ロッテ 歌のアルバム

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ロッテ 歌のアルバム
ジャンル 歌謡番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 ラジオ東京テレビ → 東京放送
音声 ステレオ放送(1978年10月2日以降)
ロッテ 歌のアルバム
放送時間 当該節参照
放送期間 1958年5月4日 - 1979年9月30日(1110回)
出演者 玉置宏
千昌夫
小島一慶
演歌の殿堂 ロッテ歌のアルバム
放送時間 日曜 12:30 - 13:00(30分)
放送期間 1985年4月7日 - 1986年5月25日
出演者 村野武範
ロッテ 歌のアルバムNOW
放送時間 日曜 12:30 - 13:00(30分)
放送期間 1986年6月1日 - 1987年9月27日
出演者 山村美智子
松宮一彦
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ロッテ 歌のアルバム』(ロッテうたのアルバム)は、1958年5月4日から1979年9月30日までラジオ東京テレビ → 東京放送(現・TBSテレビ)で放送されていた歌謡番組である。その後も1985年4月から1986年5月まで第2シリーズ『演歌の殿堂 ロッテ歌のアルバム』が、1986年6月から1987年9月まで第3シリーズ『歌のアルバム NOW』が放送されていた。スポンサーは一貫してロッテの一社提供。

以後本記事では、『ロッテ 歌のアルバム』を第1シリーズ、『演歌の殿堂 ロッテ歌のアルバム』を第2シリーズ、『ロッテ 歌のアルバムNOW』を第3シリーズと記述する。

第1シリーズ[編集]

玉置宏による進行[編集]

放送第2回からは、元文化放送アナウンサーで当時三橋美智也などの歌謡ショーで司会を務めていた玉置宏を司会に迎えた。冠スポンサーであるロッテのCMソング「小さな瞳」のインストをBGMに彼が冒頭に発する「お口の恋人・ロッテ提供、ロッテ歌のアルバム」は茶の間に定着し、「1週間のご無沙汰でした。玉置でございます」(NET(現・テレビ朝日)『象印スターものまね大合戦』でも同様に発する)は当時の流行語にもなった。歌謡曲に対する造詣の深さに裏打ちされた玉置の司会術から、当代の大物歌手たちもこの番組に対して高い信頼を寄せていた[要出典]

主な出演者[編集]

橋幸夫舟木一夫西郷輝彦御三家と橋と同じ吉田正門下である三田明を加えた若手四天王が一躍人気を集めるようになった頃に同番組のピークを迎え、正統の歌謡番組として王道を歩み続けた[独自研究?]。1967年12月に500回を突破した際には日本武道館からの公開放送(録画)を2週連続で行い、四天王の他、美空ひばり等当代の人気歌手が集まり、歌を披露した。

出演しなかった歌手[編集]

1960年代のグループ・サウンズ全盛期、スパイダースザ・タイガーステンプターズはこの番組に出演しなかった。玉置時代に番組のプロデューサーを務めていた田中敦の方針により、長髪の歌手やグループの出演を断っていた。一方で田中は、メンバーとの個人的な付き合いはあったという。それらの背景にはスポンサーのロッテの強い方針があったと、田中は自著『こんなテレビ界を知っているか』で述べている。なお、ザ・タイガースは同業他社(明治製菓、現・明治)のCMに出演していた。

司会者交代[編集]

初代司会者の玉置は、放送1000回となる1977年8月7日放送分をもって番組を勇退。その翌週からは、TBSアナウンサー(当時)の小島一慶と歌手の千昌夫が司会を務めていた。

小島・千版[編集]

1001回目以降ということで「千と一慶生放送」というサブタイトルとなり、内容はバラエティ路線への転換というスタンスはより顕著となって行き、同サブタイトル開始時、レギュラー・アシスタントとして、当時アイドル歌手だった大場久美子が出演していた。

小島・吉・うつみ版[編集]

途中で千が降板し最末期は小島と吉幾三うつみ宮土理が司会で、タイトルに「歌のアルバム'78('79)」となった。

内容もバラエティ色がかなり強くなり、曲紹介はアニメキャラや洋画俳優が担当するようになった。声は松島みのり(『キャンディ・キャンディ』のキャンディ役)、山本圭子(『もーれつア太郎』のア太郎役)、向井真理子マリリン・モンロー役)などが担当した。なお洋画俳優の時のイラストは、針すなおが担当した。

