ロジャー・ハント

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ロジャー・ハント Football pictogram.svg
Roger Hunt.jpg
名前
ラテン文字 Roger HUNT
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス(イングランドの旗 イングランド)
生年月日 (1938-06-20) 1938年6月20日(81歳)
出身地 ランカシャー[1]Golborne
選手情報
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1959-1969 イングランドの旗 リヴァプール 404 (245)
1969-1972 イングランドの旗 ボルトン・ワンダラーズ 76 (24)
1971 南アフリカ共和国の旗 ヘレニック (loan) 6 (4)
通算 486 (273)
代表歴
1962-1969 イングランドの旗 イングランド 34 (18)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ロジャー・ハント'Roger Hunt1938年7月20日 - )はイングランドウィガン出身の元サッカー選手。ポジションはFWイングランド代表として1962年FIFAワールドカップ・チリ大会1966年FIFAワールドカップ・イングランド大会に出場し、自国開催となったこの大会ではイングランドのFIFAワールドカップ初優勝に貢献した。

経歴[編集]

1958年にフィル・テイラーによってリヴァプールFCに移籍した。監督がビル・シャンクリーに代わってから台頭し、一気に主力に定着した。少ないタッチ数でシュートに持ち込む典型的なワンタッチフィニッシャーであった。特に、長らく相棒を務めたイアン・セント・ジョンとのコンビは相性抜群で、数々のチャンスをこの2人で作り上げた。1959-60シーズンから10シーズンに渡って2ケタ得点を達成するなど、安定感のあるストライカーであった。特に1961-62シーズンには、41試合41ゴールを挙げる活躍で、クラブのセカンド・ディヴィジョン優勝とファースト・ディヴィジョン昇格に貢献した。ファースト・ディヴィジョンに活躍の場を移してからも得点を量産し続け、クラブにとって変えの利かないエースとして君臨した[2]。しかし、1960年代後半に差し掛かると、主力の高齢化による世代交代が始まり、レイ・クレメンスエムリン・ヒューズといった若手が台頭し始め、ハントもまたこの世代交代の波に飲まれて出場機会を失い、1969年にボルトン・ワンダラーズFCに移籍した。そして1972年に現役を退いた。

代表でのキャリア[編集]

1962年に当時の代表監督のウォルター・ウィンターボトムの目に止まり、同年の親善試合で代表デビューを果たした。代表ではジェフ・ハーストらとポジションを争いながらも最後まで生き残り、1962 FIFAワールドカップイングランド代表のメンバーに選出された。監督がアルフ・ラムゼイとなってからもメンバーに残り続け、1966 FIFAワールドカップの最終メンバーにも選出された。

脚注[編集]

  1. ^ Being north of the River Mersey, Glazebury (and Culcheth) was in Lancashire before 1st April 1974. Please do not change
  2. ^ Reuben Bennett career profile on www.qosfc.com[リンク切れ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]