レオポルト1世 (オーストリア公)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
レオポルト1世
Leopold I.
オーストリア公
Leopold1mini.jpg
称号 シュタイアーマルク
出生 (1290-08-04) 1290年8月4日
死去 (1326-02-28) 1326年2月28日(35歳没)
配偶者 カタリーナ・ディ・サヴォイア
子女 カタリーナ
アグネス
父親 ローマ王アルブレヒト1世
母親 エリーザベト・フォン・ケルンテン
テンプレートを表示

レオポルト1世(Leopold I., 1290年8月4日 - 1326年2月28日)は、ハプスブルク家オーストリア公およびシュタイアーマルク公(在位:1308年 - 1326年)。ローマ王アルブレヒト1世と王妃エリーザベト・フォン・ケルンテンの三男で、兄にボヘミアルドルフ1世(オーストリア公ルドルフ3世)、ローマ王フリードリヒ3世(美王、オーストリア公フリードリヒ1世)が、弟にオーストリア公を継いだアルブレヒト2世(賢公)とオットー(陽気公)がいる。

概要[編集]

1308年5月に父アルブレヒト1世が従兄弟のヨーハン・パリツィーダに暗殺されると、すでに長兄ルドルフはすでに死去していたため、次兄フリードリヒとともに所領を共同統治した。ハプスブルク家の旧領であるスイスの所領の統治にも当たったが、1315年11月15日モルガルテンの戦いでスイスの農民兵に大敗した。

レオポルトは、次兄フリードリヒが神聖ローマ皇帝選出を求めてルートヴィヒ4世対立王に立つのを支援し、1322年9月28日ミュールドルフの戦い英語版ドイツ語版でフリードリヒが捕虜となった後は和睦に尽力した。

子女[編集]

1315年にサヴォイア伯アメデーオ5世の娘カタリーナ(1284年 - 1336年)と結婚し、2女をもうけた。

先代:
アルブレヒト1世
オーストリア公
1308年 - 1326年
フリードリヒ1世と共同統治
次代:
フリードリヒ1世
(単独統治)