ロジスティック方程式

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ロジスティック方程式の解(ロジスティック曲線)の例。4つの曲線は、それぞれ初期値とパラメータ値が異なっている。

ロジスティック方程式(ロジスティックほうていしき、英語:logistic equation[1])は、生物個体群サイズの成長を説明する数理モデルの一種。ある一定環境内に、単一種あるいは単一種とみなせるような生物が生息するときに、その生物の個体数の変動を予測できる。人間の場合でいえば、人口の増減予測・分析に用いられるものである。1838年にベルギーの数学者ピエール=フランソワ・フェルフルスト(Pierre-François Verhulst)により、トマス・ロバート・マルサスの『人口論』の不自然さを解消するためのモデルとして発表された[2]。その後、アメリカの生物学者レイモンド・パール(Raymond Pearl)らが再発見し、式を普及させた。

式の解はロジスティック曲線ロジスティック関数として知られる。発案者の名からVerhulst方程式、発案者と普及者の名からVerhust-Peal方程式とも呼ばれる[3]。ロジスティック式やロジスティック微分方程式と表記される場合もある[4][5]

個体群生態学で研究される個体群成長モデルとしては入門的なもので、より複雑な現象に対応するモデルの基礎を与えるものでもある[6]。数学においては、微分方程式論力学系の初等的な話題としても取り上げられる[7][8]

個体群増加のモデル[編集]

フィボナッチによるウサギのつがいの増殖問題

生物の個体数の変動については古くから興味を持たれ、研究が行われてきた。フィボナッチ数の発見に繋がったレオナルド・フィボナッチウサギの個体数の問題が、おそらく最も古い個体数の数理モデルといわれる[9][10]

生物の個体数の増え方に関する研究は、個体群生態学の分野に属する[11]。ここで、個体群とは簡単には、ある領域に生息している単一のの個体の集まりのことを指す[12][13]

この個体群の"サイズ"の成長や増殖の指標としては、個体群内の総個体数や、領域の単位面積当たりの個体数である個体群密度、バイオマスのような重量などが考えられる[14]。人間でいえば、人口人口密度に相当する[15]

マルサスモデル[編集]

マルサスモデルによる個体数増加曲線の様子。赤色が m = 4、紫色が m = 2、藍色が m = 1。いずれも最初は N =1 だが、その後の急激な成長が見て取れる。

多くの生物では、親は多くの子孫を作るので、それがそのまま生き残ると仮定すれば、あっという間に莫大な個体数となる。ねずみ算など、数学的小話の種である[16]。個体群増殖のモデルとして、まずはこのような単純なモデルが考えられる。ただし、実際の生物個体数は不連続な値(整数)をとるものであるが、数学的扱いを簡便にするために、個体数は連続な値(実数)をとるものとする(すなわち1.5個体といったような値も含める)ことが、しばしば行われる[17]。ここでも同様に個体数は連続な値とする。

ある個体群において、時刻 t における個体数 Nt に対する増加率すなわち増加速度が、N の値自体に比例するとすれば、

\frac{dN}{dt}\ = mN

という微分方程式で表される[18]。ここで m は比例定数である。このような式で表される個体数増加は t指数関数となり、人間でいえば、あっという間に人口爆発を引き起こすことになる。この様な個体群成長のモデルは、生物個体(人口)の増加が幾何級数的であることを最初に指摘したトマス・ロバート・マルサスに因んでマルサスモデルと呼ばれる[19][20]。比例定数 m もマルサスの名からマルサス係数と呼ばれ、単位は一個体当たりの増加速度となる[4]

しかし、このモデルは現実と違いすぎる[21]。現実の生物は、ある有限の環境下で生息しており、個体数が多くなると、各個体にとって必要な資源が得にくくなる[22]。そこに生息できる個体数には上限があると見るのが自然である[23]。つまり、個体数が多くなると、その増加にブレーキがかかるものと想像される[24]。このような一種内での資源の取り合いは種内競争と呼ばれ、生物における競争関係の一種である[25]

ロジスティック方程式[編集]

式の表現[編集]