ウルトラマンがゲストとして曲紹介を毒蝮三太夫と共に紹介したこともある。

視聴率[編集]

最高視聴率は1964年6月14日放送の24.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

放送時間[編集]

いずれも日本標準時

  • 日曜 12:15 - 13:00 (1958年5月4日 - 1958年9月)
  • 日曜 12:45 - 13:15 (1958年10月 - 1965年7月) - 『ダイラケのびっくり捕物帖』(大阪テレビ)の関東地区におけるネット局がKRTへ移ったことにより、以後は30分繰り下げとなる。同時に15分縮小。
  • 日曜 12:45 - 13:30 (1965年8月 - 1969年3月) - 13:15から放送されていた『ナショナル日曜観劇会』の終了によって15分拡大。
  • 日曜 12:45 - 13:15 (1969年4月 - 1979年9月30日) - 13:30から放送されていた『家族そろって歌合戦』の放送枠拡大によって再び15分縮小。

参考:『放送学研究 別冊2 午後の時間帯』 日本放送出版協会

その他[編集]

第1シリーズにおいては、番組内でロッテ製品の生コマーシャルが行われていた。通常は女性アナウンサーが担当していたが、1974年にロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)が日本一になった際には、司会の玉置自らがオリオンズの日本一祝福も兼ねてロッテ全製品を紹介していた。

第2シリーズ[編集]

第2シリーズは、1985年4月7日から1986年5月25日まで同じくTBS系列局で放送。「演歌の殿堂」というキャッチフレーズを冠していた。放送時間は毎週日曜 12:30 - 13:00 (日本標準時)。司会は村野武憲が務めていた。

本シリーズのうち、美空ひばりが出演した第1回(1985年4月7日放送分)と第41回(1986年1月19日放送分)の「芸能生活40周年記念スペシャル」は、2007年6月24日にTBSチャンネルが行った「美空ひばり特集」で再放送された。放送時間は12:00 - 13:00と、TBSでの本放送当時の時間帯に合わせたものとなっていた。また、この再放送でもロッテがスポンサーとなり、CS放送では珍しくCMが放送されることになった。ただし本放送当時のCMではなく、2007年に放送されていたロッテグリーンガム発売50周年記念キャンペーンのCMに差し替えられていた。

第3シリーズ[編集]

司会は山村美智子(後の山村美智)と松宮一彦(当時TBSアナウンサー)が務めていた。内容は第2シリーズまでと違い、完全に若者向けの番組になっていた。ただし、一度だけ演歌一色の特集をしたこともある[いつ?]

スポンサー[編集]

スポンサーのロッテは、本シリーズが終了するまで番組の提供を続けた。他の菓子メーカーのCMに出演していた歌手(特にアイドル歌手)を番組に出演させられなかったため、番組末期にはキャスティングに苦労したと後年玉置は述べている[どこ?]

本シリーズの終了後、ロッテは金9ドラマのスポンサーに付いた。

コンサート形式での復活[編集]

玉置の晩年にあたる2000年代に[いつ?]、番組復活コンサート「歌のアルバム」が行われた。このコンサートには、第1シリーズで司会を務めていた玉置と当時の歌手たちが出演。テレビ放送当時と同様にロッテがスポンサーに付き、玉置による「お口の恋人・ロッテ提供、ロッテ歌のアルバム」や「一週間のご無沙汰でした」のセリフ再現も行われた。

食玩CD[編集]

2004年、番組スポンサーのロッテからガーナミルクチョコレートのミニ版とCDを封入した食玩CD「ロッテ歌のアルバム」が発売された。CDのトラック1にある玉置のナレーションは新規に収録されたもので、おなじみのセリフ再現も行われている。トラック2には、番組放送当時の流行曲が1曲収録されている。

放送局[編集]

