レシプロエンジン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レシプロから転送)
移動先: 案内検索
熱機関 > 内燃機関 > レシプロエンジン

レシプロエンジン英語:reciprocating engine)は、往復動機関あるいはピストンエンジンピストン機関とも呼ばれる熱機関の一形式である。

燃料の燃焼による熱エネルギー作動流体圧力膨張力)としてまず往復運動に変換し、ついで回転運動力学的エネルギーとして取り出す原動機である。燃焼エネルギーをそのまま回転運動として取り出すタービンエンジンやロータリーエンジンと対置される概念でもある。

レシプロエンジンは、自動車船舶、20世紀前半までの航空機電化されていない鉄道路線で用いられる鉄道車両、といった乗り物の動力源としては最も一般的なもので、他に発電機ポンプなどの定置動力にも用いられる。

歴史[編集]

往復の作用[編集]

往復動型機関の最初の記録はオランダホイヘンスで、1680年火薬を使って動力を発生させる考えを発表したと伝えられる。ベルサイユ宮殿の水役人だったホイヘンスはピストン真空熱機関として利用しようとする祖と認められている。ホイヘンスの案はシリンダー(筒)の最下部に燃焼部、最上部にピストンがおかれていた。燃焼部で火薬を燃焼させ、この燃焼により発生した高温空気が上部の弁から抜けていくだけのものだった。弁は一方通行の不還弁であり、空気が抜けたのちシリンダーが冷えれば内部の圧力が低くなり、当時発見されたばかりの真空の力により最上部のピストンが下降する際に力を及ぼすというものである。当時は火薬の爆発は危険なものとされており、ホイヘンスの考えも真空利用の静粛性が特徴である。当時は内燃と外燃の区別はされず「熱から動力が生み出される」という考えであった。

その後、フランスのアッベ・フォートフュイユやイギリスのモアランドらの創案があるが、これらも試作はされていない。

ピストンエンジンはピストン型蒸気機関の祖といわれるドニ・パパンの蒸気機関で実現した。ドニ・パパンはホイヘンスとも親交があり、ホイヘンスの案を試作し検証したものの、当時の技術では火薬の燃焼、ピストンや不還弁の製作は難しかった。そのためパパンは直接火薬を燃やすことではなく、外部で発生させた蒸気によって圧力を高める蒸気機関とした。火薬の燃焼の代わりに蒸気を使う点を除けば、ホイヘンスのものと変わらない。

その後、セイヴァリが英国特許を取得し、1705年になってトーマス・ニューコメンの改良により実用的な蒸気機関となった。ニューコメン蒸気機関は、英国では炭鉱の水を抜き取るための排水ポンプ用途に使用された。

ニューコメンが最初に機関を発明した時代は、その動作は非常に緩慢なものであり、バルブの開閉は人手で行われていた。このバルブ開閉の進歩が蒸気機関の普及を促した。ニューコメンの「大気圧機関 (Atmospheric engine)」のバルブの改良は、バルブの開閉操作員だったハンフリー・ポッター (Humphrey Potter) という少年により1713年ロープ滑車を利用した最初の自動化の工夫がなされ、1718年にヘンリー・バイトン (Henry Beighton) がさらに改良を重ねた。ジョン・スミートンがさらにさまざまな改良を施した。

50年以上もの間改良されながら1770年頃まで広く使われていたニューコメン式の蒸気機関であったが、ここまでの蒸気機関は、往復運動をそのまま直線的動力として利用するものであり、しかもその力は往復以前に往だけの片道通行の利用だった。

回転の作用[編集]

ジェームズ・ワットは根本的に改良を加えた往復動蒸気機関を考案し、1769年に英国で特許を取得した。これは本格的な回転動力の実用化に至る道でもあった。

ピストンの往復の動きを回転運動として利用した最初のエンジンは、ワットの特許と同年の1769年、フランスで考案された蒸気動力の牽引車キュニョーの砲車である。これはピストンロッドの先のクランクラチェットを用いて回転運動に変換するものだった。

次いで英国でワットの元で働いていたウィリアム・マードック遊星ギアを利用して回転運動を得ることを着想し、蒸気自動車を作成した。この往復運動を回転運動にする特許はマードックではなくワットが取得している。ワットらはクランクシャフトを利用したかったが、同時期に特許がすでに取得されており、その使用にはワットの蒸気機関の特許との交換条件を持ち出されたために使用しなかった。遊星ギアはクランクシャフトに比べて往復運動の回転運動変換の効率が悪く、ワットは後年、特許使用可能になったクランクシャフト方式に乗り換えている。

