ルサールカ

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ポーランドの画家 Witold Pruszkowski が描いたルサールカ(1877年)。

ルサールカ[1][2][3][4][5] (: Rusałka、ルサウカ、: Rusalka: Русалка: Rusalka、ルサルカ[6]) は、スラヴ神話に登場する水の精霊[6]。精霊というよりは幽霊のようなもので、若くして死んだ花嫁[要出典]や水の事故で死んだ女性、洗礼を受ける前に死んだ赤ん坊などがルサールカになるという[7]ルサルカ[8]ルーサルカ[要出典]とも表記されるが、その名前は、古代スラヴ人のルサーリイという祭りに由来し、豊穣神としての一面もあると言われている[7]

概要[編集]

古代のスラヴ人にとっては森・川・沼などは不安や疑惑と共に恐れられる地形であり、ルサールカに関する伝承・信仰はスラヴ人に共通して存在している[9]
ルサールカは水の聖霊だが、海ではなく、川、湖、池といった、農民に身近な場所に住んでいる。[10] 19世紀ロシアの民俗学者イヴァン・カリンスキーは、「民衆の幻想によると、ルサールカは、水中に住む裸の生き物なのだ」と述べている。[11]

しかし、気候や地勢に合わせるようにその姿や性質が地方によって異なる[12]。ふつう、長い緑色の髪をした美しい娘である[13]。一方、北ロシアのルサールカは、青白い顔をした醜い妖怪のような姿で、緑色の髪と緑色のぎらつく目を持ち、巨大な乳房を垂らしているとされる[6]。また南ロシアではルサールカは妖艶で愛嬌もあるが、北ロシアでは嫉妬深く気まぐれ、且つ邪悪な性質と考えられていた[9]

ルサールカは季節によって住み処を変え、冬は川に、夏は森の中やそこに開けた空き地に住んだ[6]。死者の魂であるために、冬は冷たい水の底の暗がりに留まっており、季節が夏に向かうにつれて水温が高くなっていくと、死者達が住むとされる木の上に移るのである[14]

森の中では、月の明るい夜に歌や踊りで人間の若い男を魅了することもあった。人はこの邪悪なニンフに魅了されると水の中に引きずり込まれ、そのまま見えなくなったとされている[6]

同じく水の精霊であるヴォジャノーイの妻だとする説がある[7]

呼称について[編集]

ルサールカは地方によって呼称が異なることがあり、ドナウ河に周辺のスラヴ人からはしばしばヴィーラ[12]と呼ばれ、他の地方などではヴィルリ(ヴィリ、ウィリ、ウィリー)、ヴォレス[要出典]とも呼ばれる[注 1][注 2]

ルサールカには、他にもチェルトヴカ(冗談女)、シュトヴカ(冗談悪魔)、レスコトゥーハロスコトゥーハ(くすぐるもの)、キトカキトハ(誘拐者)といった呼称がある[6]

儀礼[編集]

6月はじめの聖霊降臨祭は、ロシアではトロイツァ(三位一体祭、復活祭後の第七日曜日)・セミーク(民間祭、復活祭後の第七木曜日)の週、またはルサールカの週(ルサーリナヤ・ニエージェリヤ、:Русальная неделя)、あるいは緑のスヴャートキ英語版と呼ばれる。 この時期に、ルサールカは水から上がると考えられ[15]、ルサールカのためのさまざまな儀礼が行われた。

儀礼には共通点がある。ルサールカに見立てた娘や藁人形を森から畑に連れ出す点である。 ルサールカは水に住むため、森から畑に連れてくることで、湿気を呼び、豊穣を祈る意味があったと考えられる[16]

ソビエト連邦時代の民俗学者ウラジーミル・プロップがロシアの儀礼の例を紹介している。

モギリョフ県では、ペトロフの日ユリウス暦6月29日)の第一日目の夕方、少女たちが集まり、花輪を編む。自分たちの中から一人、ルサールカ役の娘を選ぶ。選ばれるのは大柄でスタイルの良い、しっかりした少女である。他の娘たちはルサールカ役の娘を花やリボンで飾りたてる。 日が暮れたあと、白いサラファンと首飾り姿の娘たちは、ルサールカ役の娘を先頭に、歌い、手を取り合って畑に向かう。 畑につくと、若者たちも加わる。娘たちは若者に花輪をぶつけ、逃げ惑う。ルサールカ役の娘は他の娘を追いかけ、つかまえるとくすぐる[16]

