ロドニー・E・スレーター

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ロドニー・アール・スレーター(Rodney Earl Slater、1955年2月23日生)はアメリカ合衆国弁護士、元アメリカ合衆国運輸長官

学歴[編集]

1977年に東ミシガン大学を卒業し、1980年にアーカンソー大学の法科大学院を卒業[1]

職歴[編集]

1979 - 80年にアーカンソー憲法委員会の研究助手、1980年にアーカンソー州の検察官に就任。ビル・クリントン知事の政権で知事補佐(1983 - 87年)及びアーカンソー州道路委員会委員(1987年 - 93年)を勤めた[2]。同時にアーカンソー州立大学の政府関係担当ディレクターを務めた[3]

その後、1993年にクリントンがアメリカ合衆国大統領に就任し、スレーター氏を連邦道路管理局長に就任し、同局の史上初アフリカ系アメリカ人局長となった。

1997年にアメリカ合衆国運輸長官に就任。

運輸長官として、陸上運輸インフラの大幅投資、航空システムの安全性改善、国際オープンスカイ条約の交渉等を担当した。

民間活動[編集]

ワシントン・ナショナルズ球団を買収した集団の一員であった[4]

弁護士として、ワシントンD.C.の法律事務所スクワイヤ・パットン・ボッグスで運輸関連のプロジェクトを担当する。

デルタ航空およびベライゾンの取締役にも就任。

2014にタカタの特別顧問に任命し、2013年のエアバッグ・リコール案件に関するサポートを提供した[5]

参考文献[編集]