レスリー・アンダーソン

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はアンダーソンステフェス第二姓(母方の)は{{{2}}}です。
レスリー・アンダーソン
Leslie Anderson
レオン・ブラボーズ #19
Giants Anderson.jpg
基本情報
国籍メキシコの旗 メキシコへ亡命)
出身地  キューバ
カマグエイ州カマグエイ
生年月日 (1982-03-30) 1982年3月30日(36歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手一塁手
プロ入り 2010年 アマチュアFA
初出場 NPB / 2014年3月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
WBC 2006年2009年
獲得メダル
 キューバ
ワールド・ベースボール・クラシック
2006 野球

レスリー・アンダーソン・ステフェスLeslie Anderson Stephes, 1982年3月30日 - )は、キューバ共和国カマグエイ州カマグエイ出身のプロ野球選手外野手一塁手)。左投左打。現在はメキシカンリーグレオン・ブラボーズ所属。

経歴[編集]

キューバ時代 - 亡命[編集]

キューバの名門体育大学であるマニュエル・ファハルド国立体育大学を卒業。

2000-2001シーズンから2008-2009シーズンまでキューバ国内リーグ(セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル)のガナデロス・デ・カマグエイに所属し、計9シーズンで864試合に出場。打率.326、92本塁打、518打点を記録した。また、ジュニアナショナル時代から評価されており、2002年8月の第1回世界大学野球選手権大会では外野手ベストナインに輝いた[1]

2006年3月に開催された第1回WBCのキューバ代表に選出された[2]

2009年3月に開催された第2回WBCのキューバ代表に選出された[3]。国際大会では毎度打撃が振るわず、最後までキューバ代表のA代表レギュラーに定着出来なかった。9月にメキシコ行きのボートに乗船し、キューバから亡命した[4]。その後にメキシコで居住権を確立した。

レイズ傘下時代[編集]

AAA級ダーラム時代(2010年)

2010年4月13日にMLBタンパベイ・レイズと4年総額172万5000ドルの契約を結び、入団した[5]

2011年2月にDFAとなり、マイナー契約に切り替えられた。2011年はAAA級ダーラム・ブルズに定着し、121試合で打率.277・13本塁打・65打点・OPS.727を記録した。

その後も引き続きダーラムでプレーした。2012年は116試合で打率.309(インターナショナルリーグ3位)・14本塁打・56打点・OPS.805と前年より成績を上げた。この年には、レイズとマイナー契約した松井秀喜もダーラムでプレーしており、メジャー昇格を争った経験もある[6]

2013年は119試合で打率.292・14本塁打・74打点・OPS.832の成績を残したが、結局4年間で一度もMLBへの昇格を果たせなかった。出場機会を求めて日本行きを決断し、同年12月27日に退団した[5]

巨人時代[編集]

2013年12月28日日本プロ野球読売ジャイアンツと契約した[7]

2014年開幕戦の阪神タイガース戦では7番・左翼手で先発し、リリーフの鶴直人から来日初本塁打をマークした。4月26日の広島戦では球団史上第79代4番打者に座り、初回に内野ゴロの間に打点、5回に適時内野安打、7回にはダメ押し本塁打を放つなど4打点を記録した[8]。その後も5月7日の横浜戦で藤江均から満塁ホームランを放つなど好調をキープしていたがしかし5月13日のヤクルト戦で走塁の際に右大腿二頭筋に軽い肉離れを起こし、翌日出場選手登録を抹消された[9]。その後貧打のチーム事情から6月9日千葉ロッテマリーンズ戦から二軍での調整もなく見切り発車で復帰。復帰後は以前のような勝負強さが影をひそめ、打率も降下していった。8月6日には左ひじ関節炎で二度目の登録抹消[10]。9月15日に戦列復帰すると、17日の広島戦で4月29日以来のタイムリーを代打で放つと、19日には再び代打でタイムリー、5番スタメンの翌20日には先制3ラン、優勝を決めた26日の横浜戦では井納翔一からダメ押し2ランを放つなど優勝へのラストスパートに大きく貢献した。87試合で規定打席にも到達せず15本塁打、50打点と振るわなかったが打率.319と低調だった打撃陣の中で確実性を残した。阪神とのCSでも他の打撃陣が不調の中、16打数7安打の打率.438と打点こそなかったが全試合で安打を放つなど気を吐いた。オフに左肘のクリーニング手術を行う[11]

2015年は相手の徹底マークや怪我、立岡宗一郎らの台頭で83試合の出場に終わり、打率も大きく落とすなどと前年よりもに不本意な成績で終わった。なお、チームはリーグ4連覇を逃してCSファイナルステージでも敗退したが、阪神とのCSファーストステージ第2戦ではチームは敗れたものの7回に代打でランディ・メッセンジャーから2点差に詰め寄るソロ本塁打を放った。オフの契約更改ではシーズンでの成績不振のため年俸500万円ダウンとなった。

2016年は春季キャンプ中に左肘に違和感を訴えるアクシデントが発生し、2月23日に関節鏡視下形成手術を行い、2年連続で開幕一軍を逃した[12]。シーズンでの一軍出場も5月下旬のわずか3試合に終わり、シーズン終了後自由契約選手として公示された。