1801年トレビシックが蒸気自動車を製作し運転した。トレビシックはさらに1804年に世界最初の蒸気機関車を制作し、試運転を行っている。

1820年、イギリスのW・セシルが水素ガスを燃料とした真空利用の大気圧機関を製作し、60rpm(回転/分)の動きを実現した。爆発時の騒音が問題となったがこれが世界最古のガス機関として認められている。しかし当時は蒸気機関の実用化の時代となり、ガスエンジンはその後の研究があまり進まなかった。

イギリスでは続いて発明家のサミュエル・ブラウンが、ガス真空機関(真空エンジン、用気エンジン)を1823年に開発に成功。内燃機関だったが、爆発の後に生じる真空によりピストンを引き戻すことにより往復運動をおこなうものであり、大気圧利用という点ではトーマス・ニューコメンの蒸気機関そのままの原理であった。1825年には車両に載せられ、この真空機関付き自動車は1826年の試運転で10.5分の1の勾配をたやすく登った。1827年にはテムズ川で船に真空エンジンを載せ公式試運転を行い、11 - 13kmを記録している。これらの実績によりブラウンは内燃機関の歴史において功績が認められており、また、ブラウンのエンジンは実用になった最初のガス機関と認められている。もっとも、当時は蒸気機関全盛の時代であり、普及には至っていない。

1833年には、イギリスのW.L.ライトがガス爆発機関の特許を取得している。実際に製作されたかどうかは確認されていないが、後年、ガス爆発機関としてはこの設計は完璧であり、製作されていればブラウン以上の能力が出せたと評価されている。

ウィリアム・バーネットは1838年2サイクル圧縮型エンジンと独自の点火プラグを開発した。

イタリアのバルサンチとマテゥチは1855年に世界初のフリー・ピストン・エンジンを創案する。爆発により上方に上がったピストンが重力により落下することを利用したもので、動力はピストンのコネクティングロッドからラチェット付きで一方向回転するギアを使って取り出した。極めて騒々しく、振動も激しかったが、内燃機関の点火自体が不安定だった時代にはこれでも比較的効率が良かった。

往復動型内燃機関の実用化[編集]

フランスでルノアール1860年ガスエンジンを商用化し、大型化が必然的で大規模工場でなければ使えなかった当時の蒸気機関に比べてコンパクトで軽便であったため、中規模工場などでも一般に使用されるようになった。当時の先進国の都市で普及しつつあったガス燈用の石炭乾留ガス配管を利用して、燃料供給インフラストラクチャーの面も解決したことが優れており、1860年は内燃機関の本格的な実用化の年とされる。

ルノアール・エンジンは往復動の2ストローク内燃機関であるが、圧縮行程が事故の危険を伴うと危惧したルノアールの意図によって無圧縮の設計であった。このためエンジンとしての効率は低く、実用内燃機関の先駆ではあったが、本格的な内燃機関の祖とは言い難い面もある。日本の内燃機関研究者の富塚清は「内燃機関の歴史」で「多少気の毒」と評している。ルノアールは自動車も製作し、走行試験を行い、またセーヌ川でのモーターボート動力にも使用されたが、無圧縮型のガス燃料機関という効率の低さと燃料供給の制約から、工場等の定置動力以外では成功しなかった。

ルノアールのエンジン以前にはさまざまな案が試されていたが、ルノアールの商業的成功により明確な指標ができたため、内燃機関の研究が急速にすすむことになった。

1862年、フランスのボー・ド・ロシャが、内燃機関としての4ストロークエンジンを提唱した。1867年ドイツニコラス・オットーオイゲン・ランゲンフリー・ピストン機関de:Flugkolbenmotor[1]を製作する。1873年、アメリカでブレートンが新型を開発。ブレートン機関とよばれる。

1876年、オットーは後年のレシプロ式ガソリンエンジンの直接の祖型となる4ストローク式ガスエンジンを完成させた。

20世紀以降[編集]