上記のようにマルサスモデルは非現実的な面を持つ。個体数が多くなると増加速度が抑えられことを表現するために、個体数 N が増加するにつれて増加率 m が減少するモデルが自然である[23]。また、個体数がある上限を超えたら増殖速度は負となり、個体数は減少に向かうと考えられる[1]。これらの点を簡単に表せば、マルサス係数 m

m=r\frac{K-N}{K}

と置ける[22]。すなわち m の値は、単純に N の値に反比例するというモデルである。これをマルサスモデルに代入して、次の微分方程式を得ることができる。

\frac{dN}{dt}\ = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N

この微分方程式をロジスティック方程式と呼ぶ[26]。あるいは個体群成長モデルの一種としてロジスティックモデルとも呼ばれる[6]

ロジスティック方程式の K環境収容力と呼ばれ、その環境における個体数の定員である[27]r は上記のマルサス係数と同じく一個体当たりの増加速度だが[28][29]、特に内的自然増加率と呼ばれ、その生物が実現する可能性のある最大増加速度を示している[30]。通常のロジスティック方程式では、Kr は時間に関わらず一定とみなし、正の定数と考える[29][31]

ロジスティック効果[編集]

マルサスモデルからロジスティック方程式へ拡張したときに行ったことは、個体群生態学における密度効果を取り入れたことに相当する。式をより簡素にするために、 k = r / K と置けば、

\frac{dN}{dt}\ = N(r - kN)

とも書ける[32]k種内競争係数とも呼ばれる[26]。上記では N を個体数として説明したが、ロジスティック方程式では有限な環境を前提にしているので、N は単位面積当たりの個体数である個体群密度でもある[33]。上式右辺の括弧内では、元々の最大増加率であった r より、個体群密度 N に比例した kN を減ずる形になっている。すなわち、N の増加が増加速度 da/dN にブレーキをかける効果をもたらしている。このように、個体群密度が個体群の変動にフィードバック的に影響を与えることを密度効果と呼ぶ[34]。特にロジスティック方程式では、個体群密度が高くなると個体群規増加速度に負の効果を与える種類の密度効果となっており、これをロジスティック効果と呼ぶ[35][36]

ロジスティック方程式では個体群密度増加に比例して増加速度が一方的に低下することを想定したが、個体群密度増加によって増加速度が上昇する場合も考えられる[37]。例えば、ある程度個体群密度が高くないと、交尾の相手が見つけるのが困難となって結果として増加速度が低下する場合などである[38]。よって、個体密度が低い内は個体群密度増加によって増加速度が上昇する種類の密度効果も考えられ[39]、このような種類の密度効果をアリー効果と呼ぶ[40]

個体数と増加速度の関係[編集]

縦軸が dN/dt、横軸がNのグラフ。ロジスティック方程式における、dN/dtN の関係が示されている。

ロジスティック方程式における個体数増加速度 dN/dtと個体数 N の関係に着目すれば、この関係は初等教育でも習う二次関数そのものとなっており、dN/dtNグラフ放物線を描く。r が正の値なので、dN/dtN のグラフの形状は上に凸の放物線となる。以下では、式を解かなくともわかる範囲で N を変化させていったときの dN/dt の変化を読み解いていく。

まず、N = 0 と N = K のとき、dN/dt = 0 となる。すなわち、いくら時間が経過しても個体数は増加も減少もしない状態となる。このような状態は定常状態平衡状態と呼ばれる[41]N が 0 < N < K のとき dN/dt の値は正で、K < N となると dN/dt の値は負となる。言い換えれば、個体数が環境収容力内では常に個体数は増加するが、環境収容力を超えると個体数は減少へ転ずることになる[42]

個体数増加速度 dN/dt の変化をさらに細かく見てみると、N = 0 から N = K/2 までdN/dt の値は増加を続ける。N = K/2 は放物線の頂点であり、ここで dN/dt は極大値を迎える[43]。極大値は、N = K/2 を式に代入して dN/dt = rK/4 である。N = K/2 を超えると dN/dt は減少し始め、N = K で零となる。このような変化から読み取れることの一つは、個体数が環境収容力の半分となったときに個体増加速度は最大となる点である[43]。したがって、もし個体数の変化がロジスティック方程式に従うとしたら、増加速度が最大になるときの個体数に注目することで環境収容力、すなわち最大個体数を予測できることになる[44]

