ロベルト・ディ・マッテオ
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2015年のディ・マッテオ | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Roberto DI MATTEO | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1970年5月29日(48歳) | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 178cm | |||||
| 体重 | 74kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1988-1991 |
| 50 | (2) | |||
| 1991-1992 |
| 34 | (6) | |||
| 1992-1993 |
| 33 | (1) | |||
| 1993-1996 |
| 87 | (7) | |||
| 1996-2002 |
| 119 | (26) | |||
| 通算 | 323 | (42) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 1994-1998[1] |
| 34 | (2) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2008-2009 |
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| 2009-2011 |
| |||||
| 2011-2012 |
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| 2012 |
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| 2014-2015 |
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| 2016 |
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ロベルト・ディ・マッテオ(Roberto Di Matteo、1970年5月29日 - )は、スイス・シャフハウゼン出身の、元プロサッカー選手。サッカー指導者。元イタリア代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。
経歴[編集]
選手時代[編集]
スイスのシャフハウゼンにてイタリア人の両親の間に生まれる。1988年に地元クラブのFCシャフハウゼンでプロ初出場。1993年にはFCアーラウでリーグ制覇を成し遂げ、最優秀選手に選ばれた。翌シーズンからセリエAのSSラツィオに移籍。3シーズンに渡りレギュラーとしてプレーした。
1996年夏にプレミアリーグのチェルシーFCに移籍。移籍金490万ユーロは当時のクラブ最高額であった。1年目から9ゴールを挙げチームに馴染むと、中盤の底から繰り出す効果的なロングパスを武器にチームの主力として活躍。1997年と2000年のFAカップ決勝戦では、決勝ゴールを挙げて優勝に貢献。1998年には、UEFAカップウィナーズカップ、フットボールリーグカップ、UEFAスーパーカップ制覇に貢献した。そして2002年に怪我のため、31歳で現役引退した。
サッカーイタリア代表としては、1996年の欧州選手権と1998年のフランスW杯を含む34試合に出場した。
指導者時代[編集]
ロンドンで複数のレストランを経営する傍ら、2008年からフットボールリーグ1(3部相当)のミルトン・キーンズ・ドンズFCで指導者としてのキャリアをスタート。2009年より指揮を執ったウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCでは攻撃的なサッカーを展開しプレミアリーグ昇格に導いた[2]。
2011年に古巣チェルシーFCのアシスタントコーチに就任。2012年3月4日、シーズン途中のアンドレ・ビラス・ボアス監督解任に伴い、暫定的に監督に昇格した[3]。リーグ戦では順位を上げられず6位に終わったが、国内外でのカップ戦では勝ち進むことに成功。5月5日に行われたFAカップ決勝でリヴァプールFCを破り優勝を飾ると、同月19日のUEFAチャンピオンズリーグ決勝でもPK戦の末にバイエルン・ミュンヘンに勝利。チェルシーが同大会で初優勝を収めシーズンを終えた後、正式に監督として2年契約を結んだ。だが5ヶ月後の11月21日、成績不振により解任された[4]。スタンフォード・ブリッジではディマッテオの現役時代の背番号「16」にちなみ、試合開始16分に彼の功績を称える拍手が行われていた。[5]
2014年10月、シャルケ04の監督に就任[6]。チャンピオンズリーグでは決勝トーナメントに進出し、ベスト16でレアル・マドリードと対戦。前大会王者をあと一歩まで追い詰めるも合計スコア4-5で敗退。2015年5月26日に辞任した。
2016年6月2日、アストン・ヴィラFCの監督に就任。
所属クラブ[編集]
監督歴[編集]
ミルトン・キーンズ・ドンズFC 2008-2009
ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC 2009-2011
チェルシーFC (助監督) 2011-2012.3 (暫定監督) 2012.3-2012.6 (監督) 2012.6-2012.11
シャルケ04 2014.10-2015.5
アストン・ヴィラFC 2016
監督成績[編集]
| クラブ | 就任 | 退任 | 記録 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 勝ち | 分け | 負け | 勝率 % | |||||
| ミルトン・キーンズ・ドンズFC | 2008年7月2日 | 2009年6月30日 | 52 | 27 | 11 | 14 | 51.92 | ||
| ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC | 2009年6月30日 | 2011年2月6日 | 83 | 40 | 19 | 24 | 48.19 | ||
| チェルシーFC | 2012年3月4日 | 2012年11月21日 | 42 | 24 | 9 | 9 | 57.14 | ||
| シャルケ04 | 2014年10月7日 | 2015年5月26日 | 33 | 14 | 7 | 12 | 42.42 | ||
| アストン・ヴィラFC | 2016年6月2日 | 2016年10月3日 | 12 | 1 | 7 | 4 | 8.33 | ||
タイトル[編集]
- プレミアリーグ月間最優秀監督:2010年9月
脚注[編集]
- ^ “Roberto Di Matteo - International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation
- ^ 頓挫したビラスボアスの「3年計画」。迷走するチェルシーはどこへ行く? 3
- ^ “CHELSEA AND VILLAS-BOAS PART COMPANY”. chelseafc.com (2012年3月4日). 2012年3月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年3月4日閲覧。
- ^ “STATEMENT ON ROBERTO DI MATTEO”. chelseafc.com (2012年11月21日). 2012年11月22日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2012年11月21日閲覧。
- ^ Abramovich didn't give Di Matteo enough rope
- ^ “S04 trennt sich von Jens Keller – Roberto Di Matteo übernimmt” (ドイツ語) (プレスリリース), Schalke 04, (2014年10月7日)
外部リンク[編集]
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