ヴィオレット・ヴェルディ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
セレナーデを踊るヴィオレット・ヴェルディ。カール・ヴァン・ヴェクテン撮影(1961年)

ヴィオレット・ヴェルディ(Violette Verdy、本名ネリー・ギヨーム(Nelly Guillerm)、1933年12月1日ポン=ラベ-)はフランスバレエダンサーである[1]。1970年後半にダンサーを引退した後はダンス・カンパニーの監督等として活躍している。

経歴[編集]

幼少期からバレエを始め、パリでルーサンヌ夫人とヴィクトール・グソフスキーに学ぶ[2]。1945年に設立されたローラン・プティのバレエ・デ・シャンゼリゼにソリストとして参加。その後、バレエ・デ・パリ(1950年設立、1953年–1954年)、ロンドン・フェスティバル・バレエ英語版(1954年–1955年)、ミラノのスカラ座(1955年–1956年)、アメリカン・バレエ・シアター(1956年–1957年)で踊る[3]。キャリアの長きにわたりニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)のプリンシパル・ダンサーを務めた(1958年-1977年)。NYCB在籍中、ジョージ・バランシンはヴェルディのために多くの役を創作した。その代表的な物に「ジュエルズ」のエメラルド、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」、「」、「ソナチネ」がある。また、ジェローム・ロビンズの「ダンシズ・アット・ア・ギャザリング」、「イン・ザ・ナイト」も彼女のために振り付けられた作品である[3]

音楽と調和したクリアなダンスが特徴で、最高のバランシン・ダンサーの一人とされている[4]。バランシンは、ヴェルディについて「とても雄弁な脚を持っている。脚で物を語る」と評した[5]

NYCB引退後、パリ・オペラ座バレエ団芸術監督に就任。1980年には、ボストン・バレエの共同監督となった。現在は、インディアナ大学ブルーミントン校において音楽(バレエ)の特別教授、フィラデルフィアのザ・ロック・スクールでアーティスティック・アドバイザーを務めている[3][6]

ヴェルディは、フランスのレジオンドヌール勲章(シュヴァリエ)を、2009年6月15日にパリ・オペラ座ガルニエ宮で行われた私的なセレモニーで、ボルドー・オペラ座総監督であるティエリー・フーケから授与された[7]。ほか、多くの記事の執筆や雑誌への寄稿も行っており、著書にマーシャ・ブラウンがイラストを描いた子供のためのバレエ本「Of Swans, Sugarplums, and Satin Slippers」(白鳥、こんぺい糖、そしてサテンの靴のこと)がある。

映像[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Violette Verdy”. 2011年12月3日閲覧。
  2. ^ Violette Verdy”. Encyclopædia Britannica. 2011年12月3日閲覧。
  3. ^ a b c Distinguished Professor -- Founders Day 2005”. 2011年12月3日閲覧。
  4. ^ Martha Ullman West. “Violette Verdy ballet's Descartes - awarded CORPS de Ballet International”. 2011年12月3日閲覧。
  5. ^ Violette Verdi (vaimusic.com). http://www.youtube.com/watch?v=lkLw3FVa9fc&feature=relmfu 2011年12月3日閲覧。 
  6. ^ Artistic advisor”. 2011年12月3日閲覧。
  7. ^ On Stage: PBT — Ten from Forty”. 2011年12月3日閲覧。

外部リンク[編集]