式の解[編集]

ロジスティック曲線[編集]

マルサスモデルによる指数関数的増加曲線(赤)とロジスティック曲線(青)

ロジスティック方程式は非線形の微分方程式だが、標準的な微分方程式の解法である変数分離法を利用して解くことができる[45]。時間 t = 0 における初期個体数を N0 とすると、t の関数として以下の解が得られる[46]

N=\frac{N_0 K e^{rt}}{K-N_0+N_0 e^{rt}}

ここで eネイピア数である。分母・分子を N0ert で割り、次のような形でも示される[4]

N=\frac{K}{1+(K/N_0-1)e^{-rt}}

この解や解によって描かれる曲線をロジスティック曲線(英語:logistic curve)、ロジスティック関数(英語:logistic function)と呼ぶ[36][47]。この曲線に従った個体群成長のことをロジスティック成長やロジスティック増殖と呼ぶ[48][49]

曲線の形状[編集]

いくつかの N0 から始まるロジスティック曲線。N > 0 の範囲では、時間発展に従って NK に収束する。
時間と個体数が負の場合も含めたロジスティック曲線の全体図。縦軸を N/K、横軸を rt として無次元化している。

上記に示されるロジスティック方程式の解の挙動を観察すると、t → ∞ の極限では、前提どおりに NK となり、マルサスモデルと異なり発散しない[50]。ただし、限りなく近づきはするが、モデルの制約上、有限時間内で N = K になることはない[44]。また、解の分母が 0 となるときは、曲線は不連続となる[50]

初期個体数 N0 が環境収容力の半分 K/2 以下のときは、曲線の形状は次のようになっている。t = 0, N = N0 から曲線は始まり、平行に近い状態から、個体数増加速度を増加させながら加速度的に立ち上がっていく。しかし、変曲点を迎えた後は増加速度を減少させながら曲線は横倒しになっていき、最終的にはほぼ平行な直線になっていく[51]。これによってS字型の曲線が描かれ、シグモイド曲線とも呼ばれる[52]。この変曲点は、dN/dtN の関係曲線の頂点に一致し、増加速度が最大となる点である[43]。そのときの個体数は前述のとおり N = K/2 であり、そのときの時間は t = ln (K/N0 - 1)/r である[36](ここで ln は自然対数である)。N0 = K/2 のときは最初から変曲点から始まり、N0 > K/2 のときは最初から変曲点を過ぎた曲線になる[41]

N0 > K で初期個体数が環境収容力を上回っているときも、時間発展に従って NK に収束していく[50]。この場合の曲線は、下に凸の曲線で K に向かって N は単調に減少し続ける[43]N0 = 0 または N0 = K であれば、その値のまま一定となる[43]

また、生物個体数のモデルとしては無意味であるが N < 0 の場合も見てみると、この場合 N は時間発展に従って減少し続け、有限時間内で −∞ へ発散する曲線を描く[50]。実際の個体数増減においては個体数はの値にならないので、0 < N < KK < N の場合が一般的には興味の対象となる[53][41]

平衡状態の安定性[編集]

ロジスティック曲線とその傾きのベクトル場の様子
方程式にもとづく NdN/dt の関係曲線。N 軸と曲線の交点が平衡状態で、安定な点と不安定な点がある。

上記で、増加速度 dN/dt = 0 のとき、いくら時間が経過しても個体数 N は増加も減少もしない状態となることから、N = 0 および N = K のときを平衡状態や定常状態と呼ぶことを説明した。平衡状態では、N = 0 または N = K という一点に留まり続ける。力学系の分野では、このような点を不動点や平衡点と呼ぶ[54]。平衡状態には安定な平衡状態不安定な平衡状態がある[55]。安定な平衡状態とは、 その平衡状態の点から少しずれたとしても、時間経過とともに平衡状態に収束することを意味している[56]。また、不安定な平衡状態とは、その平衡状態の点から少しずれただけでも、収束することなく時間経過に従ってズレがどんどん大きくなっていくことを意味している[56]。ロジスティック方程式の場合は、N = K 時の平衡状態が安定、N = 0 時の平衡状態が不安定となっている[57]。すなわち、初期個体数 N0K または 0 であれば、時間経過によらず常に同じ値を取り続けることは同じだが、N0K または 0 から少しずれたときの挙動は正反対となる[58]

