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レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
紋章 地図
(郡の位置)
基本情報
連邦州:バイエルン州
行政管区:ミッテルフランケン行政管区
郡:ニュルンベルガー・ラント郡
緯度経度:北緯49度28分53秒 東経11度14分08秒 / 北緯49.48139度 東経11.23556度 / 49.48139; 11.23556座標: 北緯49度28分53秒 東経11度14分08秒 / 北緯49.48139度 東経11.23556度 / 49.48139; 11.23556
標高:海抜 329 m
面積:14.29 km2
人口:

12,529人(2024年12月31日現在) [1]

人口密度:877 人/km2
郵便番号:90552
市外局番:0911, 09120, 09123
ナンバープレート:LAU, ESB, HEB, N, PEG
自治体コード:

09 5 74 152

行政庁舎の住所:Friedrichsplatz 21
90552 Röthenbach a.d.Pegnitz
ウェブサイト:www.roethenbach.de
首長:クラウス・ハッカー (Klaus Hacker)
郡内の位置
地図
地図

レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツドイツ語: Röthenbach an der Pegnitz[ˈrøːtn̩bax] ( 音声ファイル)[2]、公式表記は Röthenbach a.d.Pegnitz)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州ミッテルフランケン行政管区ニュルンベルガー・ラント郡に属する市である。

地理

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位置

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本市はペグニッツ川の左岸に位置している。この川はフレンキシェ・シュヴァイツから流れてきて、ニュルンベルクおよびフュルト方面に流れて行く。街と同名のレーテンバッハ川が本市の市内でペグニッツ川に注いでいる。

隣接する市町村

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本市に隣接する市町村は北から時計回りに、ラウフ・アン・デア・ペグニッツラインブルクシュヴァイク・バイ・ニュルンベルクリュッカースドルフである。

市の構成

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レーテンバッハは7つのゲマインデタイル(地区)からなる[3][4]

  • グリューネ・アウ
  • ハイメンドルフ
  • ヒンメルガルテン
  • モーリッツベルク
  • レンツェンホーフ
  • ロッケンブルン
  • レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツ

この他に、グリューンタール、レーテンバッハタール、シュナッケンホーフ、ゼーシュピッツェ、シュペックシュラーク、シュタインベルクといった集落があるが、公式な地区として挙げられてはいない。

本市は、ハイメンドルフ、レーテンバッハ、ヴェッツェンドルフの3つのゲマルクング(登記上の土地区分)に分けられる。ゲマルクング・レーテンバッハの面積は 9.473 km2 である。このゲマルクングは3531のフルールシュテュック(地所)に細分され、その平均面積は 2682.86 m2である[5]

歴史

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近代以前

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レーテンバッハは、1311年3月16日、コンラート・フォン・ベーアバッハがレーテンバッハの土地と水車ニュルンベルクのカタリーネン修道院に寄進した際に初めて文献に記録されている。

プルファー・ウント・パピアー水車(火薬水車と製紙水車の複合施設)は、遅くとも1499年までには建設されていた。ニュルンベルガー・ラントで最も古い水車の1つであったパピアー水車(製紙水車)は、第二次世界大戦まで存在していた。プルファー水車(火薬水車)は、三十年戦争後に鍛造所となり、その後の鍛造所になった。レーテンバッハは1504年から帝国都市ニュルンベルク領となり、それに伴いフランケン帝国クライスに属した。1806年にレーテンバッハは、帝国都市ニュルンベルク領全域とともにバイエルン王国領となった。レーテンバッハは1818年にゲマインデ(自治体)となった。

コンラッティの労働者住宅街

19世紀から20世紀

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1880年、コンラート・コンラッティは、レーテンバッハで成功していた自身の鉛筆工場に、電気メッキ用カーボン(電灯用の炭素棒)を製造する第2工場を設立した。この工場は、当初は200人、1901年には3000人の従業員を雇用していた[6]。1723年には人口わずか9人であったレーテンバッハは、1880年には380人にまで成長した。この企業家は、1892年から1914年までの間にいわゆるコンラッティ=シュティフトゥングを設立した。第一次世界大戦開戦までに180棟、700戸以上の労働者住宅が工場近くに建設され、家賃は極めて手頃な水準に設定された。グリュンダーツァイトドイツ語版英語版(ドイツにおける会社設立ブームの時代)のこの住宅街は、主要部分が保存され、丁寧に修復がなされており、価値の高い工業史の文化財となっている。

1937年にディール社が生産拠点の一部をレーテンバッハに移転した。これがこの町の発展をさらに促進した。レーテンバッハは、1953年5月20日に、バイエルン内務省の決定により、Stadt(市)に昇格した。

