ルーカス・ポドルスキ

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2016年のポドルスキ
名前
本名 ルーカス・ヨーゼフ・ポドルスキ
Lukas Josef Podolski
愛称 ポルディ (Poldi[1])
プリンツ・ポルディ (Prinz Poldi[2])
ラテン文字 Lukas Podolski
ポーランド語 Łukasz Podolski
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
ポーランドの旗 ポーランド
生年月日 (1985-06-04) 1985年6月4日(32歳)
出身地 ポーランドグリヴィツェ
身長 180cm[3]
体重 80kg[3]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ヴィッセル神戸
ポジション FW / MF[1]
背番号 10
利き足 左足[1]
ユース
1991-1995 ドイツの旗 ユーゲント07ベルクハイムドイツ語版
1995-2003 ドイツの旗 ケルン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003 ドイツの旗 ケルンII 2 (0)
2003-2006 ドイツの旗 ケルン 81 (46)
2006-2009 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 71 (15)
2007-2008 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘンII 2 (0)
2009-2012 ドイツの旗 ケルン 88 (33)
2012-2015 イングランドの旗 アーセナル 60 (19)
2015 イタリアの旗 インテル・ミラノ (loan) 17 (1)
2015-2017 トルコの旗 ガラタサライ 56 (20)
2017- 日本の旗 ヴィッセル神戸 5 (3)
代表歴2
2001-2002 ドイツの旗 ドイツ U-17 6 (2)
2002-2003 ドイツの旗 ドイツ U-18 7 (4)
2003 ドイツの旗 ドイツ U-19 3 (6)
2004 ドイツの旗 ドイツ U-21 5 (0)
2004-2017[4] ドイツの旗 ドイツ 130 (49)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年7月29日現在。
2. 2017年3月22日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルーカス・ポドルスキ: Lukas Podolski[注 1], 本名 : ルーカス・ヨーゼフ・ポドルスキ, : Lukas Josef Podolski, 1985年6月4日 - )は、ドイツサッカー選手ポーランドグリヴィツェ出身のポーランド系ドイツ人Jリーグヴィッセル神戸所属。元ドイツ代表。ポジションは主にフォワードを務めるが、サイドハーフトップ下としてもプレーする[1][8]。愛称はポルディ[1]

生い立ち[編集]

ポーランド南部のシロンスク県グリヴィツェでサッカー選手の父・ヴァルデマール・ポドルスキドイツ語版と、ハンドボール選手の母・クリスティナ・ポドルスカドイツ語版との間に生まれた[9][10]。ヴァルデマールは1970年代から1980年代初頭にかけてグリヴィツェのクラブでプレーした経験があり、クリスティナはハンドボールポーランド女子代表に選ばれた経験を持つ[9]。出身地のシレジア地方は1945年までドイツの領土だったが(旧ドイツ東部領土)、彼が2歳の時にポドルスキの一家が東方移民の末裔と認められて[11]、両親とともにドイツに移住した[1][11][12]

一家はノルトライン=ヴェストファーレン州ケルン近郊のベルクハイムドイツ語版という町に移り住んだが[10]、ドイツ国籍を取得したもののポーランド人であることを誇りに思い、家族とはポーランド語で会話したという[9]。また、出身地のサッカークラブであるグールニク・ザブジェのファンであり[12]、食事や音楽といった文化もポーランドのものを愛好した[9]

クラブ経歴[編集]

ケルン[編集]

ケルン時代のポドルスキ

ポドルスキは1991年ユーゲント07ベルクハイムドイツ語版に入団しサッカーを始めると[13]1995年1.FCケルンの下部組織に入団[14]2003年マルセル・コラー英語版に抜擢されて[15]、トップチームへの昇格を果たすと11月22日に行われたブンデスリーガ第13節のハンブルガーSV戦でデビュー[16]12月13日に行われたブンデスリーガ第16節のハンザ・ロストック戦で初得点を決めた[17]。初年度はリーグ戦18試合に出場し8得点を記録したが、チームはシーズンを通じて成績が低迷し2部リーグ降格という結果となった[18]。その一方でメディアからは「プリンツ・ポルディ」「1.FCポドルスキ」と称されるなどの人気選手となった[3]。2004-05シーズンに24得点をあげて得点王となり2部リーグ優勝と1部リーグ昇格へと導くと[19]、2005-06シーズンにはリーグ戦32試合に出場し12得点と、3季連続で二桁得点をあげる活躍を見せたがチームは17位に沈みふたたび2部リーグへと降格した[20]

