ロベルト・ゲレーロ

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ロベルト・ゲレーロ
Roberto Guerrero 2010 Indy 500 Practice Day 7.JPG
2010年
基本情報
フルネーム ロベルト・ジョセ・ゲレーロ・イサザ
国籍  コロンビア
出身地 メデジン
生年月日 (1958-11-16) 1958年11月16日(64歳)
F1での経歴
活動時期 1982 - 1983
過去の所属チーム '82 エンサイン
'83 セオドール
出走回数 29 (21スタート)
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 0
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 1982年南アフリカGP
最終戦 1983年ヨーロッパGP
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ロベルト・ジョセ・ゲレーロ・イサザ(Roberto Jose Guerro Isaza、1958年11月16日 - )は、コロンビアメデジン出身のレーシングドライバーである[1]。同国国籍のドライバーで、初めてF1にフル参戦したのは、ゲレーロが初めてだった。

経歴[編集]

ゲレーロは、1972年にカートを始めて、コロンビア国内の複数のカートレースで優勝した。ジム・ラッセル・レーシングスクールを経て、イギリス国内のフォーミュラ・フォードイギリスF3選手権などに参戦。

1981年にヨーロッパF2にステップアップ。1勝を挙げ、ランキング7位となる。同時期のヨーロッパF2には、ティエリー・ブーツェンステファン・ヨハンソンらも参戦していた。

1982年エンサインからF1デビューを果たし、コロンビア国籍のドライバーで初めてF1にフル参戦したドライバーとなった。しかし、マシンの戦闘力不足などもあり、思うような成績を残せず、ドイツGPで8位完走を果たしたのが、F1キャリアベストの成績となった。

1983年、エンサインと合併した、セオドールから2年目のF1参戦。シーズン終了後にはアイルトン・セナなど数名の若手と共にブラバムのテスト走行に参加[2]BT52Bをドライブしたが、シート獲得には至らなかった。F1では思うような成績を残すことはできなかったが、同年11月に参加したF3マカオグランプリでは、優勝したアイルトン・セナに次ぐ総合2位と好成績を収めた。このマカオGPには、ゲレーロに次ぐ3位となったゲルハルト・ベルガーや、マーティン・ブランドルピエルルイジ・マルティニらも参戦していた。その後ゲレーロはアメリカを拠点として活動し、CARTインディライツなどで活躍した。

レース成績[編集]

ヨーロッパ・フォーミュラ2選手権[編集]

チーム シャーシー エンジン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
1981年 マウラー・モータースポーツ マウラー・ MM81 BMW SIL
Ret
HOC
10
THR
1
NÜR
Ret
VAL
Ret
MUG
6
PAU
Ret
PER
4
SPA
Ret
DON
Ret
MIS
4
MAN
Ret
7位 16

F1[編集]

所属チーム シャーシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 WDC ポイント
1982年 エンサイン N180B RSA
WD
NC 0
N181 BRA
DNQ
USW
Ret
SMR BEL
DNQ
MON
DNQ
DET
Ret
CAN
Ret
NED
DNQ
GBR
Ret
FRA
DNQ
GER
8
AUT
Ret
SUI
Ret
ITA
NC
CPL
DNS
1983年 セオドール N183 BRA
NC
USW
Ret
FRA
Ret
SMR
Ret
MON
DNPQ
BEL
Ret
DET
NC
CAN
Ret
GBR
16
GER
Ret
AUT
Ret
NED
12
ITA
13
EUR
12
RSA NC 0

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ Roberto Guerrero | Racing career profile | Driver Database”. www.driverdb.com. 2020年9月4日閲覧。
  2. ^ SENNA TESTED FOR BRABHAM-BMW GrandPrix247 2019年3月3日

外部リンク[編集]