20世紀になって実用化がなされた航空機の発達は、レシプロエンジンと共にあった。航空機の性能(最大速度や上昇力)はエンジンによってほぼ決定されるため、各国はより高性能の航空機を作りあげるために高性能なエンジンを必要とした。そのためにエンジンの性能をあげるためのさまざまな研究は第一次世界大戦から第二次世界大戦においてその多くがなされている。戦後になると大出力の航空機用エンジンはジェットエンジン(高出力プロペラ用のレシプロエンジンと別種ターボプロップエンジンを含む)に切り替わり、現代では「レシプロ」は小型プロペラ機の代名詞ともなっている。ちなみに現在レシプロエンジン搭載の航空機とターボプロップエンジン搭載の航空機を、区別せずに「プロペラ飛行機」などと呼称するマスメディアが多数存在するが、これは厳密には事実ではなく、1940年代後半からイギリスで開発されたダートエンジン(代表的ターボプロップエンジン)が実用化されるまでは、プロペラ機といえば「レシプロエンジン搭載機」の事であり、正確な表現となりえたが、その後1950年代以降に軍民共通で「プロペラ機(YS-11C-130などを含む概念」と呼ばれた場合は、事実上の動力においてジェットエンジンの一種である「ターボプロップエンジン搭載機」を指すが、この2種(レシプロエンジンとターボプロップエンジン)を混同して「プロペラ機(外見上の類似が多い事も原因)」と呼称する事が一般化してしまい、その後は、ごく一部の航空技術者や航空ファンなど以外では「プロペラ機は古い世代の遅れた航空機」との間違った認識が現在もまかり通っている。実際には第二次大戦終結後に本格的に量産化された「ジェットエンジンとターボプロップはどちらも新世代エンジンで動力はジェット燃料を使用するエンジンで同一」であったのが歴史的事実であり、1970年代には「ジェットエンジン」自体がターボファンエンジンという駆動方式に進化した為に、かつての米国ボーイング社初期の主力旅客機B707と、現行モデルB777は厳密には異なる種類のエンジン(現在の航空機は軍民問わずにターボファンが占める割合が高い)で飛行する航空機である。この「ジェット機」との呼称も非常に曖昧な概念であり、1960年代後半に旅客機の主力エンジンが「ピュアジェットエンジンからターボファンエンジンに進化した」際にも、相変わらずマスメディアが「新型ジェットエンジン」などと極めて事実を認識しにくい表現を大衆に広めた事が、エンジンの種類を誤認する原因となっている。また大幅に騒音低下と出力上昇を両立したターボファンエンジンに対しても、「ジェット機だから騒音が大きい」などとの事実無根の偏見が散見され、騒音が大きく、環境汚染も起こし易かったエンジンは、1950年代から1960年代に使用されていた「ピュアジェットエンジン」と呼ばれた黎明期のジェットエンジンのみである。現在のターボファンジェットエンジン搭載の最新旅客機は、かつての中型レシプロエンジン搭載機より静かな機体が一般的であり、航続距離も双発機で1万5千km程度が一般的となるまで進化している。一部では米ソ冷戦期のソビエト連邦空軍などにおいて、原子力動力航空機が実用化試験を行ったとされ、航続距離に関しては水上艦で同様に無限とする事に成功したとされているが、これは全体主義国家旧ソ連特有の「人体実験」に近い物であったとされており、独裁共産主義国家ならではのテストパイロットに対する人権軽視が実現させた試験飛行であった為に、原子力動力航空機特有の放射性物質を含むエンジン排気をユーラシア大陸各地に空からまき散らして飛行を強行した結果であった。当然西側諸国では実用化する事はもちろん試験飛行さえ不可能であった為に、原子力動力航空機は核地雷などと共に「お蔵入り研究」となった。この飛行実験に対してはなぜか西欧地域における共産主義団体や反原子力団体がソビエト連邦に対して抗議運動を行わず、彼らの掲げる「赤(共産主義団体から環境保護運動団体への偽装工作)から緑への転換」が現実である事を証明する結果を示したとされている。マンガやテレビアニメとなった昭和期の「鉄腕アトム」は原子力動力で空を飛んでいたが、このような「ジェットエンジンから原子力エンジンへの全面移行」は放射線への対策が難しく実現しなかったが、同時期に東側諸国空軍は空から放射性物質を垂れ流しながら共産陣営各地を行き来していたのが現実世界の動きだった。

