レオーン4世

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レオーン4世
Leōn IV ho Khazaros / Λέων Δʹ ὁ Χάζαρος
東ローマ皇帝
Leo iv constantine vi coin.jpg
レオーン4世(左)と息子コンスタンティノス6世(右)
在位 775年 - 780年
出生 750年1月25日
死去 780年9月8日
配偶者 エイレーネー
子女 コンスタンティノス6世
王朝 イサウリア朝
父親 コンスタンティノス5世
母親 エイレーネー(チチャク
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レオーン4世“ハザロス”ギリシア語Λέων Δʹ ὁ Χάζαρος, Leōn IV ho Khazaros750年1月25日 - 780年9月8日)は、東ローマ帝国イサウリア王朝の第3代皇帝(在位:775年 - 780年)。同王朝第2代皇帝コンスタンティノス5世の子。「ハザロス」は母エイレーネーハザールの出身だったためにちなむあだ名。

イコン破壊運動(イコノクラスム)に対して寛容な態度を取ったため、イコン破壊運動は鳴りを潜めた。病弱で[1]、780年に30歳という若さで死去。残された子供のコンスタンティノス6世が幼かったため、レオーンの皇后のエイレーネーが摂政として実権を掌握した[2]

脚注[編集]

  1. ^ 井上、p. 116
  2. ^ 井上、p. 117

参考文献[編集]

  • 井上浩一 『ビザンツ皇妃列伝』 筑摩書房、1996年