バイエルン·ミュンヘン[編集]

ケルンとの契約は2008年まで残っていたが、ヴェルダー・ブレーメンやハンブルガーSVなどからオファーを受けると、最終的にU-21ドイツ代表時代のチームメイトであるバスティアン・シュヴァインシュタイガーの在籍するバイエルン・ミュンヘンへの移籍を選択[21]2006 FIFAワールドカップ開幕前の2006年6月1日、バイエルンへの移籍が発表された[22]。契約期間は2010年までの4年間で[21]、移籍金は1000万ユーロ(約14億4000万円)と推定されている[22][23]。ケルンの会長を務めるヴォルフガング・オヴェラートは「我々は彼をもう1年間引き留めることができたが、問題は2部リーグという舞台が彼に相応しいのかということだ。バイエルンでチャンスを掴むことは容易ではないがルーカスは過去20年間においてドイツで最も偉大な才能を持つ選手であり、多くを学ぶ必要がある」と語った[23]

移籍初年度の2006-07シーズンはフェリックス・マガト監督の下でシーズン前半は控えに回ることが多く[24]、2006年10月には練習中にマルク・ファン・ボメルと接触した際に右足首を負傷し1か月欠場[25]、シーズン後半は監督がオットマー・ヒッツフェルトに交代したものの、2007年4月25日の練習中に左膝を痛め精密検査の結果、左ひざの軟骨を損傷していることが判明したため残りの試合を欠場することになった[26][27]。リーグ戦で22試合に出場し4得点に留まった[28]

2年目の2007-08シーズン、バイエルンはイタリア代表ルカ・トーニフランス代表フランク・リベリー[29]、ドイツ代表のミロスラフ・クローゼを補強するなど大幅補強を実施[30]。ヒッツフェルト監督の下でブンデスリーガとDFBポカールの二冠を達成し自身として初のメジャータイトルを獲得したが、シーズンを通じてはトーニ、リベリー、クローゼの加入により出場機会が減少[31]。これに不満を持ったポドルスキは移籍を希望し、イングランドのマンチェスター・シティFCトッテナム・ホットスパーFC、イタリアのユヴェントスFC、ドイツのヴェルダー・ブレーメンやVfBシュトゥットガルト、さらに翌シーズンからの1部復帰が決定した古巣のケルンなどが関心を示した[32]

3年目の2008-09シーズンは元ドイツ代表監督のユルゲン・クリンスマンが監督に就任したがクリンスマンの下でもトーニとクローゼに次ぐ3番手の扱いを受けており、2008年11月には2008-09シーズン冬季の移籍市場の解禁と共にバイエルンを退団するとの意向を示すと[33]2009年1月19日に翌シーズンからのケルンへの移籍が決まった[34]

ケルンへの復帰[編集]

ケルンがポドルスキの獲得のために支払った移籍金は1000万ユーロ(約11億8400万円)と推定されているが[34]、サッカーファンとしても知られるF1ドライバーのミハエル・シューマッハはケルンの公式ホームページ上の広告スペース(875ユーロ、約10万8000円)分を購入する形で資金援助を行ったという[35]。契約期間は2013年までの4年間となっているが、契約内容には「ケルンがブンデスリーガ2部へ降格しない」との条件が含まれている[34]

2009年6月25日に入団会見を行い3シーズンぶりの復帰を果たしたが[36]、2009-10シーズンは27試合で2得点という成績に終わった。そのため元西ドイツ代表選手で指導者のウリ・シュタインドイツ語版は「ポドルスキを指導した全ての指導者に尋ねたところ、彼らがこれまでに関わった中で最も怠惰な選手だということが確認できた。彼は何もしていない」として批判をした[37][38]

2010-11シーズンはケルンの下部組織を指導していたフランク・シェーファードイツ語版が監督に就任[39]。ポドルスキはシェーファーからウインターブレイク中にキャプテンに任命されたことや[40]、シーズン途中からトップ下のポジションに固定され守備の負担を軽減されたこともあって復調を果たし[39]、リーグ戦後半だけで16試合で9得点をあげる活躍を見せ[40]、シーズン通算では32試合に出場し13得点を記録した。

2011-12シーズンはノルウェーストーレ・ソルバッケンが監督に就任。ソルバッケンの下ではキャプテンの任を外されたが[41]、リーグ戦29試合に出場し18得点を記録した。その一方でチームはシーズンを通じて下位に低迷し17位という成績で2部リーグに降格した[42]