この安定・不安定の様子は、ロジスティック曲線の傾きベクトル場として表すことで読み取ることができる[59]。時間経過に従って、全ての解は、これらのベクトルの矢印に沿って動いていく[60]。初期個体数が N0 > 0 であれば、t → ∞ で NK に収束し、N0 < 0 であれば、t → ∞ で −∞ に発散することが分かる[59]

あるいは、上記で説明した個体数 N と増加速度 dN/dt の関係曲線からも、安定・不安定の様子は大まかに読み取れる。N = K の点の右側に点があるとき、dN/dt の値は負なので、N は減少していき、K に近づくことになる。N = K の点の左側に点があるときは、dN/dt は正なので、N は増加していき、同じく K に近づくことになる[42]N = 0 の点についても、左右にずれたときの dN/dt の値の正負から、0 の点から離れていくことが理解できる[42]dN/dt = f(N) 、その N による微分を d(f(N))/dN = f′(N)、平衡状態の点を Ne と置いて、安定性理論における線形安定性解析の考えにもとづいてより一般的に言えば、f′(Ne) < 0 ならば Ne は安定な平衡点で、f′(Ne) > 0 ならば Ne は不安定な平衡点であると判別できる[61]。ロジスティック方程式の場合は、

f(N)=\frac{dN}{dt}\ = r \left( \frac{K - N}{K} \right) N

なので、

f'(N)=r \left( 1-\frac{2N}{K} \right)

となり、f′(K) = −r, f′(0) = r となることが確認できる。

生物学的評価[編集]

成立する前提[編集]

実際の生物の個体数増殖においてロジスティック方程式が成り立ち、ロジスティック曲線がその増殖データに上手く当てはまるには、次のような生物学的条件が前提として挙げられる。

  • 対象の個体群は単一個体群である[62]。すなわち、環境内には1つの種か、同等とみなせる種のみが存在し、捕食者がいない状況にあてはまる[63]
  • 対象の生物の各世代(親子)は連続的に重なっている[64]。すなわち、連続的に子が生まれ、親と子が共存する期間が存在する[65]
  • 個体は一定の大きさの環境内に常に存在する。すなわち、環境から移出したり、外部から移入が無い[29]。(用語としては閉じた個体群とも呼ばれる[66])
  • 環境の大きさは変わらず、一定状態が保たれる[29]
  • 個体群のために、食糧や資源が一定して供給される[67][29]

ショウジョウバエ真正細菌といった、微生物や単純な生物を一定環境で増殖させた場合は、上記の条件に近く、ロジスティック方程式によって個体数変化の正確な予測ができる[68][69][67]。しかし、例えば鹿鳥類などのような、一定環境のもとで増殖する設定が成立しない個体群成長には、ロジスティック方程式を適用することはできない[68]

環境を整えた飼育実験によって、ロジスティック曲線に当てはまる個体数増殖のデータを得ることはできるが、上記の生物学的条件を実験上で整えることは簡単ではない[52]。増殖を抑える原因となる老廃物を定期的に取り除く、といった配慮も必要となる[70]

実際のデータへの適用例[編集]

実験生物[編集]

ソ連・ロシアの生物学者ゲオルギー・ガウゼによる2種の酵母Saccharomyces cerevisiae, Schizosaccharomyces kefir)とそれらの混合集団による個体群サイズ成長実験データ[71]、それらのデータに対してレーベンバーグ・マーカート法でフィッティングさせたロジスティック曲線。縦軸は菌の体積、横軸は時間を示している[71]。このガウゼの実験はロジスティック曲線がよく当てはまった個体群成長実験としてよく知られる[72]


いくつかの微生物や小型の昆虫の飼育実験で、ロジスティック曲線がよく当てはまる個体数増加や個体密度増加実験のデータが得られている。例として以下のようなものがある。


一方、ロジスティック曲線に当てはまるデータは得られなかったものとしては、次のような生物の実験がある。これらの実験では、時間経過後も個体数は一定に収束せず、周期的変動が繰り返されたり、大きなゆらぎが続く個体群変動となった[78][67]

