ロンガローネ

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ロンガローネ
Longarone
ロンガローネの風景
集落中心部
行政
イタリアの旗 イタリア
ヴェネト州の旗 ヴェネト
Blank.png ベッルーノ
CAP(郵便番号) 32013
市外局番 0437
ISTATコード 025031
識別コード E672
分離集落 #分離集落参照
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 3,943 [1](2012-01-01)
人口密度 38.1 人/km2
文化
住民の呼称 Longaronesi
守護聖人 聖マリーア (Santa Maria)
祝祭日 12月8日
地理
座標 北緯46度16分0秒 東経12度18分0秒 / 北緯46.26667度 東経12.30000度 / 46.26667; 12.30000座標: 北緯46度16分0秒 東経12度18分0秒 / 北緯46.26667度 東経12.30000度 / 46.26667; 12.30000
標高 473 (400 - 2542) [2] m
面積 103.38 [3] km2
ロンガローネの位置(イタリア内)
ロンガローネ
ロンガローネの位置
ベッルーノ県におけるコムーネの領域
ベッルーノ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
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ロンガローネイタリア語: Longarone)は、イタリア共和国ヴェネト州ベッルーノ県にある、人口約4000人の基礎自治体コムーネ)である。1963年10月9日バイオントダム災害による大惨事を経験した。

地理[編集]

位置・広がり・地勢[編集]

ベッルーノ県の東部に位置し、東にポルデノーネ県フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州)と境を接する。アルプスに源を発しアドリア海に注ぐピアーヴェ川の上流に開けた小盆地に築かれた町である。県都ベッルーノから北北東15km、マニアーゴから西北西へ38km、州都ヴェネツィアから北へ93kmの距離にある。

自治体(コムーネ)としてのロンガローネは、ロンガローネの中心集落のほか、9つの分離集落を含んでいる。

隣接コムーネ[編集]

隣接するコムーネは以下の通り。PNはポルデノーネ県所属を示す。

歴史[編集]

古代・中世[編集]

ロンガローネの歴史はローマ時代まで遡ることができ、墓地や街道など当時の遺跡が残されている。地名の起源ははっきりしないが、「細長い土地」を意味する longus から派生した Longara との関連が推測される[4]

町の中心部にある聖クリストフォロ教会は、1300年頃に建設された。中世の歴史はベッルーノとともに歩んでおり、1420年以降はヴェネツィア共和国の領域に入った。

近代[編集]

ロンガローネの町は長らくカステッラヴァッツォに属する地位にあったが、ナポレオン統治下の1806年に独立した都市となった。ウィーン会議後はオーストリアの勢力下に入り、1866年、イタリアに編入された。18世紀、ロンガローネは流通の拠点として経済的な繁栄を見せた。

第一次世界大戦中の1917年11月には、カポレットの戦いに関連したロンガローネの戦い (it:Battaglia di Longaroneの舞台となった。ドイツ軍のエルヴィン・ロンメル中尉は、ロンガローネに置かれたイタリア軍の駐屯地を占領し、多数の捕虜を得て名を高めた。

第二次世界大戦後[編集]

災害後のロンガローネ
災害後のロンガローネ
バイオントダム災害犠牲者の墓地
バイオントダム災害犠牲者の墓地

1960年、この町の東にバイオントダムが完成した。262mという堤高は、当時世界で最も高いものであった。

1963年10月9日夜、バイオントダム災害 (it:Disastro del Vajontが発生した。トック山から崩落した土砂がダム湖になだれ込んだ結果、ダムに湛えられていた5000万立方メートルの水は津波となり、堤を乗り越えてあふれ出した。堤の真西にあったロンガローネの町はその直撃を受け、泥水に飲み込まれた。この災害による1909人の死者のうち、ロンガローネのコムーネは1450人の犠牲を出している[5]

この災害のあと町は再建され、復興を遂げている。

2003年10月、災害の40周年を迎えての追悼行事がロンガローネで行われ、チャンピ大統領が出席した。

行政[編集]

ロンガローネ市役所。バイオントダム災害をくぐり抜けた数少ない建物の一つ

分離集落[編集]

ロンガローネには以下の分離集落(フラツィオーネ)がある。

  • Dogna, Faè, Fortogna, Igne, Pirago-Muda Maè, Provagna, Rivalta, Roggia, Soffranco

経済・産業[編集]

ロンガローネに仕事を持っている人は4,642人にのぼり、これは居住人口の112.62%にあたる。住人の多くはコムーネの中で働いている。

眼鏡[編集]

ベッルーノ県北東部(ロンガローネからコメーリコ・スペリオーレにかけてのカドーレ谷一帯)は、イタリアにおける眼鏡産業の集積地であり、ロンガローネはその中心地の一つである[6][7]。ロンガローネ集落の南にはピアーヴェ川に沿って工業団地が造成されており[6]、2000年代におけるイタリアの眼鏡大手4社うち、デ・リーゴ (it:De Rigoとマルコリン社 (it:Marcolinは、ロンガローネに本社を構えている[7]

ジェラート[編集]

ロンガローネは、隣接するゾルド谷・カドーレ谷の村(ゾルド・アルトフォルノ・ディ・ゾルドゾッペ・ディ・カドーレ)とともに、ジェラートの町としても知られている。ロンガローネでは毎年冬に「国際ジェラート展示会」(Mostra Internazionale del Gelato Artigianale, 略称:MIG)が開かれている[8]。「国際ジェラート展示会」は1959年12月に第1回が開かれた。

人口[編集]

人口推移[編集]

人口推移
人口±%
18713,814—    
18813,530−7.4%
19013,688+4.5%
19114,302+16.6%
19214,312+0.2%
19314,147−3.8%
19364,019−3.1%
19514,742+18.0%
19614,688−1.1%
19714,036−13.9%
19814,481+11.0%
19914,234−5.5%
20014,122−2.6%
20113,945−4.3%

交通[編集]

国道 SS51 がピアーヴェ川に沿ってコムーネを南北に縦貫しており、北はカステッラヴァッツォを経てピエーヴェ・ディ・カドーレに、南はポンテ・ネッレ・アルピに至る。また、コムーネを東西に貫く県道 SP251 は、西にゾルド谷を遡ってラ・ヴァッレ・アゴルディーナとを結び、東にフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州との州境を越えヴァイオント谷に入り、エルト・エ・カッソとを結ぶ。

姉妹都市[編集]

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関連項目[編集]