船舶においては、20世紀初頭までは蒸気機関のレシプロエンジンが主流であったが、内燃機関のレシプロエンジン、蒸気機関のタービンエンジンの実用化とともに、徐々にそれらに置き換えられていった。現在では民間用途としては内燃レシプロエンジンが主流となっている。軍艦(駆逐艦など)はガスタービンエンジン、蒸気タービンエンジン(原子力動力の場合)の採用率が高いが、内燃レシプロエンジン(ガスタービンとの併用を含む)も一定数採用されている。これも20世紀初頭に比べて大幅に省電力且つ環境に優しいエンジンに置き換わっており、起動から実際に大型船が動作開始するまでの時間も大幅に短縮され、第二次大戦期の駆逐艦と比べてイージス艦など最先端のミサイル駆逐艦では、機敏な動きが可能となっている。原子力動力並の出力を達成した強化型ガスタービンエンジンも1980年代から一般化した為に、無限に動作可能である点を除けば以前のように「原子力動力と通常動力艦は大きな出力差がある」という認識は事実誤認となっている。約40年ぶりに通常動力型大型航空母艦(クイーンエリザベス級航空母艦)を就役させる英国海軍も燃料棒の交換が必要な原子力空母(フランス海軍シャルル・ド・ゴール号など)を採用する事がなかった。排気蒸気動力で補っていたカタパルトは動力が電磁式(リニアモーター式)に移り変わりつつあり、将来的には実現していない核融合動力利用エンジンを積む軍艦も、出現するとされている。

鉄道車輛においては20世紀の前半期を通じて蒸気機関のレシプロエンジンを搭載する蒸気機関車が主流であったが、鉄道の電化により電気機関車に置き換えられた。しかしながら非電化区間においては、内燃レシプロエンジンを搭載するディーゼル機関車が主流である。ちなみにディーゼル機関車であっても高出力の機関を両側に連結した方式で走行した場合に、電車並の時速300km以上を出す事が可能である。この方式を採用している高速鉄道がフランスTGVドイツICEである。かつて「鴨緑江」に存在した日満国境を経て、日本と陸続きであった旧満州国地域における鉄道特急あじあ号は高出力によって第二次大戦前に時速200kmを超えるスピードを出していたとされる。僅かながら保存鉄道として蒸気機関車の運行が続いている。日本では大井川鉄道あおなみ線の事例が知られているが、有名な零戦こと零式艦上戦闘機が2016年に日本での里帰り飛行を成功させた。欧米では第二次大戦中のレシプロ機(戦闘機及び爆撃機)の動態展示も盛んであり、鉄道でも多数の蒸気機関車が運航されている。

自動車においては、最初期に電気自動車や蒸気自動車が検討・試作されたものの、その歴史を通じて内燃レシプロエンジンが主流である。一時期ロータリーエンジンの採用が検討されたが、結局は主流とならなかった。またガスタービンエンジンの自動車も実用化には至っていない。電気自動車も特殊用途に限られた。近年に至って電気自動車が一般向として実用化されたが、これが主流となりレシプロエンジン車を置き換えていくかどうかは未知数である。ガソリン車に関しては、一部の東側諸国関係者などから、多くの陰謀論が唱えられる事があるが、アポロ計画に関する陰謀論と同様に全く根拠がない反米主義者の扇動である場合が多いため注意が必要とされる。ガソリン車の最高速度は以前から議論されているが、一般人が安全を保って運転できる速度は最高でも時速200km以下であるといわれている。

発電機やポンプなどの定置動力としては、20世紀初頭は蒸気レシプロエンジンが主流であり、他に選択肢が無い状況であった。その後、それ以外の動力機関が普及していき、蒸気レシプロエンジンは完全に廃れている。発電など大規模用途としては蒸気タービンが主流であるが、それ以外では内燃レシプロエンジンが主流となっている。ただ、20世紀末よりガスタービンエンジンが伸長しており、内燃レシプロエンジンを置き換えつつある。

なお、上述の通り、最初期のレシプロ蒸気機関は、直線的動力として利用するもの、かつ往だけの片道通行の利用だった。現在においては、航空母艦用の蒸気カタパルトが、これに該当するといってよい。将来的にはリニアモーター式が検討されており、既に地上実験ではリニアモーター式(電磁カタパルト)が、F-35新型戦闘機を使用しての短距離陸実験に成功している。

レシプロエンジンの仕組み[編集]