パールのキイロショウジョウバエ飼育実験[編集]

ロジスティック曲線を再発見したことで知られるパールは、リードと共にキイロショウジョウバエの飼育実験を行い、この曲線を実証した。ロジスティック曲線が上手く適合する実験の具体的様子の例として、内田俊郎の著作をもとにしてパールらの実験を簡単に説明する[79]

パールが用意した環境は小さな牛乳瓶で、供給する餌にはバナナを磨り潰して寒天で固めたものを使用した[80]。牛乳瓶の中にハエと餌を入れ、温度などの環境条件を一定にし、一定時間間隔でハエの個数を調べた[81]

実験としては3種類の実験が行われた。1つ目では、餌を始めに入れた後に餌を補給しなかった[82]。このため、個体数が増加して一定となった後、急激に減少してほぼ全滅状態となった[82]。2つ目では、一定時間間隔で餌の継ぎ足しを行い、一定状態が保たれる結果が得られた[73]。3つ目では、一定時間間隔で新しい餌の入った瓶へハエを移し替え、食糧条件だけでなく、その他の環境条件も一定に保った[73]。この結果でも一定状態が保たれ、ロジスティック曲線が当てはまるデータが得られた[73]

野外生物[編集]

野外環境では、前提条件となるような環境が保持されることはほぼ無いため、ある個体群がロジスティック曲線が当てはまるような増加の仕方を示すことは少ない[83]。自然界では環境条件は常に変化し、個体群変動のパターンも様々となる[84]

ロジスティック曲線によく当てはまる個体数増加が確認できた例として、パナマ熱帯雨林でのハキリアリの1つの巣における個体数増加結果がある[83]。理由としては、天敵がいないこと、雨量・温度の気象条件が安定していることなどにより、ロジスティックモデルの前提条件に近い環境であったことによるものと考えられている[83]。他の野外生物でロジスティック曲線に当てはまる例としては、アメリカ・アラスカ州のセントポール島におけるキタオットセイ個体数増加の結果がある[85]

人口成長[編集]

世界人口のグラフ

式を発案したフェルフルスト、および再発見と普及の役を担ったパールとリードは、人口の成長予測のためにロジスティック方程式を発案した。彼らは共に、当時までの人口統計をもとにしてアメリカ合衆国の将来の人口を予測したが、どちらの予測も実際の人口成長を言い当てることはできなかった[86][78]。さらにパールは当時の推定世界人口をもとに世界人口の上限値(環境収容力 K)の予測も行ったが、その値は26億人という予測であった[87]

評価・位置付け[編集]

ロジスティック方程式は、非常に簡単な生物学的意味からモデルを導くことができる[70]rK の2つのパラメータに種の特性に関わる議論を集約して、とても簡明なモデルを構成している[88]。また、式の特徴である個体数密度の上昇は増加速度を抑えるロジスティック効果は、個体群生態学における基本原理ともいわれる[36]。個体数が少ない内は指数関数的に増殖し、個体数が増えてくると増加が止むという現象自体は、正確に前提条件に当てはまらないような個体群成長であっても、広く認められる現象であり、この一般的傾向をロジスティック方程式は上手く表しているとも評される[89]

ただし、一見してロジスティック曲線のような個体群成長を示すデータであっても、そのデータに上手く曲線あてはめできる数理モデルは数多く存在する[70][90]。ロジスティック方程式のみが唯一当てはまるということはまずない[70]。この式が個体群成長の「普遍側」のように受け止められるのは誤解であると、数理生態学者のジェームス・D・マレーや応用数学者のスティーブン・ストロガッツは指摘している[41][67]。人口予測に関しても、人口学者のジョエル・E・コーエンは「ロジスティック曲線は短期的な予測に関しては、他の連続でなめらかな曲線と比べて特に劣っていることもないが、長期的な予測に関しても格別に秀でているわけでもない」と評している[91]。現在の将来人口推計にはコーホート要因法の使用が主流となっている[92][93]

以上のように、ロジスティック方程式が個体群成長の「普遍側」というわけではないが、個体群成長モデルにおける基礎的なアイデアを有しており、より複雑な現象に対応する様々なモデルへ拡張されたり、その考え方が取り入れられたりする[6][94]