また、ルサールカを送る儀礼が葬礼の形態をとることもある。

リャザン県では、聖霊降臨祭に続く日曜日に、ルサールカと呼ばれる人形とともに、輪舞が行われる。 その後、「ルサールカにお別れだ」と言って、人形を壊し、畑に蒔く[17]

ヴォロネジでは、「ルサールカを葬ろう」の言葉とともに、儀礼を行う。白衣のルサールカ人形が台に乗せられ、娘ひとりが僧の仮装をする。葬列の似姿である。 行列はライ麦畑に向かい、そこで人形をばらばらにする[17]

文化への影響[編集]

ルサールカの美しいイメージには、オーストリアの作曲家フェルディナント・カウアーによるオペラ『ドナウの妖精』 (:Das Donauweibchen )(1798年)が影響している。 この作は、ロシア語に訳され、カッテリーノ・カヴォスステパン・ダヴィドフの補筆により『レスタ、ドニエプルのルサールカ』(: Lesta dneprovskaya、:Леста, днепровская русалка)として1803年から1807年にかけて上演された。ルサールカ役は西ヨーロッパのニンフウンディーネに近い扮装をしていた。[18]

ルサールカを取り上げた芸術作品[編集]

イワン・クラムスコイ『ルサールカたち :Русалки』

音楽[編集]

文学[編集]

絵画[編集]


脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ バルカン半島のスラヴ人の伝承ではヴィーラ、ヴィーリィと呼ばれ、山姥の姿をしている[9]
  2. ^ ハリー・ポッターと炎のゴブレット』の原作にもヴィーラが登場する。また、バレエ『ジゼル』では恋に破れたヒロイン・ジゼルが死後にヴィリとなって登場する。

出典[編集]

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  1. ^ アレグザンスキー 1993中堀 2013ローズ 2003で確認した表記。
  2. ^ 『新版 ロシアを知る事典』728頁(中村喜和「民間信仰」の項。平凡社、2004年1月、ISBN 978-4-582-12635-8)で確認した表記。
  3. ^ 『世界神話事典』429頁(松村一男「スラヴの神話」の項。角川書店、1994年1月、ISBN 978-4-04-031600-0)で確認した表記。
  4. ^ 『世界の神話伝説 総解説』57頁(伊東一郎「スラヴの神話伝説」の項。自由国民社、2002年7月、ISBN 978-4-426-60711-1)で確認した表記。
  5. ^ 『ロシアの神話』(ワーナー, エリザベス著、斎藤静代訳、丸善〈丸善ブックス 101〉、2004年2月、ISBN 978-4-621-06101-5)で確認した表記。
  6. ^ a b c d e f ローズ 2003, p. 446
  7. ^ a b c 中堀 2013, pp. 575-576
  8. ^ 『図説・世界未確認生物事典』116頁(笹間良彦著、柏書房、1996年10月、ISBN 978-4-7601-1365-1)で確認した表記。
  9. ^ a b c 清水 1995, p. 48
  10. ^ プロップ 1966, p. 154
  11. ^ プロップ 1966, p. 154
  12. ^ a b アレグザンスキー 1993, p. 48
  13. ^ 伊東 1986, p. 352
  14. ^ アレグザンスキー 1993, p. 52
  15. ^ 伊東 1986, p. 332
  16. ^ a b プロップ 1966, p. 155〜157
  17. ^ a b プロップ 1966, p. 161,162
  18. ^ 伊東 1986, p. 352

参考文献[編集]

  • 伊東, 一郎 『スラヴ民族と東欧ロシア』 森安達也編、山川出版社〈民俗の世界史10〉、1986年6月。ISBN 634-44100-4。
  • プロップ, ウラジーミル 『ロシアの祭り』 大木伸一訳、岩崎美術社〈民俗民芸双書 9〉、1966年


関連項目[編集]