ロバート・フランクリン・ストラウド
| ロバート・フランクリン・ストラウド Robert Franklin Stroud | |
|---|---|
|
| |
| 生誕 |
1890年1月28日 |
| 現況 | 死没 |
| 死没 |
1963年11月21日(73歳没) |
| 別名 | バードマン |
| 職業 | 鳥類学者 |
| 罪名 | 暴行、殺人 |
| 刑罰 | 終身刑 |
| 有罪判決 | 暴行罪、殺人罪 |
ロバート・フランクリン・ストラウド(Robert Franklin Stroud, 1890年1月28日 - 1963年11月21日)は、アメリカ合衆国の犯罪者。服役中に鳥類とその病気についての研究で国際的な権威となり、その生涯を描いた1962年の映画「終身犯」(ストラウド役はバート・ランカスター)はオスカーにノミネートされた。
プロフィール[編集]
シアトル出身。ドイツ系アメリカ人。13歳の時にアルコール依存症の父親の元からアラスカのコルドバへ逃げ出し36歳のキティ・オブライエンという売春婦と出会う。18歳の時にキティとジュノーへ移動しポン引きをしていたが、1909年1月18日に彼女への金を払わずに暴行し、彼女のロケット(娘の写真が入っていたという)を奪ったバーテンダーの男性を射殺した。母親が弁護士を雇うが1909年8月25日に殺人罪で懲役12年の判決を受ける。
ワシントン州のマクニール島連邦刑務所に収監されたが、刑務所の記録によると暴力的で規則に従わず、看護師の男性に対してモルヒネを持ってくるよう脅迫したり、仲間の囚人を刺傷する等悪行の限りを尽くし、暴行罪で懲役6ヶ月を追加される。
刑務所が過密状態であり、他の囚人やスタッフへの脅迫をやめなかった為カンザス州レブンワース刑務所に移送されたが、1916年3月25日に弟との面会権を取り上げた看守を食堂で刺殺し、同年5月2日に第一級殺人罪で死刑を言い渡され独房に入れられる。母親の必死の嘆願がウッドロー・ウィルソン大統領夫妻を動かし仮釈放なしの終身刑に減刑される。刑務所長は彼の危険性を勘案し、独房に永久に隔離することを決定する。
その後、彼は刑務所の運動場で傷ついた小鳥を見つけ、やがてカナリアに強い興味を持つようになった。やがて小鳥を独房の隣の工場で飼育することが許可され、結果的に彼はカナリアの病気に関する2冊の著作を発表し、300羽のカナリアを育てた。彼の詳細な研究はカナリアの生態の解明及び病気の治療に大きく貢献し、治療薬を開発して販売するまでになった。
1942年にアルカトラズ刑務所に移送された(小鳥の飼育は規則により出来なかった)。1959年にイリノイ州スプリングフィールド連邦刑務所メディカルセンターに移送され、1963年に病気の為に死亡した。
外部リンク[編集]
- Alcatraz History(英語)
- Robert Franklin Stroud(英語)at Find-A-Grave