アーセナル[編集]

アーセナル時代のポドルスキ

2012年4月30日、イングランド・プレミアリーグアーセナルFCへの移籍が発表された[43][44]。移籍金は約1300万ユーロ(約13億7500万円)と推定されている[43]

同年8月18日に行われたサンダーランドAFC戦でリーグ戦デビューを果たし[45]9月2日に行われたリヴァプールFC戦で初得点を決めた[46][47]。初年度の2012-13シーズンはリーグ戦では33試合に出場し11得点、UEFAチャンピオンズリーグ 2012-13では6試合に出場し4得点を記録するなど公式戦通算では42試合に出場し16得点を記録した[48]

2年目の2013-14シーズンは2013年8月27日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ 2013-14プレーオフのフェネルバフチェSK戦でハムストリングを負傷し長期間の離脱を余儀なくされたが[49]、同年12月26日に行われたウェストハム・ユナイテッドFC戦で復帰するとオリヴィエ・ジルーのアシストから得点を決めて勝利に貢献[50]。このシーズンは怪我による離脱もありリーグ戦では20試合に出場し8得点、シーズン通算でも27試合に出場し12得点という結果となったが[48]、リーグタイトルは逃したもののFAカップ決勝のハル・シティAFC戦では61分まで出場し、アーセナルでの初タイトルを獲得した[48]

2014-15シーズンは2014年10月22日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ 2014-15 グループリーグRSCアンデルレヒト戦で1得点[51]12月9日に行われたガラタサライSK戦で2得点をあげる活躍を見せた[52]。一方、プレミアリーグでは12月末の時点で先発出場は1試合もなく7試合に交代出場したのみに終わったことから[53]、出場機会の減少を理由として移籍の可能性を模索するようになった[53][54]。これに対してイタリアのSSCナポリ[55]インテル・ミラノ[56]、スペインのアトレティコ・マドリード[57]、ロシアのディナモ・モスクワなどが関心を示したが[58]、監督のアーセン・ベンゲルはポドルスキの移籍を否定した[55][53][59]。また、ポドルスキの古巣のケルンは500万ユーロと推定される移籍金を支払うことは不可能であるとして獲得の可能性を否定した[60]

インテル・ミラノ[編集]

2015年1月5日、イタリア・セリエAのインテル・ミラノに期限付き移籍することが発表された[61][62]。契約期間は2015年6月までとなっている[61]。同年1月6日に行われたユヴェントス戦でデビューを飾り[63]4月28日に行われたウディネーゼ戦で初得点を決めたが[64]、同時期にバイエルン・ミュンヘンからレンタル移籍をしたジェルダン・シャチリと比べて結果を残せず[65]、契約期間満了後に『ビルト』紙の取材に対して「インテルへの移籍は失敗だった」と語った[66]

ガラタサライ[編集]

2015年7月4日、トルコ・スュペル・リグのガラタサライSKに完全移籍することが発表された[67][68]。移籍金は250万ユーロ(約3億4000万円)[68]。契約期間は3年で、1年の契約延長オプションが付いている[68]。2015-16シーズンのガラタサライは2016年5月19日に行われたカイセリスポル戦の結果、リーグ戦6位となったが自身は通算13得点を記録し[69][70]、同年5月26日に行われたテュルキエ・クパス決勝のフェネルバフチェSK戦では決勝点を決めタイトル獲得に貢献した[71]

2016-17シーズンは膝や太腿の怪我により出遅れ、リーグ戦では2017年3月の時点で15試合4得点に留まった[72]。一方、カップ戦では好調なプレーを維持し、2016年10月25日に行われたデルシムスポルトルコ語版戦でハットトリック[73]、2017年1月17日に行われたエラズースポル戦では2得点[74]、同年1月24日に行われたエルズィンジャンスポルトルコ語版戦では5得点をあげる活躍を見せた[75][76]

2017年6月3日に行われたコンヤスポル戦が最後の試合出場となった[77]。試合は2-1のスコアでガラタサライが勝利し、リーグ4位という成績でシーズンを終えた[77]。ガラタサライでの主な成績はスュペル・リグ56試合出場20得点、テュルキエ・クパス9試合出場12得点、テュルキエ・スペル・クパストルコ語版2試合出場となっている[78]

ヴィッセル神戸[編集]