市町村合併

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バイエルン州の地域再編に伴い、1972年1月1日に、ヴェッツェンドルフの一部(ヒンメルガルテンを中心とする)が合併した。1972年7月1日に、ハイメンドルフがそのゲマインデタイルであったグリューネ・アウ、モーリッツベルク、レンツェンホーフ、ロッケンブルンとともに合併した[7]

住民

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宗教と世界観

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レーテンバッハには多くのキリスト教教会や宗教団体がある。福音主義カトリックはそれぞれ教会堂を有している。アルター・キルヒェンヴェークにカトリック聖ボニファティウス教会が、バーンホーフ通りにプロテスタント聖十字架教会がある。この他にフリートホーフ通りにはエホバの証人の王国ホールがある。さらにシュッツェン通りには Landeskirchliche Gemeinschaft のコミュニティセンターがある。

聖ボニファティウス教会の塔では、アドヴェントの日曜日に現代芸術の展示が行われる[8]

ムスリム共同体は、2012年からバーンホーフ通りにコミュニティセンターを有している。

行政

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レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツの市庁舎

首長

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2014年からクラウス・ハッカー (Freie Wähler) が第1市長を務めている。

議会

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レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツの市議会は、24議席の議員と第1市長とで構成されている[9]

紋章

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図柄: 赤地銀地に左右二分割。それに被せて青い波状の斜め帯。帯の中に6つのバケットがある水車が描かれている[10]

解説: 波帯は、この街でペグニッツ川に注ぐレーテンバッハ川を象徴している。水車は、レーテンバッハ川の河岸に造られた水車、たとえば1499年の新プルファー・ウント・パピアー水車、後の研磨ガラス工場などを象徴している。

姉妹都市

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レーテンバッハ・アン・デア・ペグニッツ市は以下の都市と姉妹都市関係にある[11]

クレイ=ス=ボワ橋(地元では「フランス橋」と呼ばれる)やバート・グライヒェンベルガー・ヴェークといった名称はこれらの姉妹都市にちなんで命名された。

文化と見どころ

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シュナッケンホーフ

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シュナッケンホーフは、芸術家、哲学者、学者、アマチュア研究家や市民の集会所で、サロン、芸術(文学、音楽、造形芸術)や日常生活の美学上の問題点(インテリア、建築、祝祭、時間管理、景観史、環境美学、庭園哲学)をテーマとしたイベントが開催される。シュナッケンホーフの活動は、レーテンバッハ芸術振興会 e.V. によって支援されている。

博物館

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  • コンラッティハウス市立博物館、ミュールガッセ1番地
  • 歴史的防衛技術博物館、ハインリヒ=ディール通り

建築

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ハイメンドルフの城館
  • 1902年建造の市庁舎。
  • ハインリヒ・ハウバーリッサーの設計に基づき建設された福音主義聖十字架教会。ネオゴシック様式の最も重要な教区教会の一つである。
  • 領主館バッハマイアーの小城館。2階建て、重厚感のある、ほぼ正方形の、切妻造の建築で、円錐形の屋根を戴く階段塔を持つ。17世紀建造。
  • ハイメンドルフの城館(1515年および1564年建造)。
  • レンツェンホーフの領主館(16/17世紀)。ハルトマン・シェーデルは、ここで『シェーデルの世界史』を執筆した。
  • モーリッツベルクの聖マウリティウス礼拝堂(内陣塔は1419年建造、1707/08に増築、木造円筒ヴォールト身廊は18/19世紀に建設された)とビスマルク塔。
  • モーリッツベルクヒュッテ。1619年に聖マウリティウス礼拝堂付属の小屋として建設された。農家風の居間と飲食を提供する隣室がある。
  • モーリッツベルク塔。1911年に建設されたモーリッツベルクの展望塔
  • ロッケンブルンの狩猟用の小城館。2翼式の住居・事務建築で、上階は木組み建築である。17世紀建造。