名称の由来[編集]

フェルフルストは、1845年の論文で、"Nous donnerons le nom de logistique à la courbe"(フランス語、斜体も原文ママ)と述べ[95]、ロジスティック方程式の解による曲線を logistique と名付けた[36]。これが、式が"ロジスティック"方程式、その解曲線が"ロジスティック"曲線と呼ばれる由来である[36][33]。しかし、フェルフルストは logistique という語を使った理由を説明しなかったので、それ以上の由来は分かっていない[96][33][2]

logistique と名付けられた理由のいくつかの推測は存在する。ベルギー王国陸軍士官学校の数学教授のHugo Pastijnは、理由は不明と断った上で、

  • 陸軍大学に勤めていたフェルフルストも馴染みが有ったであろう「兵站」の意味と関連付けて logistique と名付けたのではないか
  • フェルフルストのモデルでも扱われる人口のための限られた資源と関連させて、「住居」を意味するフランス語の logis から名付けたのではないか

と、ありえそうな理由を2点ほど推測している[96]。また、19世紀当時のフランスでは、logistique には「計算に巧みな」「計算の技巧」といった意味での用例があった点も指摘されている[49][36]

派生モデルやその他の形式[編集]

2種存在する場合
ロジスティック方程式は1種のみが存在するときの(あるいは1種とみなせるときの)生物個体群変動のモデルだが、環境内に2種の生物が存在し、資源を奪い合うなどの状況でそれぞれの個体数 N1, N2 が互いの個体数増加速度に影響を与える状況が考えられる。ロジスティック方程式をそのような状況へ拡張させたものとして、以下のロトカ・ヴォルテラの競争式がある[97]
\frac{dN_1}{dt} = r_1 N_1 \left(1 - \frac{N_1 - \alpha_1 N_2}{K_1} \right)
\frac{dN_2}{dt} = r_2 N_2 \left(1 - \frac{N_2 - \alpha_2 N_1}{K_2} \right)
時間遅れの考慮
個体数が個体数増加速度に与えるフィードバックに時間の遅れがあり、現時点での個体数 N(t) ではなく、時間 τ だけ前の時点での個体数 N(tτ)によって個体数増加速度が影響されるときには、ロジスティック方程式を次のようなモデルに拡張できる。この式はハッチソンの方程式(英語:Hutchinson's equation)や時間遅れをもつロジスティック方程式(英語:delayed logistic equation)と呼ばれる[98]
\frac{dN(t)}{dt} = r N(t) \left(1 - \frac{N(t-\tau)}{K} \right)
式の変換
ロジスティック関数は非線形だが、 rK(t0t) を ln FP(t) と置くことによって、線形の扱いやすい関数に変換することができる。これはフィッシャ・プライ変換(英語:Fisher-Pry transform)と呼ばれる[99]
\mathrm{ln} FP(t) = rK(t_0-t)
FP(t) = \frac{N(t)/K}{1-N(t)/K}
確率分布
統計学においては、ロジスティック曲線と同形の分布関数 f(x) を持つ連続確率分布が用いられている。これをロジスティック分布と呼ぶ[100]
f(x) = \frac{1}{1 + e^{-\frac{x - \mu}{s}}}

歴史[編集]

フェルフルストによる発表[編集]

ベルギーブリュッセルの陸軍大学の数学者であったピエール=フランソワ・フェルフルストによって、ロジスティック方程式は発表された[101]。18世紀になると、トマス・ロバート・マルサスが出版した『人口論』に関心が高まっていた[102]マルサスモデルの説明で述べたように、マルサスは人口が指数関数的に成長していくモデルを発表し、その帰結として社会が飢饉の発生など破滅的状況を迎えることを予測した[103]。このセンセーショナルな予測は衝撃を与え、当時およびマルサス死後も長く続く論争を引き起こした[104]。「近代統計学の父」と呼ばれるアドルフ・ケトレーも、マルサスのモデルに関心を持ち、人口増減モデルについて論じた[105]。ケトレーは流体の抵抗をヒントにして、人口増加速度の減少の仕方は人口増加速度自体の二乗に比例すると考えた[106]