2016年12月頃よりポドルスキの移籍報道が飛び交うようになり、来期の移籍先としてヴィッセル神戸北京国安足球倶楽部の名前が挙がった[79]。 一時は北京国安への移籍が秒読み段階にまで入っていたが[80]、「ポドルスキはPM2.5による有害スモッグを理由に北京移籍を躊躇っている」と言われ、中国メディア『捜狐体育』は移籍先が広州恒大淘宝足球倶楽部になると報じた[81]

2017年1月16日、複数のドイツメディアがポドルスキの神戸移籍を報じた[82]。当初はトルコでのシーズン終了後に3年総額18億円での移籍と報じられていた[83]が、ガラタサライが2月27日に行われたベシクタシュJKとのダービーに敗れた翌2月28日にトルコ地元紙『フォトマチトルコ語版』がポドルスキがガラタサライを退団し神戸に移籍すると報じた。神戸は2月25日のJ1リーグ開幕戦にてFWレアンドロが全治半年の怪我を負い、前年の得点王を欠いての戦いを強いられることになっていた[84]。同『アクシャムトルコ語版』も「ポドルスキは今日チームメートに別れを告げ、日本でキャリアを続ける」と報じた[85]

3月2日、神戸が公式に移籍を発表した[86]。移籍金は260万ユーロ(約3億1千万円)で[87]、移籍時期については当初報じられた通りトルコでのシーズン終了後になった[88]。『ケルナー・シュタット=アンツァイガードイツ語版』によれば契約期間は2年半で神戸からポドルスキに支払わられる給与総額は手取りで1900万ユーロ(約23億円)、年俸に換算すると760万ユーロ(約9億6千万円)と推定される[87]

7月6日、新加入会見を行い[89]、チームに合流すると、7月22日に行われたプレシーズンマッチのベガルタ仙台戦で日本デビューを飾った[90]。7月30日に行われたJ1第19節・大宮アルディージャ戦でJ1デビューを果たし、2得点を挙げてチームの勝利に貢献した[91]

代表経歴[編集]

ポドルスキは2001年にU-17ドイツ代表に選出されたことを皮切りに各年代の代表に招集され、2004年にはバスティアン・シュヴァインシュタイガーらと共にU-21ドイツ代表としてUEFA U-21欧州選手権2004に出場したがグループリーグで敗退した[92]。ポドルスキはポーランド国籍も有しているためポーランド代表としてプレーすることも可能だったが、ポーランドサッカー協会は国外に在住するポーランド国籍の選手の招集について関心を示すことはなかった[93]

2004年6月、ルディ・フェラーが監督を務めるドイツ代表パウル・フライアーの代役として初招集されると[94]6月6日に行われたハンガリー代表との国際親善試合において74分にフレディ・ボビッチとの交代で出場し代表デビューをした[4][95]。さらにポルトガルで開催されたUEFA EURO 2004の最終代表メンバーに選出され[1]6月23日に行われたグループリーグ最終戦のチェコ代表戦に出場した[4][96]

フェラーの後任として監督に就任したユルゲン・クリンスマンの下でも引き続き代表メンバーに招集され、同年12月21日に行われたタイ代表戦で初得点を記録[4]2005年6月に行われたFIFAコンフェデレーションズカップ2005の代表メンバーに選出されると、4試合に出場し3得点をあげる活躍を見せ同国の3位入賞に貢献した[4]

2006 FIFAワールドカップ[編集]

2006年のポドルスキ

地元ドイツで開催された2006 FIFAワールドカップでは、同じポーランド系のミロスラフ・クローゼと2トップを組み攻撃陣を牽引[1][97]。2006年6月20日に行われたグループリーグ最終戦のエクアドル代表戦では57分に右サイドを突破したベルント・シュナイダーのクロスを受けて3点目のゴールを決め[98]、決勝トーナメント1回戦のスウェーデン代表戦では4分に相手キーパーのアンドレーアス・イサクソンが弾いたボールをゴールに流し込み先制すると、12分にはクローゼとのパス交換からゴール前に飛び出し2点目のゴールを決め2-0の勝利に貢献[99]。ポドルスキはこの大会で全7試合に出場し3得点をあげると、ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドやアルゼンチンのリオネル・メッシやスペインのセスク・ファブレガスらを抑えて国際サッカー連盟 (FIFA) が選ぶ最優秀若手選手賞を受賞した[97]。選考理由についてFIFA技術委員会委員長のホルガー・オジェックは「ポドルスキは3得点だけでなく、ドイツ攻撃陣の重要な役割を担った。彼はクローゼとの相互理解を示し、両者は非常に効果的なコンビネーションを形成した」と語った[97]