イベント

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  • レーテンバッハのブルーメンフェスト(花祭)は1929年から祝われている。当時はクラインガルテンクラブ「フローラ」が野菜、小動物、花の栽培・飼育の成果を披露するささやかなパレードであった[12]。当初は不定期開催であったが、その後8月の最終日曜日に固定された。約50万本のダリアが約30台のフェストヴァーゲン(山車)の装飾に用いられる。レーテンバッハのクラブ・団体の会員が現代的な、あるいは時代を超えたモチーフをデザインし、作成している。多くの場合、山車は祭の後少なくとも1週間はレーテンバッハ市内の様々な場所で展示される[13]。このブルーメンフェストは、クラブ・団体からの数多くのボランティアと住民からの寄付によって運営されている。
  • シュタットフェスト(市祭)は、1984年から毎年6月に開催されている。主催はフェラインスカルテル・レーテンバッハ(レーテンバッハのクラブ・団体連合会)である。2010年からは市祭の期間中に市祭レースも開催され、その収益は地域の慈善活動に使われている。
  • 8月の最終週末、ブルーメンフェストの頃に、屋外プールの大駐車場でキルヒヴァイフ(教会開基祭を起源とする祭)が開催される[12]。この他に、レンツェンホーフとハイメンドルフでは7月に、ロッケンブルンとモーリッツベルクでは8月にキルヒヴァイフが開催される[14]

スポーツ

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経済と社会資本

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経済

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レーテンバッハは、先進的な工業系企業グラファイト・コヴァー GmbH(旧コンラッティ)や従業員訳2000人を擁するディール・シュティフトゥングの子会社ディール・メタルとディール・ディフェンスが立地するニュルンベルク広域圏の工業都市である。こうした工業系大企業の他に、中小企業や小売業(市の中心部およびシュペックシュラーク専門マーケットセンター)がレーテンバッハの経済状況を担っている。ミュールラハ産業地区の開発により、商工業発展のための用地がさらに拡大した。

レーテンバッハ (ペグニッツ) 駅

交通

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レーテンバッハは、連邦アウトバーン3号線のニュルンベルク=メーゲルドルフ・インターチェンジおよび連邦アウトバーン9号線のラウフ南インターチェンジ、さらに連邦アウトバーン6号線のニュルンベルク/ライネブルク・インターチェンジの近くに位置している。

市内を州道2241号線が通っている。この道路はレーテンバッハ郊外でペグニッツ川左岸沿いにラウフ・アン・デア・ペグニッツの中心部からレーテンバッハを通ってニュルンベルクの中心部(中央駅)に通じている。市内で唯一のペグニッツ川に架かる橋を渡ると隣町のリュッカースドルフに至る。ここで、ペグニッツ川右岸沿いを走る連邦道14号線ドイツ語版英語版に合流する。

レーテンバッハ、鉄道ニュルンベルク - イレンローエ線沿いにあり、ニュルンベルク - ハルトマンスホーフを結ぶニュルンベルクSバーン S1号線に接続する。本市内には、レーテンバッハ (ペグニッツ) 駅、レーテンバッハ=シュタインベルク駅、レーテンバッハ=ゼーシュピッツェ駅がある。

路線番号行程運行間隔
バンベルク - シュトルレンドルフ - ヒルシャイト - ブッテンハイム - エゴルスハイム - フォルヒハイム北 - フォルヒハイム (オーバーフランケン) - ケールスバッハ (オーバーフランケン) - バイアースドルフ - ブーベンロイト - エアランゲン - エアランゲン・パウル=ゴッセン通り - エアランゲン=ブルック - エルタースドルフ - ファッハ - フュルト・クリニークム - フュルト中央駅ドイツ語版英語版 - ニュルンベルク・ローテンブルガー通り - ニュルンベルク=シュタインビュール - ニュルンベルク中央駅 - ニュルンベルク=デュレンホーフ - ニュルンベルク=オストリング - ニュルンベルク=メーゲルドルフ - ニュルンベルク=レーホーフ - ニュルンベルク=ラウフアムホルツ - シュヴァイク - レーテンバッハ (ペグニッツ) - レーテンバッハ=シュタインベルク - レーテンバッハ=ゼーシュピッツェ - ラウフ西 - ラウフ (ペグニッツ左岸) - オッテンゾース - ヘンフェンフェルト - ヘルスブルック (ペグニッツ左岸) - ハップルク - ポンメルンスブルン - ハルトマンスホーフ
2025年12月の時刻表に基づく。
60分(バンベルク - フォルヒハイム)
20/40分(フォルヒハイム - エアランゲン)
20分(エアランゲン - ラウフ)
20/40分(ラウフ - ヘルスブルック)
60分(ヘルスブルック - ハルトマンスホーフ)

レーテンバッハをフランケン・マリアの径が通っている。

教育

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  • アム・フォルスタースベルク基礎課程学校
  • アン・デア・ゼーシュピッツェ基礎課程学校
  • ゲシュヴィスター=ショル=ミッテルシューレ(中等学校)
  • アム・フレンキシェン・デューナーヴェーク実科学校
  • ゲシュヴィスター=ショル=ギムナジウム
  • 市立図書館
  • 市民大学

