レオン・パネッタ
| レオン・パネッタ Leon Panetta | |
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国防省長官時代(2011年6月) | |
| 生年月日 | 1938年6月28日(80歳) |
| 出生地 |
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| 出身校 | サンタクララ大学 |
| 前職 | 弁護士 |
| 所属政党 |
(共和党(-1971)→) 民主党(1971-) |
| 称号 | 陸軍称揚章 |
| サイン |
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| 在任期間 | 2011年7月1日 - 2013年2月27日 |
| 大統領 | バラク・オバマ |
| 在任期間 | 2009年1月20日 - 2011年6月30日 |
| 大統領 | バラク・オバマ |
| 在任期間 | 1994年7月17日 - 1997年1月20日 |
| 大統領 | ビル・クリントン |
| 在任期間 | 1993年1月21日 - 1994年7月17日 |
| 大統領 | ビル・クリントン |
| 在任期間 | 1989年1月3日 - 1993年1月21日 |
レオン・エドワード・パネッタ(英語: Leon Edward Panetta、1938年6月28日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士。
生い立ち[編集]
カリフォルニア州モントレーでイタリア移民の子として生まれた。1960年、サンタクララ大学政治学専攻卒。1963年、同大学ロー・スクール法務博士課程修了。1963年に陸軍に入隊し、情報将校となる。1963年少尉に昇格。1966年に陸軍称揚章を獲得し中尉に昇格、同年に除隊。
政治経歴[編集]
もともとは共和党員で、1966年から1969年まで、共和党穏健派の連邦上院議員トーマス・カッチェルの政策秘書を務める。1969年にロバート・ハチソン・フィンチ保健教育福祉長官の補佐官となる。その後、保健教育福祉省公民権課長に任命されたが、翌1970年に辞職した。
1970年から1971年までやはり共和党穏健派であったジョン・リンゼイニューヨーク市長の補佐官を務めた。1971年にはモントレーに帰郷し、法律事務所を共同経営しながら弁護士活動に従事。この頃民主党員に転向した。
1977年から1993年まで、カリフォルニア州16選挙区から民主党の連邦下院議員を務めた。予算・教育・公民権などに取り組む。1979年から予算委員会に所属し、1989年から1993年まで予算委員長を務める。
政権歴[編集]
その後、民主党ビル・クリントン政権下の1993年から1994年まで行政管理予算局局長を務め、1994年には大統領首席補佐官に抜擢され1997年まで務めた。
CIA長官[編集]
2009年1月、バラク・オバマ大統領からCIA長官に指名された。
陸軍退役後は、内政畑を歩んできたことから、ジャーナリストやCIAなどアメリカの各情報機関では経験不足を懸念する声があがった。
一方で、組織をまとめる能力は高く評価されているうえ、クリントン大統領の首席補佐官時代には、CIAのブリーフィングに定期的に出席していたことから、CIA長官としての力量には問題はないという声もあり、イラク人虐待問題などで失墜したCIAの信頼回復を期待された。
国防長官[編集]
2011年4月、バラク・オバマ大統領から国防長官に指名され、2011年6月21日にアメリカ合衆国連邦議会上院本会議でCIA長官の時と同じく、全会一致で承認された[1]。7月1日よりロバート・ゲーツに代わって国防長官に就任した。
著作[編集]
脚注[編集]
- ^ パネッタ米国防長官を承認 上院が全会一致 産経新聞 2011年6月23日閲覧
外部リンク[編集]
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代: リチャード・ダーマン |
アメリカ合衆国行政管理予算局長官 1993年1月21日 - 1994年10月 |
次代: アリス・リブリン |
| 先代: マック・マクラーティ |
アメリカ合衆国大統領首席補佐官 1994年7月17日 - 1997年1月20日 |
次代: アースキン・ボウレス |
| 先代: マイケル・ヘイデン |
アメリカ合衆国中央情報局長官 2009年 - 2011年 |
次代: デヴィッド・ペトレイアス |
| 先代: ロバート・ゲーツ |
アメリカ合衆国国防長官 2011年 - 2013年 |
次代: チャック・ヘーゲル |
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