ロマン・アブラモヴィッチ

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アブラモヴィッチ
Roman Abramovich
Роман Абрамович
Roman Abramovich 2 (cropped).png
2021年のアブラモヴィッチ
チュクチ自治管区知事
任期
2000年12月17日 – 2008年7月3日
前任者アレクサンドル・ナザロフ
後任者ロマン・コピン
国家院議員
任期
2000年1月10日 – 2000年12月17日
前任者ウラジーミル・バビチェフ英語版
後任者ウラジーミル・イェティリン英語版
選挙区チュクチ
個人情報
生誕ロマン・アルカディエヴィッチ・アブラモヴィッチ
(1966-10-24) 1966年10月24日(55歳)
ソビエト連邦ソビエト・ロシアサラトフ
(現在 ロシアの旗 ロシア・サラトフ,)
国籍
配偶者
子供アルカディ・アブラモヴィッチ英語版をはじめ、7人
職業
  • 実業家
  • 政治家
著名な実績
受賞
ロマン・アブラモヴィッチ

ロマン・アルカディエヴィッチ・アブラモヴィッチアブラモーヴィチロシア語: Рома́н Арка́диевич Абрамо́вич、ラテン文字転写の例:Roman Arkadievich Abramovich1966年10月24日- )は、ユダヤ系ロシア人実業家石油王)。個人的な投資会社ミルハウス・キャピタルのオーナーであり、寡頭資本家(オリガルヒ)の一人。また、チュクチ自治管区知事を務めた政治家でもある。『フォーブス』によれば、187億ドルの純資産を持っている。プレミアリーグチェルシーFCのオーナーを務めていたが、2022年に英国政府からウラジミール・プーチン大統領との関係において制裁を受けておりクラブ運営に厳しい制約をかけられたため辞任した。

来歴[編集]

1966年10月24日サラトフに生まれる。彼の母イリーナは彼が1歳のときに、彼の父アルカーディは3歳のときに死んだため、彼は孤児として育った。1992年から商売を始め、特に石油取引業で手腕を振るい巨万の富を得る。ボリス・ベレゾフスキーが設立した石油企業シブネフチや自動車販売を中心とする複合企業ロゴヴァスの管理を任せられる。1995年にベレゾフスキーと協同でP.K.トラストを設立。1996年9月からシブネフチ取締役。その他、アルミニウム企業最大手のルサールも掌握していた。2002年から2005年にかけて、資産の大半をかなりの利益で売った。特に、ミルハウス・キャピタルはシブネフチの株を130億ドルでガスプロムに、ルサールの株を20億ドルでオレグ・デリパスカに売った。

1999年12月の下院選挙でチュクチから立候補し当選した。翌2000年12月にはチュクチ自治管区知事選に立候補し当選した。

2001年5月、シブネフチの重役が関与した汚職事件に関連して検察当局から取り調べを受ける。ベレゾフスキーに対しプーチン政権は対立姿勢を見せ始め、ベレゾフスキーは国外に逃亡した。アブラモヴィッチはプーチン政権に対しては沈黙を守り、プーチン政権との関係は比較的良好と言われていたが、次第に彼に対しても圧力が掛かり始めていると噂されている時に、ロシア最大手の石油会社だったユコスミハイル・ホドルコフスキー社長が逮捕された。

チェルシーの試合を観戦するアブラモヴィッチ

直後の2003年7月イングランドサッカークラブのチェルシーを買収。約160億円ともいわれる負債を返済し、ポケットマネーで次々と有力選手を獲得する。それまで一部の政治・経済人等にしか認知されていなかった人物が、一夜にして世界中から注目を集めた。当時、オリガルヒに対するプーチン政権側の強攻策には、欧米側による批判があった上、オリガルヒの資産国外流出を招くと懸念されていた。しかしアブラモヴィッチはその後もプーチン政権と良好な関係を維持し、2005年10月にプーチン大統領よりチュクチ自治管区知事に再任された。

アブラモヴィッチは2006年からチュクチ自治管区知事辞任を請願し、2008年7月3日ドミートリー・メドヴェージェフ大統領によってそれが承認されたため知事の座を退いた。しかし今度はチュクチ自治管区の地方議員に就任するよう地元から強く要請されたため、チュクチ自治管区地方議員選挙に立候補し、同年10月13日、96.99%の高得票率で当選して、議長に就任した。2013年5月7日、高級公務員(大統領、地方首長、国会・地方議会議員等の被選挙職を含む)のロシア国外での金融資産保有を禁ずる連邦法(N 79-ФЗ)が成立し、同法の遵守を理由に施行前の7月2日に議員辞職した。

2007年からの世界的な金融危機では203億ドルを失ったとされ、『フォーブス』の億万長者ランキングでは2008年度は15位(187億ドル)だったが、2009年度は51位(85億ドル)と大幅にランクを下げた。