ケトレーから教えを受けたこともあり、友人でもあったフェルフルストは、ケトレー自身からケトレーのモデルに関する研究を勧められた[107][33]。ケトレーの考えをもとにして、人口が人口自体によって増加する一方で、人口増加を抑制する何らかの機構が働く数学的なモデルを思案した[36]。1838年、フェルフルストは、"Notice sur la loi que la population poursuit dans son accroissement"という題で研究成果を発表し、この論文の中でロジスティック方程式が提案された[107]。この論文の中でフェルフルストが実際に提案した式は、

\frac{dp}{dt}\ =mp-\phi(p)
\phi(p)=np^2

という形であった[108][109]p は人口である[108]。これは現在ロジスティック方程式としてよく紹介される形とは少し異なるが、数学的には等価である[110]。フェルフルストは人口自体の二乗によって人口増加速度の減少効果を表現し、上記の φ(p) を導入した[109]。当時はこの式の価値を認めるものはほとんどなく、彼の死亡時の告知にも、彼の業績として取り上げられなかった[111]

パールとリードの研究と式の普及[編集]

レイモンド・パール (Raymond Pearl)

フェルフルスト発表の後、生物の個体群成長に関する実験などで、同じ式が独自にあちこちで使われ始めたが、フェルフルストの名が挙がることはなかった[112]。1920年、ジョンズ・ホプキンス大学のレイモンド・パールとローウェル・J・リードが、ロジスティック方程式と同形の式を用いてアメリカ合衆国の人口増加について論じた[2]。この研究も、フェルフルストにより先に発表されていたことを知らずに行われた[113]。翌年の1921年には、これがすでに80年近く前にフェルフルストによって発見されたことをパールらも認めた[112]。これによってパールらもロジスティック曲線という言葉を使うようになり、やっとフェルフルストの名がこの式に結びつくことになる[49][112]

パールはショウジョウバエの個体群成長の実験から、この式を実証して導いている[114]。1924年と1925年にも、アメリカ、スウェーデン、フランスなどの様々な国勢調査の人口統計にロジスティック方程式をあてはめ、各国の人口成長予測を行った[115][113]。当時、パールとリードは人口増加におけるこの式の価値を「控え目にいっても、それはケプラーの惑星の楕円運動法則に匹敵するものであるといってもよいように思われる」と自身らで高く評価している[116]。パールは、この式が個体数増殖における普遍則であるという持論を広めて回り、ロジスティック方程式の普及に大きく貢献することになる[117][118]。このため、ロジスティック曲線にはパールの名が題されることもある[87]

ロジスティック方程式からの派生[編集]

ロジスティック方程式における r はその種が実現できる最大の相対増加率であり、これが大きい方が素早く増殖できる可能性がある[119]。また、K はその環境下で生存できる個体数上限を示す[119]。1967年、ロバート・マッカーサーエドワード・オズボーン・ウィルソンは、この rK に着目して、における生物個体群の定着と絶滅に関する理論を発案した[120]。彼らの理論によれば、ある生物の島への定着が成功するには大きな r を持つことが重要であり、絶滅の回避には大きな K を持つことが重要であるとし、それぞれの方向へ淘汰されることを r淘汰K淘汰と呼んだ[121]。この説はr-K戦略説と呼ばれ、生物の生活史の進化に種内競争の観点から説明を与えた[122]

また、ロジスティック方程式の前提条件を満たすような環境であっても、個体数が一定に収束せず、多くなったり少なくなったりをいつまでも繰り返すような生物実験の結果も得られた[78]京都大学内田俊郎と藤井宏一がヨツモンマメゾウムシの培養実験でそのような結果を得たことを1953年に発表している[123]。内田らは、この結果を次のような差分方程式で分析した[124]

 N_{n+1}=\left ( \frac{1}{a-bN_n}-c \right )N_n

ここで、n は離散化された時間で、n = 1日目, 2日目, 3日目,... といったような飛び飛びの時間間隔を意味している。Nn は、ある n の時点における個体数 N を意味している。a, b, c は定数である。これは同じく京都大学の森下正明が発案した、ロジスティック曲線に全く一致する差分方程式をもとにしている[125]