系列はネット終了時のものを記載。

放送対象地域 放送局 系列 備考
関東広域圏 ラジオ東京テレビ → 東京放送 TBS系列 製作局
現・TBSテレビ
北海道 北海道放送
青森県 青森テレビ NET系列[1] → TBS系列 1969年12月の開局時から放送
岩手県 TBS系列 岩手放送 現・IBC岩手放送
宮城県 東北放送
秋田県 秋田放送 日本テレビ系列 第1シリーズのみを放送
山形県 山形放送
福島県 福島テレビ TBS系列
フジテレビ系列
テレビユー福島 TBS系列 第2シリーズと第3シリーズのみを放送
山梨県 テレビ山梨 1970年4月の開局時から放送
新潟県 新潟放送
長野県 信越放送
静岡県 静岡放送
富山県 北日本放送 日本テレビ系列 第1シリーズのみを放送
石川県 北陸放送 TBS系列
福井県 福井放送 日本テレビ系列 第1シリーズのみを放送
中京広域圏 中部日本放送 TBS系列 現・CBCテレビ
近畿広域圏 朝日放送 前身の大阪テレビ放送時代から1975年3月まで放送
毎日放送 1975年4月から
腸捻転解消に伴う移行
鳥取県 日本海テレビ 日本テレビ系列
NET系列
1972年9月までの放送対象地域は鳥取県のみ
電波相互乗り入れで山陰放送に一本化
島根県
→島根県・鳥取県
山陰放送 TBS系列 1972年9月17日までの放送対象地域は島根県のみ
電波相互乗り入れに伴い、1972年9月24日放送分から鳥取県にもエリア拡大
岡山県

岡山県・香川県
山陽放送 第1シリーズは岡山県のみで放送
第2シリーズと第3シリーズは香川県でも放送
広島県 中国放送
山口県 山口放送 日本テレビ系列 テレビ山口開局後もスポンサーの関係からしばらく放送を継続
テレビ山口 TBS系列
フジテレビ系列
移行時期不明
1978年9月まではテレビ朝日系列とのトリプルネット局
徳島県 四国放送 日本テレビ系列 第1期のみを放送
愛媛県 南海放送
高知県 高知放送 1970年3月まで放送
テレビ高知 TBS系列 1970年4月の開局時から放送
福岡県 RKB毎日放送
長崎県 長崎放送
熊本県 熊本放送
大分県 大分放送 1959年10月から放送
宮崎県 宮崎放送 1960年10月から放送
鹿児島県 南日本放送
沖縄県 琉球放送

備考[編集]

ネットチェンジ前の朝日放送は、全国高等学校野球選手権大会(夏の高校野球)の準決勝または決勝が日曜日に行われる場合には大会の中継を優先し、本番組を当日時差ネットまたは後日放送する措置を取っていた。朝日放送以外のネット局は、決勝が日曜日に行われても本番組を平常通りにネットし、番組が終了してから決勝戦中継に飛び乗りしていた。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 青森テレビは、1975年3月30日まではJNN加盟局でなかったもののTBS系番組の番販ネットを行っており、制作も請け負うなど事実上クロスネット状態であった。
KRT系列 → TBS系列 日曜12:15枠
前番組 番組名 次番組
素人うた合戦
ロッテ 歌のアルバム
(1958年5月4日 - 1958年9月)
ダイラケのびっくり捕物帖
(1958年10月 - 1960年5月22日)
KRT系列 → TBS系列 日曜12:45枠
素人うた合戦
ロッテ 歌のアルバム
(1958年5月4日 - 1979年9月30日)
クイズ列車出発進行
(1979年10月7日 - 1980年3月30日)
※12:00 - 13:00
KRT系列 → TBS系列 日曜13:00枠
ロッテ 歌のアルバム
(1958年10月 - 1979年9月30日)
家族そろって歌合戦
(1979年10月 - 1980年12月28日)
※13:00 - 13:55
【日曜13:15枠から移動・縮小】
TBS系列 日曜13:15枠
ナショナル日曜観劇会
(1958年3月 - 1965年)
※13:15 - 15:00
ロッテ 歌のアルバム
(1965年8月 - 1969年3月)
家族そろって歌合戦
(1969年4月 - 1979年9月)
※13:15 - 14:25
【日曜13:30枠から移動・拡大】
TBS系列 日曜12:30枠
前番組 番組名 次番組
アッコ・古舘のゆうYOUサンデー!
(1984年10月7日 - 1985年3月31日)
※12:00 - 12:55
演歌の殿堂 ロッテ歌のアルバム
(1985年4月7日 - 1986年5月25日)

ロッテ 歌のアルバムNOW
(1986年6月1日 - 1987年9月27日)
アッコにおまかせ!
(1987年10月 - )
※11:45 - 12:54
【24分拡大】