シリンダー内の動作流体(水蒸気や燃焼ガスなど)の加熱方法により外燃機関のレシプロエンジンと、内燃機関のレシプロエンジンの二つに大きく分類される。それぞれの仕組みの概略は以下のようになる。

外燃機関のレシプロエンジン[編集]

外燃機関のレシプロエンジンには蒸気機関スターリングエンジンがある(詳細はそれぞれの項目を参照)。

蒸気機関では高温の蒸気を駆動に使う。初期はトーマス・ニューコメンが作った大気圧の負圧を利用する方法がある。 当時から高い蒸気圧を利用することは考えられていたが、まだ工作技術が十分でなかった頃はそれに耐えうるボイラーを作ることができなかったため負圧を利用していた。

ニューコメンの蒸気機関は効率が悪かったため、それをジェームズ・ワット復水器を組み合わせて使うことで効率を上げ、産業革命の原動力となり、石炭を当時の主要なエネルギー源にした。

ワットが老いた頃は工作技術も上がり、高い圧力に耐えられるボイラーやシリンダーが作られる。するとその効率の良さから、負圧を使った蒸気機関ではなく、そちらを用いて蒸気自動車蒸気機関車が広まった。

また、蒸気圧を高めて使う蒸気機関が現れて間もない頃は、シリンダーが蒸気圧に耐えられず爆発する事故が相次いだ。これを見たスコットランドの牧師ロバート・スターリングはより安全な熱機関を作ろうと、外燃レシプロ機関のスターリングエンジンを考案した。高出力には向かないが、理論上は非常に高い熱効率を持つ。ただし一般動力機関としては扱いにくい面もあってほとんど普及しておらず、むしろ空調等を目的に熱を移動させるヒートポンプシステムの分野でその原理が広く応用されている。

内燃機関のレシプロエンジン[編集]

内燃機関の例
(DOHC4ストロークエンジン)
  (1)吸入
  (2)圧縮
  (3)燃焼・膨張
  (4)排気

動作の仕組みはおよそ以下のようになり、これを繰り返す、すなわちピストンが往復動することで、エンジンは連続的に回転動力を出力する。

外部からは、ガソリンプロパンガス軽油アルコール等の燃料と、それに対し適当な量の空気とをエンジン内部へ供給する。液体の燃料は、気化しやすいように微粒化(霧化)しながら使用される。 まず、シリンダー内に吸入した空気を、ピストンにより圧縮する。その圧縮空気中で燃料に何らかの方法で着火し、シリンダー内で急速に(時には爆発的に)燃焼させる。充分な強度を持つシリンダー内で、高温高圧の燃焼ガスが膨張してピストンを押し出す力となる。この力を受けたピストンの直線的な運動を、コネクティングロッド(コンロッド)とクランクシャフトとにより回転運動に変える。燃焼ガスは充分に膨張したのち、外部に排気される。

内燃機関のレシプロエンジンは様々に分類されるが、主な分類法を列記すると以下のようなものがある。

点火方法による分類[編集]

作動方式(行程数)による分類[編集]

気筒配置・気筒数による分類[編集]

一般に気筒の配置と数とを組み合わせて呼称される。例えば直列配置の4気筒は「直列4気筒」、星型配置の14気筒であれば「星型14気筒」などと呼ばれる。
直列 V型 (狭角V倒立V) 水平対向 星型 W型 X型 U型 H型 その他
単気筒
2気筒 直列 V型 水平対向 タンデム2
3気筒 直列 V型 W型
4気筒 直列 V型、狭角V型 水平対向 スクエア4 H型
5気筒 直列 V型、狭角V型 星型
6気筒 直列 V型狭角V型 水平対向 U型
7気筒 星型
8気筒 直列 V型 水平対向 WR型 X型 U型 H型
9気筒 直列 星型
10気筒 直列 V型 水平対向
12気筒 直列 V型、倒立V型 水平対向 W型、WR型 U型
14気筒 直列 星型
16気筒 V型 水平対向 WR型 X型 U型 H型
18気筒 V型 星型 W型
20気筒 V型
24気筒 V型 X型 U型 H型
28気筒 星型

バルブやカムの種類・配置による分類[編集]

補機類[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 日本語訳でフリーピストン機関とされている事が多いが、英語のFree-piston engine(ドイツ語ではFreikolbenmaschine)とは別物なので注意が必要。

関連項目[編集]