gonzalez) 、フィリップ・ルビノブ・ジェーコブソン (Philip Rubinov-Jacobson) らは、北アメリカにおいて、入れ替わり立ち代り、ウィーンでの研鑽をもとに後進を教えている。

1960年代初頭にブリジッド・マーリン英語版によって設立された幻想芸術のための組織、The Society for the Art of Imagination英語版(AOI)は幻視芸術に関わるための重要な入り口を提供している。さらに最近ではLilaといったウェブマガジンや、Beinartが代表するオンラインギャラリーがインターネットや自主出版を手段として幻視芸術家をサポートしている。

西洋文学ではオルダス・ハクスリーアンリ・ミショーウィリアム・バロウズなどが幻覚性の植物を試したが、西洋美術ではそうした関心はしばらく沸き起こっていなかった[22]ロバート・ヴェノーサ英語版は1990年代以降、定期的にアマゾン熱帯雨林を訪れ、アヤワスカを試し、神々しく神秘的なアヤワスカによって見ることのできる美しい世界を描き、今日では幻視芸術と呼ばれている[17]

出典[編集]

  1. ^ 聖なる鏡.
  2. ^ a b c d e f g Sylvia Thtssen (2003-05). “Examining "Visionary Art" (Boundaries in Question)”. Erowid Extracts 4: 18-19. https://erowid.org/culture/art/art_article1.shtml. 
  3. ^ a b c d 『現代パリの幻想画家たち』 朝日新聞社、1994年
  4. ^ a b c d e Philip Rubinov Jacobson. “A Little Known Brief History of Visionary Art”. 2017年4月12日閲覧。
  5. ^ a b L. Caruana (2001). The First Draft of Manifesto of Visionary Art. Recluse. http://visionaryrevue.com/webtext/manifesto.contents.html 2017年4月12日閲覧。. 
  6. ^ a b デイヴィド・マクラガン 『アウトサイダー・アート―芸術のはじまる場所』 松田和也訳、青土社、2011年、47, 205。ISBN 978-4-7917-6593-5 Outsider Art: From the Margins to the Marketplace, 2009.
  7. ^ a b c d e パラレル・ヴィジョン 1993, §序文(モーリス・タックマン).
  8. ^ a b c d 聖なる鏡, §芸術家の眼に見えるもの:芸術と永遠の哲学(ケン・ウィルバー).
  9. ^ a b ヴィクトル・I・ストイキツァ.
  10. ^ a b c ヴィクトル・I・ストイキツァ, p. 7.
  11. ^ ヴィクトル・I・ストイキツァ, pp. 34-35.
  12. ^ R.カスナー 「幻視芸術」『ウィリアム・ブレイク』 春山清純訳、牧神社、1977年
  13. ^ Kenneth Clark (1973). Blake and visionary art. University of Glasgow Press. 
  14. ^ 聖なる鏡, §闇から光へ(カルロ・マコーミック).
  15. ^ C. G. Jung (2015). On Psychological and Visionary Art: Notes from C. G. Jung's Lecture on Gerard de Nerval's "Aurelia". Princeton University Press. p. 1-2. ISBN 0691162476. 
  16. ^ Stuart, R (2004). “Modern Psychedelic Art's Origins as a Product of Clinical Experimentation”. The Entheogen Review 13 (1): 12-22. https://erowid.org/culture/art/art_article2.shtml. 
  17. ^ a b Martina Hoffmann, Robert Venosa (2012). “Robert Venosa and the Visionary Art World” (pdf). MAPS Bulletin 22 (1): 22-23. http://www.maps.org/news-letters/v22n1/v22n1.pdf. 
  18. ^ Raw Vvision 25 years of publishing outsider art”. Raw Vision Magazine. 2017年7月31日閲覧。
  19. ^ What is Outsider Art?”. Raw Vision Magazine. 2017年7月31日閲覧。
  20. ^ パラレル・ヴィジョン 1993.
  21. ^ L. Caruana (2010). The First Manifesto of Visionary Art. Recluse. ISBN 978-0-97826373-7. 
  22. ^ a b 今福, 竜太「アートの民族植物学的起源 - パブロ・アマリンゴと幻覚のヴィジョン」、『Collage』第2号、1999年4月、 8-11頁、 NAID 40005217912

参考文献[編集]

  • ヴィクトル・I・ストイキツァ 『幻視絵画の詩学』 松井美智子訳、三元社、2009年ISBN 978-4-88303-237-2 Visionary Experience in the Golden Age of Spanish Art, 1995.
  • モーリス・タックマン、キャロル・S.エリエル 『パラレル・ヴィジョン―20世紀美術とアウトサイダー・アート』 淡交社、1993年10月。ISBN 978-4-473-01301-9 Parallel Visions : Modern Artists and Outsider Art, 1992.
  • アレックス・グレイ、ケン・ウィルバー、カルロ・マコーミック 『聖なる鏡―アレックス・グレイの幻視的芸術』 秋津一夫訳、ナチュラルスピリット、2010年ISBN 978-4-903821-70-2 Sacred Mirrors : The Visionary Art of Alex Gray, 1990.
  • 現代パリの幻想画家たち Les Visionnarires Contemporains de Paris 朝日新聞社1994 (展覧会カタログ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]