ルーベン・ウッド

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ルーベン・ウッド(Reuben Wood1792年または1793年 - 1864年10月1日)はアメリカ合衆国オハイオ州民主党の政治家。第21代オハイオ州知事。

ウッドはバーモント州ラトランド郡ミドルタウン近くで生まれた。カナダでおじと暮らしている間、ウッドは米英戦争初めにカナダ軍へと徴兵されるが、オンタリオ湖を越えて逃亡し一時アメリカ軍に入る。1816年に妻や幼い娘とともにオハイオ州クリーブランド(当時は600人程の小さな村)に移った。弁護士として働くため、僅か1ドル25セントだけ持ってたどり着いたとも言われる。ウッドはオハイオ州上院議員を1825年から1830年まで務める。1832年にオハイオ州最高裁判所の判事に選ばれ、1833年から1847年まで1期7年2期分を務める。3期目はホイッグ党の候補者に阻まれた。ウッドは1850年後半にオハイオ州知事に就任。最初の任期は新しい州憲法の履行によって途切れ、1851年後半に再選され、1852年前半に再就任。1853年7月13日、チリバルパライソ駐在アメリカ領事となるために辞職。クリーブランドへと退く1855年までその地位に留まった。

先代:
シーバリー・フォード
オハイオ州知事
1850年 - 1853年
次代:
ウィリアム・メディル