レフ・コニュス

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レフ・エドゥアルドヴィチ・コニュスロシア語: Лев Эдуардович Конюс; ラテン文字転写の例:Lev Eduardovich Conus, 1871年1944年)は、ロシアピアニスト・音楽教育家・作曲家ゲオルギー・コニュスおよびユーリ・コニュスの弟。モスクワ音楽院に学び、アントン・アレンスキーの作曲科上級クラスでセルゲイ・ラフマニノフと同級になる。1918年まで母校のピアノ科の主任教授を務めた。ソビエト政府を嫌って1921年パリに亡命し、その後パリ市内のロシア音楽院(現在はラフマニノフ音楽院に改称)で教鞭を執る。最終的に1935年アメリカ合衆国に行き、73歳で他界するまで、オハイオ州シンシナティで教育活動に携わった。

スクリャービンの《神聖な詩》と《法悦の詩》をピアノ4手用に編曲したことで名を遺した。