ローデシア紛争

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ローデシア紛争
RhodesiaAllies1975.png
ローデシアと周辺国家
戦争:ローデシア紛争
年月日:1965年~1979年
場所:ローデシア
結果:紛争は戦闘終結まで継続した
交戦勢力
ローデシアの旗 ローデシア政府軍
Rhodesian Air Force (1970-1979).svg ローデシア空軍
Flag of Zimbabwe Rhodesia.svg ジンバブエ・ローデシア

援助国:
ポルトガルの旗 ポルトガル
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
イスラエルの旗 イスラエル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イギリスの旗 イギリス
フランスの旗 フランス
ドイツの旗 西ドイツ

Flag of ZANU-PF.svg ジンバブエ・アフリカ人民同盟
Zimbabwe African People's Union flag.png ジンバブエ・アフリカ民族同盟
African National Congress Flag.svg アフリカ民族会議
Mz frelimo1962-1993.png モザンビーク解放戦線
Flag of Mozambique (1975-1983).svg モザンビーク

援助国:
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
中華人民共和国の旗 中華人民共和国
朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
キューバの旗 キューバ
Flag of Zambia (1964-1996).svg ザンビア
リビアの旗 リビア
タンザニアの旗 タンザニア
東ドイツの旗 東ドイツ

ローデシア紛争(ローデシアふんそう)は、1965年から1979年にかけてアフリカのローデシア(現ジンバブエ共和国)で戦われた紛争である。

概要[編集]

戦争前のローデシアはイアン・スミス(ローデシア戦線)が南ローデシア植民地政府首相を務める白人優位の地域で有色人種の独立運動は弾圧されていた。宗主国英国は相次ぐアフリカ諸国独立で植民地時代の終焉を悟り、黒人の参政権を保証する形でのローデシア独立を求めた。しかし白人政権はこれを拒否し、1965年11月11日に英国からの一方的独立宣言を行い英国総督を追放した。以降、ローデシア政府軍と中ソの支援を受けたアフリカ人抵抗勢力のゲリラ闘争が本格的となり、近隣諸国を巻き込んだローデシア紛争に発展する。ローデシア紛争は、1979年12月29日の戦闘終結まで継続した。

陣営[編集]

政府側
反政府勢力側

また、ローデシアと同じくアパルトヘイト政策を推進していた南アフリカ共和国が政府側を、ザンビアタンザニアアンゴラエチオピアなどブラックアフリカ諸国やアルジェリアリビアなどの親東側的なアラブ諸国が反政府勢力側を支援したほか、北朝鮮軍平壌近郊の基地でZANUの兵士に爆発物など兵器の使用訓練を施していた。1979年6月にはキューバモザンビークがZAPUおよびZANUに対して直接的な軍事支援を申し入れたが双方ともこれを辞退している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]