ヴィクトル・メルジャーノフ

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ヴィクトル・メルジャーノフ

ヴィークトル・カールポヴィチ・メルジャーノフ(Ви́ктор Ка́рпович Мержа́нов ; Victor Karpovich Merzhanov, 1919年8月15日 タンボフ - 2012年12月20日)はロシアピアニスト・音楽教師。ソ連邦時代から半世紀以上にわたって現役で演奏・教育活動に取り組むロシア・ピアノ楽派の最長老であった。

略歴[編集]

タンボフ音楽大学にてソロモン・スタリコフとアレクサンドル・ポルトラツキーに師事。1936年から1941年までモスクワ音楽院サムイル・フェインベルクピアノを、アレクサンドル・ゲディケオルガンを師事し、優等で卒業する。

1945年、第3回ソ連全国ピアノ・コンクールにおいてスヴャトスラフ・リヒテルと首位を分け合ったことにより、国際的に認知されるに至る。1949年には、ショパン・コンクールに6位入賞。モスクワ音楽院の大理石の壁に、スクリャービンラフマニノフの名と並んでメジャーノフの名が刻まれた。1946年モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団の独奏者に迎えられる。

1947年よりモスクワ音楽院の教授に就任し、ウラディーミル・ブーニンやオレグ・ヴォルコフ、イーゴリ・ギルファノフ、ユーリ・ディデンコ、ミハイル・オレーネフ、原田英代、ナッザレーノ・カルーシ、タチアナ・シェバノワ、ルスラン・スヴィリドフ、イリーナ・ホヴァンスカヤ、アンナ・ヤローヴァヤ、アナヒット・ネルセシャンらを輩出した。日本を訪れマスタークラスを開講したことがある。

60年間の公演活動において、ロシア欧州米国中国などの国々で200回以上もの演奏会を行ない、また、ロリン・マゼールクルト・ザンデルリングキリル・コンドラシンアレクサンドル・ガウクゲンナジー・ロジェストヴェンスキーユーリ・テミルカーノフエフゲニー・スヴェトラーノフらの著名な指揮者と共演してきた。

レパートリーは、バロック音楽ベートーヴェンといった古典から、プロコフィエフショスタコーヴィチまで幅広い。

初期から同時代の音楽の擁護者であり、作曲者本人に選ばれて、プロコフィエフの《ピアノ・ソナタ第6番》の初演を果たした。今日では、モスクワ・チャイコフスキー音楽院ならびにタンボフ・ラフマニノフ音楽学校の教授を務めており、またモスクワチャイコフスキー・コンクールワルシャワショパン・コンクールブダペストリスト=バルトーク・コンクールなど40以上もの国際的なコンクールで審査員を務めている。また、ラフマニノフ国際ピアノコンクールの創設者でもある。加えて、ラフマニノフ・ピアノ講習会の芸術監督と、(タンボフ近郊のイワノフカに位置する)ラフマニノフ博物館の幹部も務めている。

2012年12月20日、死去[1]。93歳没。

外部リンク[編集]

音源[編集]

脚注[編集]

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