ロバート・メイもロジスティック方程式の離散化を行い、今日ではロジスティック写像と呼ばれる次の差分方程式を発案した[126]

 N_{n+1}=rN_n(1-N_n)

ここで、Nn は個体数の変動を意味するが、個体数そのものではなく無次元化されたものである[127]r は定数である。メイはこの差分方程式から、ロジスティック方程式の解とは全く異なる、現在ではカオスと呼ばれる非常に複雑な振る舞いが生じることを示した[128]。この結果は1974年と1976年に発表され、大きな反響を得ると共に、その後のカオス理論の隆盛に大きく寄与することになる[126][129]

脚注[編集]

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  2. ^ a b c 大澤光 『社会システム工学の考え方』 オーム社、2007年、初版、193-194頁。ISBN 4-274-06675-7
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  5. ^ K.T.アリグッド; T.D.サウアー; J.A.ヨーク 『カオス 第2巻 力学系入門』 シュプリンガー・ジャパン、津田一郎(監訳)、星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏訳、丸善出版、2012年、92頁。ISBN 978-4-621-06279-1
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  22. ^ a b 巌佐 1990, p. 4.
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参考文献[編集]

※文献内の複数個所に亘って参照したものを示す。

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  • 内田俊郎、1972、『動物の人口論―過密・過疎の生態をみる』、日本放送出版協会〈NHKブックス164〉 1345-001164-6023 ISBN 9784140011645
  • 木元新作、1979、『南の島の生きものたち―島の生物地理学』初版、 共立出版〈科学ブックス38〉 1345-472380-1371 ISBN 978-4320006959
  • 瀬野裕美、2007、『数理生物学―個体群動態の数理モデリング入門』初版、 共立出版 ISBN 978-4-320-05656-5
  • 巌佐庸、1990、『数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る』初版、 HBJ出版局 ISBN 4-8337-6011-8
  • 巌佐庸、日本生態学会(編)、巌佐庸・舘田英典(担当編集委員)、2015、「第2章 人口増殖と環境収容力」、『集団生物学』初版、 共立出版〈シリーズ 現代の生態学 1〉 ISBN 978-4-320-05744-9 pp. 17–27
  • 寺本英、川崎廣吉・重定南奈子・中島久男・東正彦・山村則男(編)、1997、『数理生態学』初版、 朝倉書店 ISBN 4-254-17100-5
  • ジョエル・E・コーエン、重定南奈子・瀬野裕美・高須夫悟(訳)、1998、『新「人口論」―生態学的アプローチ』初版、 農山漁村文化協会 ISBN 4-540-97056-9
  • ジェームス・D・マレー、三村昌泰(総監修)、瀬野裕美ほか(監修)、勝瀬一登・吉田雄紀・青木修一郎・宮嶋望・半田剛久・山下博司(訳)、2014、『マレー数理生物学入門』初版、 丸善出版 ISBN 978-4-621-08674-2
  • イアン・スチュアート、水谷淳(訳)、2012、『数学で生命の謎を解く』初版、 ソフトバンククリエイティブ ISBN 978-4-7973-6969-4
  • ホルスト R.ティーメ、斉藤保久(監訳)、2006、『生物集団の数学(上)―人口学,生態学,疫学へのアプローチ』第1版、 日本評論社 ISBN 4-535-78418-3
  • Steven H. Strogatz、田中久陽・中尾裕也・千葉逸人(訳)、2015、『ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで』、丸善出版 ISBN 978-4-621-08580-6
  • Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney、桐木紳・三波篤朗・谷川清隆・辻井正人(訳)、2007、『力学系入門 原著第2版―微分方程式からカオスまで』初版、 共立出版 ISBN 978-4-320-01847-1
  • 日本数理生物学会(編)、瀬野裕美(責任編集)、2008、『「数」の数理生物学』初版、 共立出版〈シリーズ 数理生物学要論 巻1〉 ISBN 978-4-320-05675-6
  • 人口研究会(編)、2010、『現代人口辞典』初版、 原書房 ISBN 978-4-562-09140-9
  • 日本生態学会(編)、2004、『生態学入門』初版、 東京化学同人 ISBN 4-8079-0598-8

外部リンク[編集]