関連図書

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  • Johann Kaspar Bundschuh. “Röthenbach”. Geographisches Statistisch-Topographisches Lexikon von Franken. Band 4: Ni–R. Ulm: Verlag der Stettinischen Buchhandlung. p. 573 
  • Johann Kaspar Bundschuh (1802). “Unterröthenbach”. Geographisches Statistisch-Topographisches Lexikon von Franken. Band 5: S–U. Ulm: Verlag der Stettinischen Buchhandlung. p. 644 
  • Leonhard Herbst (1986). Röthenbach an der Pegnitz. Stadt zwischen Pegnitztal und Moritzberg. Röthenbach-Haimendorf: Odörfer. ISBN 978-3-924891-02-2 
  • Stadt Röthenbach an der Pegnitz, Rödental, ed (2002). Infobroschüre. Verlag Ingrid Ott 
  • Karl Horn (1967), Röthenbach – Stadt ohne Geschichte? In: Mitteilungen der Altnürnberger Landschaft e. V, pp. 52–54 
  • Werner Meyer (1966). Landkreis Lauf an der Pegnitz. Die Kunstdenkmäler von Bayern. Mittelfranken XI. München: R. Oldenbourg. pp. 379–382 
  • Hubert Munkert (1988). Stadt Röthenbach a.d. Pegnitz. ed. 170 Jahre Kommunalgeschichte der Stadt Röthenbach an der Pegnitz. 1818–1988. Röthenbach a.d. Pegnitz 
  • Michaela Moritz; Stefanie Buchner; Leonhard Herbst; Reinhard Knodt u. a. (2003). Pegnitz-Zeitung. ed. 50 Jahre Stadt Röthenbach an der Pegnitz – Eine junge Stadt zeigt ihr Profil. Lauf an der Pegnitz: Fahner-Druck 
  • Ernst Pürner: 1934–1946 Eine persönliche Chronik, Röthenbacher Zeitgeschichte. Verlag Fahner 
  • Wilhelm Schwemmer (1982). Röthenbach an der Pegnitz. Die Geschichte einer Industriestadt. Schriftenreihe der Altnürnberger Landschaft e. V.; Bd. 30. Nürnberg: Korn und Berg. ISBN 978-3-87432-092-4 
  • Lore Sporhan-Krempel (1979). Papiermühlen auf Nürnberger Territorium. 4. Die Papiermühlen zu Röthenbach an der Pegnitz. Frankfurt am Main: Buchhändler-Vereinigung. pp. 795–831. ISBN 978-3-7657-0932-6 

脚注

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出典

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  1. Einwohnerzahlen – Stand: 31. Dezember 2024 / Gemeinden, Kreise und Regierungsbezirke in Bayern – Basis: Zensus 2022
  2. Max Mangold, ed (2005). Duden, Aussprachewörterbuch (6 ed.). Dudenverl. p. 686. ISBN 978-3-411-04066-7
  3. Röthenbach a.d.Pegnitz / bavarikon”. 2026年3月28日閲覧。
  4. Ortsteile - Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz”. 2026年3月28日閲覧。
  5. Gemarkung Schwaig b.Nürnberg (093465)”. 2026年3月23日閲覧。
  6. Martin Droschke (2023), “Im Münchaurach, einem Dörfchen im grünen Aurachtal (bei Erlangen) […]”, Franken 2024. Franken-Wissen für das ganze Jahr (Köln: Emons Verlag), ISBN 978-3-7408-1797-8
  7. Wilhelm Volkert, ed (1983). Handbuch der bayerischen Ämter, Gemeinden und Gerichte 1799–1980. München: C. H. Beck. p. 509. ISBN 978-3-406-09669-3
  8. Martin Droschke (2023), “In Röthenbach an der Pegnitz […] Hochkarätiges für jeden Geldbeutel”, Franken 2024. Franken-Wissen für das ganze Jahr, Köln: Emons Verlag, ISBN 978-3-7408-1797-8
  9. Bürgerinfoportal”. Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz. 2026年3月29日閲覧。
  10. Bayerns Gemeinden / Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz”. 2026年3月29日閲覧。
  11. Partnerstädte & Partnerschaften”. Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz. 2026年3月29日閲覧。
  12. 1 2 Das Röthenbacher Blumenfest - weithin bekannt”. Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz. 2026年3月31日閲覧。
  13. Blumenfest”. Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz. 2026年3月31日閲覧。
  14. Veranstaltungen in Röthenbach a.d. Pegnitz”. Stadt Röthenbach a.d.Pegnitz. 2026年3月31日閲覧。

外部リンク

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