2010年3月、イタリアのGEDIグルポ・エディトリアレグループがアブラモヴィッチがギャンブルの借金でヨットを失ったことを記す記事を公開した後、アブラモヴィッチに公式に謝罪した。この情報は、虚偽と判断された[1]

2018年イスラエル国籍取得。

ロシアによるウクライナ侵攻への対応[編集]

2022年2月24日に開始されたロシアによるウクライナ侵攻の初期の段階ではウクライナ側より要請され、仲介者として同国とロシアとの和平交渉に関与した[2]。3月にはウクライナの首都キーウにてウクライナの代表団とともにロシア側との交渉に臨んだが、その際にアブラモビッチと少なくともウクライナ側の代表団2名が会談終了後に目の充血や痛み、涙目、顔や手の皮膚が剥がれるといった症状を訴え、命に別条はなく回復したものの、調査した専門家が毒物投与による中毒症状の可能性があると報道機関に語ったとされ、被害者はロシア側の強硬派が停戦交渉を妨害するために実行したと主張していると大々的に報道された。ただしウクライナ政府は毒物が投与されたとする情報を否定している[3][4]

2022年3月2日には世界各国からのロシアへの非難や経済制裁による影響を鑑みる形で、チェルシーの経営権売却と、売却で得た純益は全て戦争の被害者に対して寄附する意向を表明した[5]。ところが3月10日にイギリス政府がアブラモヴィッチに対して資産凍結や渡航禁止令などの制裁を科したため、売却やチームの運営に大きな制約が課せられることとなり[6]、更に12日には、プレミアリーグ側がアブラモヴィッチを失格処分にしたと表明した[7]

私生活[編集]

社用機のボーイング767

アブラモヴィッチは3回結婚しており、最初の妻オリガとは1987年12月に結婚するも1990年に離婚、2番目の妻イリーナ(旧姓マランディーナ)と1991年10月に結婚するも2007年に離婚した。

2006年10月15日、『ニュース・オブ・ザ・ワールド』は、イリーナが夫アブラモヴィッチとテニス選手マラト・サフィンの元恋人であるダリア・ズコワが親しい関係にあるという報道を受けて、イギリスの2人の離婚弁護士を雇ったと報道した。彼らは2007年3月に世界最高額の60億ポンド(日本円で1兆3,500億円)の慰謝料で離婚したと、大衆紙などが報じている。アブラモヴィッチ自身は、3月13日に代理人の声明により、離婚した事実のみを明らかにしたが、離婚の条件などは公表していない。 その後に愛人のダリアとは再婚したが、2017年に離婚した。

2010年にスーパーヨット「エクリプス」を購入。2つのヘリポート、24の客室、2つのプールを有する船体は、推定およそ19億ドルと世界最高額のスーパーヨットと推定されている[8]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Roman Abramovich Wins Libel Case After Claims He Lost Yacht Playing Poker, Onlinepoker.com, 18 March 2010
  2. ^ ロシア停戦仲介アブラモビッチ氏に毒物攻撃か 「警告」の見方もウクライナ政府は「偽情報」”. 日刊スポーツ (2022年3月29日). 2022年3月29日閲覧。
  3. ^ “和平交渉関与のロシア人富豪やウクライナ担当者に中毒疑惑=報道”. ロイター. (2022年3月29日). https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-abramovich-idJPKCN2LP1WD 2022年3月29日閲覧。 
  4. ^ “アブラモビッチ氏とウクライナ交渉団に毒物か 関係筋明かす”. AFPBB News. フランス通信社. (2022年3月29日). https://www.afpbb.com/articles/-/3397383 2022年3月29日閲覧。 
  5. ^ ロマン・アブラモヴィッチの声明” (日本語). チェルシーFC (2022年3月2日). 2022年3月3日閲覧。
  6. ^ “チェルシーはどうなる? 「クラブ売却」は条件付きで可能へ、「移籍」「販売」などは…アブラモヴィッチ氏が資産凍結で先行き不透明に”. Goal.com. (2022年3月10日). https://www.goal.com/jp/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/chelsea-abramovich-202203102200/blt1fd01916161cece3 2022年3月11日閲覧。 
  7. ^ プレミアリーグがアブラモビッチ氏の失格を発表…資産凍結を受け決定”. 超ワールドサッカー (2022年3月13日). 2022年3月13日閲覧。
  8. ^ 「世界で最も高価なスーパーヨット」の所有者は誰なのか?”. ダイヤモンドオンライン (2021年1月3日). 2022年3月24日閲覧。

外部リンク[編集]

先代
アレクサンドル・ナザロフ
チュクチ自治管区知事
2000年 - 2008年
次代
ロマン・コピン