UEFA EURO 2008[編集]

クリンスマンの後任として監督に就任したヨアヒム・レーヴの下でも引き続き代表メンバーに招集され、2006年9月26日に行われたUEFA EURO 2008予選サンマリノ代表戦では自身としては1試合最多となる4得点をあげる活躍を見せたが[100]、所属クラブのバイエルン・ミュンヘンでの低調なパフォーマンスや[101]、同じポジションを務めるマリオ・ゴメスの台頭もあり[102]2008年6月にオーストリアスイスで共同開催されるUEFA EURO 2008の大会直前にはレギュラーの座は確かなものではなかった[103]

グループリーグでは4-4-2フォーメーションの2トップの一角をゴメスに譲り左サイドハーフとして先発し、初戦のポーランド代表戦では、20分にゴメスからのパスに反応したクローゼがゴール前へ折り返したボールを冷静に流し込み先制すると、72分にはクローゼのキックミスしたボールに反応して強烈なボレーシュートを決め2-0の勝利に貢献した[104]。ドイツ代表は欧州選手権では1996年の優勝以来不振が続いていたが、ポーランド戦の勝利は1996年大会決勝のチェコ代表戦以来のことで、1試合2得点も同決勝でのオリバー・ビアホフ以来のこととなった[104]。第2戦のクロアチア代表戦は1-2と敗れたものの、79分に相手DFがクリアしたボールを第1戦と同様にボレーシュートで決めた[105]。決勝トーナメントでは4-2-3-1フォーメーションに変更されたがポドルスキはグループリーグと同様に左サイドハーフを担当。準々決勝のポルトガル代表戦では22分にミヒャエル・バラックのスルーパスに抜け出し左サイドを突破すると、ゴール前に高速クロスを供給しシュヴァインシュタイガーの先制点をアシスト[106]。準決勝のトルコ代表戦では26分に左サイドの突破からシュヴァインシュタイガーの同点ゴールをアシストした[107]。決勝ではスペイン代表に敗れ優勝を逃したものの、得点ランキングではロシアのロマン・パヴリュチェンコと並んで2位となり大会終了後にはシルバーシューを受賞[108]欧州サッカー連盟 (UEFA) 技術委員による大会優秀選手に選ばれた[108][109]

2010 FIFAワールドカップ[編集]

2010 FIFAワールドカップ準々決勝・アルゼンチン戦でのポドルスキ。左隣はメスト・エジル

2008年9月より始まった2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選においても主力を担い9月6日に行われたリヒテンシュタイン代表戦では通算30得点目を記録[108]。23歳3ヶ月と2日での記録達成はドイツ代表として史上最年少記録であり、ブラジルのペレロナウド、スウェーデンのスヴェン・リデル英語版、ハンガリーのフェレンツ・プスカシュシャーンドル・コチシュ、トリニダード・トバゴのスターン・ジョンの記録に続いた[108]。クローゼの7得点に次ぐ6得点をあげて予選突破に貢献したが、一方で2009年4月1日に行われた同予選のウェールズ代表戦においてミヒャエル・バラックから戦術的な注意を受けたことに対して立腹し、平手打ちをする騒動を起こした[110]。バラックは試合後に「私はキャプテンとして戦術面の問題のことで注意をした。彼はまだ若く学習しなければならないことは多い。彼はこのことを受け入れなければならない」と語り[110]、ポドルスキは過剰な反応だったとして謝罪した[111]ドイツサッカー連盟 (DFB) は処罰を見送る方針だったが国内メディアの批判を受けて5000ユーロの罰金を科した[111]

2010年南アフリカ共和国で行われる本大会の代表メンバーに選出。グループリーグ初戦のオーストラリア代表戦では8分に、右サイドからペナルティエリア内に侵入したトーマス・ミュラーの折り返しをクローゼがスルーしたボールを左足で決め先制点を挙げると、68分にはシュヴァインシュタイガーとのパス交換から中央を突破しミュラーの得点をアシストし4-0と勝利した[112]。グループリーグ第2戦のセルビア代表戦では後半にメスト・エジルのアシストからの2度の決定機を外し、60分にはネマニャ・ヴィディッチがペナルティエリア内でハンドの反則を犯したことにより獲得したPKをヴラディミル・ストイコヴィッチに阻まれ0-1と敗れたが[113]、決勝トーナメント1回戦のイングランド代表戦では32分に右サイドでのパス交換から抜け出したミュラーからの折り返しを、左サイドに開いた位置からエリア内へ走り込んだポドルスキが決め2点目の得点を挙げるなど4-1と勝利[114]。準々決勝のアルゼンチン代表戦では68分にミュラーのポストプレーから左サイドのペナルティエリア内に侵入、中央に位置するクローゼの得点をアシストするなど4-0と勝利[115]。準決勝のスペイン戦にも出場したが0-1と敗れ、3位決定戦のウルグアイ代表戦は風邪の影響もあり出場機会はなかった[116]