選手としての特徴[編集]

広角に打ち分ける事が出来る左の中距離打者[13]。高い身体能力を備えた外野手であり、外野3ポジションに加えて一塁手もこなせる[14](ただし、レイズ傘下では外野は両翼のみで中堅手は守っていない)。第2回WBCでは正一塁手としてプレーしている。脚力は平均的で盗塁はやや苦手、守備力が課題。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000-2001 CMG 86 353 306 44 89 28 1 5 134 50 2 3 3 5 34 4 5 51 7 .291 .366 .438 .803
2001-2002 88 339 291 50 90 16 3 8 136 39 3 3 4 2 37 5 5 36 6 .309 .394 .467 .861
2002-2003 83 359 313 61 100 24 1 6 144 44 7 8 2 2 36 1 6 47 11 .319 .398 .460 .858
2003-2004 90 387 332 55 112 16 3 9 161 50 11 7 2 3 49 4 1 43 9 .337 .421 .485 .905
2004-2005 86 371 323 29 101 17 2 3 131 52 3 6 0 4 34 2 10 28 6 .313 .391 .406 .796
2005-2006 88 384 336 67 122 22 2 15 193 62 4 4 0 3 37 7 8 36 12 .363 .435 .574 1.009
2006-2007 90 404 346 50 104 13 2 7 142 47 4 3 1 4 48 13 5 35 5 .301 .390 .410 .800
2007-2008 90 406 330 69 111 14 2 19 186 63 0 3 0 4 66 12 6 33 17 .336 .451 .564 1.014
2008-2009 85 367 299 45 114 18 0 13 171 66 6 5 0 2 56 13 10 36 12 .381 .490 .572 1.062
2014 巨人 87 325 295 32 94 11 1 15 152 50 1 1 0 0 25 1 5 44 4 .319 .382 .515 .897
2015 83 260 234 20 59 14 0 7 94 31 1 1 0 0 21 1 5 37 5 .252 .327 .402 .729
2016 3 12 12 0 3 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .250 .250 .250 .500
CNS:9年 786 3376 2876 470 943 168 16 85 1398 473 40 42 12 29 397 61 62 345 85 .328 .417 .486 .903
NPB:3年 173 597 541 52 156 25 1 22 249 82 2 2 0 0 46 2 10 85 9 .288 .355 .460 .815
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

年度別守備成績[編集]


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2014 31 185 15 3 16 .985 63 75 2 0 0 1.000
2015 47 344 21 2 28 .995 34 33 2 1 1 .972
通算 78 529 36 5 44 .991 97 108 4 1 1 .991
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB
国際大会

背番号[編集]

  • 42 (2014年 - 2016年)

登場曲[編集]

  • 「Fula Cantidad」Los 4(2014年 - )
  • 「Me Voy」Los 4(2015年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Leslie Anderson - BR Bullpen” (英語). Baseball-reference.com. 2014年1月9日閲覧。
  2. ^ 2006 Rosters” (英語). The official site of World Baseball Classic. 2012年12月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年6月8日閲覧。
  3. ^ 2009 Rosters” (英語). The official site of World Baseball Classic. 2012年12月5日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年6月8日閲覧。
  4. ^ “Cuban defector Leslie Anderson signs with Rays” (英語). Thestar.com. http://www.thestar.com/sports/baseball/2010/03/11/cuban_defector_leslie_anderson_signs_with_rays.html 2010年4月1日閲覧。 
  5. ^ a b “RRays Release Leslie Anderson” (英語). MLBTradeRumors.com. http://www.mlbtraderumors.com/2013/12/rays-release-leslie-anderson.html?utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+MlbTradeRumors+(MLB+Trade+Rumors) 2014年1月9日閲覧。 
  6. ^ Matsui gets it done, gives Bulls game-winning hit in 10thINDY WEEK MONDAY, 2014年5月9日閲覧
  7. ^ “元キューバ代表のアンダーソン外野手と契約”. 読売ジャイアンツ・オフィシャルサイト. http://www.giants.jp/G/gnews/news_397942.html 2014年1月9日閲覧。 
  8. ^ 巨人アンダーソン就任即!長嶋級4番弾 日刊スポーツ 2014年4月27日
  9. ^ アンダーソン 1軍登録抹消 セペダは15日合流 スポーツニッポン 2014年5月14日
  10. ^ 左肘関節炎アンダーソン&不振の片岡登録抹消 スポーツニッポン 2014年8月7日
  11. ^ 【巨人】アンダーソン、左肘仮骨切除手術へ 報知新聞社 2016年2月19日
  12. ^ 巨人アンダーソン 23日に左ひじ手術 デイリースポーツオンライン 2016年2月19日
  13. ^ “巨人が元キューバ代表アンダーソンに食指”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20131205-1227064.html 2014年1月9日閲覧。 
  14. ^ “Rays Designate Leslie Anderson For Assignment” (英語). MLBTradeRumors.com. http://www.mlbtraderumors.com/2011/02/rays-designate-leslie-anderson-for-assignment.html 2010年3月30日閲覧。 
  15. ^ アンダーソン選手が5月度「月間アットホームヒーロー賞」を受賞”. GIANTS ニュース (2014年6月16日). 2017年7月24日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]