レオニード・コハンスキ
ナビゲーションに移動
検索に移動
| レオニード・コハンスキ | |
|---|---|
| 生誕 | 1893年10月25日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 1980年1月12日(86歳没) |
| 学歴 | ライプツィヒ音楽院 |
| ジャンル | クラシック音楽 |
| 職業 | ピアニスト |
| 担当楽器 | ピアノ |
レオニード・コハンスキ(Leonid Kochanski, 1893年10月25日 - 1980年1月12日)は、ロシアオリョール出身のポーランド(のちフランス)人ピアニスト・ピアノ教育家。兄はヴァイオリニストのパウル・コハンスキ。
経歴[編集]
1910年、ライプツィヒ音楽院を首席で卒業。同年初の独奏会を開催。ドイツ各地で演奏会を重ねたのち、兄パウルの伴奏者として世界音楽旅行。1919年、ベルリンのロシア音楽院の教授に就任。1925年、レオニード・クロイツァーの推薦により来日し、1931年まで東京音楽学校で教授を務める[1]。日本を離れてからは、主にフランスに居住し、演奏会開催と教育活動を継続。1953年、再度来日。1966年まで武蔵野音楽大学でピアノ科教授として教鞭をとる。
河上徹太郎、諸井三郎、井口秋子、井口基成、井口愛子、中村紘子らが師事した。
参考文献[編集]
- 河上徹太郎著『私の詩と真実』新潮社、1954年
- 『標準 音楽辞典』音楽之友社、1966年