ロナルド・モース

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ロナルド・A・モース
RonaldMorse.jpg
生誕 1938年
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク
研究分野 文学歴史学政治学経済学
研究機関 国防総省
国務省
エネルギー省
メリーランド大学
ネバダ大学
麗澤大学
出身校 カリフォルニア大学
プリンストン大学院
プロジェクト:人物伝

ロナルド・モース(Ronald A. Morse、1938年 - )は、米国ニューヨーク生まれの著作家、政府官僚、記者、発明家、教授。国防総省国務省エネルギー省OBであり、日米関係研究の第一人者と呼ばれている[1]柳田國男の『遠野物語』の英訳者。新型インフルエンザ対策用マスクの発案者。株式会社エースインターナショナルジャパンの最高顧問[2]

学歴[編集]

経歴[編集]

ジョージ・H・W・ブッシュ前大統領(政策立案)
上院議員ポール・サイモン英語版(左)と
遠野市長から遠野市文化賞を受賞

1974年から1981年にかけて、国防総省(戦略貿易チーム主任研究員)、国務省(日本国内政策・外交政策担当)、エネルギー省(中東・アジア担当)で政策立案・分析に従事。このあとウッドロー・ウィルソン国際センター(アジア計画部副部長)、米国議会図書館特別補佐官、米経済戦略研究所(ESI)副所長(1988)などを歴任[4]。1993年12月メリーランド大学国際プロジェクト部長[5]カリフォルニア大学ロサンゼルス校歴史学部日本学科教授[6]。ネバダ州立大学教授。タフツ大学のフレッチャー法律外交スクールの国際ビジネス教授[3]。1996年9月、麗澤大学教授。リサーチコンサルタント会社、アナポリス・インターナショナル社社長。

産経新聞(1996年6月3日)で、日本の政界、官界、経済界、有識者・ジャーナリズムの四分野で日米問題に影響力を持つ124人を選び、米国に対する「硬軟度」を測った「日本版モース・ターゲット」を作成した。米政府にも提供され、日本に対処する際の有力な指針となった[要出典]柳田國男の「英訳遠野物語」を出版(1995年)したことにより、世界各地の図書館に「遠野物語」が蔵書される[要出典]。2012年、遠野市より遠野文化賞を受賞[7]

スタンス[編集]

柳田國男民俗学をテーマに博士号を取得[3]した親日派リビジョニスト[要出典]アジア太平洋地域の最大の不確実要因は「日本の立場」だと指摘、「日本が積極的に関わるか否か。怠る確率は七割」と読んだ[要出典]。また、アメリカが日本に対して無関心なことを捉えて、「これは日本にとって、五十年に一度の絶好のチャンス」だと指摘、「アメリカのことは無視して、世界における日本の役割は何か、アジアの役割は何か、日本の国民にとって何がいいか悪いか、ということから再出発したほうがいい」と主張した[8]

著作[編集]

  • 遠野物語(英訳)(国際交流基金
  • 近代化への挑戦 柳田国男の遺産(日本放送出版協会、岡田陽一・山野博史訳、1977年)
  • 目を覚ませ日米関係(日下公人共著、PHP研究所、1995年)
  • インターネットで学ぶアメリカ政治の基礎知識(見付宗弥訳、麗澤大学出版会、1999年)
  • 「無条件勝利」のアメリカと日本の選択(編著、時事通信社外信部ほか訳、時事通信社、2002年)
  • 「見えない資産」の大国・日本 中国・アメリカにはない強みとは(大塚文雄/日下公人共著、祥伝社、2010年)
  • 世界の中の柳田国男(赤坂憲雄共編、藤原書店、2012年)
  • 「強い日本」を取り戻すためにいま必要なこと(日下公人田久保忠衛共著、PHP研究所、2013年)

脚注[編集]

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  1. ^ 東京新聞』2000年6月27日
  2. ^ ロナルド・モース Dr.Ronald A. Morse - エースインターナショナルジャパン
  3. ^ a b c ロナルド・モース - 人名事典(PHP研究所
  4. ^ 東京新聞』1995年5月9日
  5. ^ News Week 1994.2.9 p.19
  6. ^ 産経新聞』2003年1月19日
  7. ^ 遠野文化フォーラムが開催されました - 遠野市
  8. ^ Voice』1996年3月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]