UEFA EURO 2012[編集]

UEFA EURO 2012でのポドルスキ

2012年5月、ポーランドウクライナで共同開催されるUEFA EURO 2012の代表メンバーに選出されると[117]、グループリーグ3試合に先発出場し最終戦のデンマーク代表戦では国際Aマッチ100試合出場を達成[118][119]。デンマーク戦では19分にミュラーからゴメスへとつないだボールに素早く反応し先制点を挙げる活躍を見せた[118]。一方で準々決勝のギリシャ代表戦では若手選手のアンドレ・シュールレが左サイドのポジションで起用されたため出場機会はなく[120]、準決勝のイタリア代表戦では先発メンバーに復帰したものの45分間の出場のみでマルコ・ロイスと交代、試合も1-2で敗れた[121]。優勝候補と目されながら準決勝敗退という結果に終わり[122]、ポドルスキ自身も周囲の期待に反するパフォーマンスに終わったことから、代表OBのトーマス・ドルは「準決勝の舞台では最良の人選を行わなければならない。イタリア戦では勝者のメンタリティを欠いていた」とレーヴの起用法を批判し、同じく代表OBのトーマス・ヘルマーは「ポドルスキは準々決勝のギリシャ戦を欠場したにもかかわらず、イタリア戦では変化がなかった。全く理解ができない」と批判した[123][124]

2014 FIFAワールドカップ[編集]

2013年アメリカ合衆国マイアミ行われたエクアドル代表との親善試合ではキックオフ直後のボールにチェイシングを掛け、開始9秒という代表最速記録で先制するなど2得点をあげて勝利に貢献した[125]。その一方でEURO 2012以来、同じポジションを務めることができるシュールレやロイスらの台頭もありドイツ代表での不要論も沸き起こったが[125][126]、レーヴ監督は「彼はこれまで何度も重要な仕事をしてきた。チーム内に競争はあるが、今も彼は必要不可欠な選手だ」として擁護した[126]

優勝トロフィーを掲げるポドルスキ(前列右から2人目)。自身は怪我の影響もあり2試合の出場に止まった。

2014年6月2日ブラジルで行われる2014 FIFAワールドカップの代表メンバーに選出され[127]6月6日に行われたアルメニア代表との国際親善試合では左足首を負傷したロイスに代わって交代出場すると1得点3アシストの活躍を見せ6-1と勝利した[128][129]。グループリーグ初戦のポルトガル代表戦では途中交代で出場し、最終戦のアメリカ代表戦では先発出場をしたが太腿の筋肉を痛めたこともあり[130][131]、その後は欠場した。この大会でドイツは24年ぶり4回目の優勝を成し遂げたが、ポドルスキは2試合で53分間の出場という結果となった[132]

大会後、フィリップ・ラームペア・メルテザッカーや長年に渡ってコンビを組んだクローゼが代表からの引退を表明したが、ポドルスキは「まだハングリーだ。ワールドカップのタイトルという望みを超えるものは存在しないが、今でも私はドイツ代表の試合に大きな喜びを感じている。ブラジルで出場機会がなく代表に留まることが不可能と感じていたら引退を検討するべきだったが、そうは感じていない」として代表を続ける意向を示したが[133]2015年には『ビルト』紙の取材に対して「欧州選手権が最後の主要な大会になる」との意向を示した[134]

UEFA EURO 2016と引退[編集]

2016年5月31日フランスで開催されるUEFA EURO 2016の代表メンバーに選出された[135]。同年6月26日に行われた決勝トーナメント1回戦のスロバキア代表戦に出場し[136]、試合は3-0でドイツが勝利したがこれが最後の国際大会出場となった[137]

同年8月15日、ドイツ代表からの引退を発表した[138][139]。友人のシュヴァインシュタイガーとともに8月31日に行われる国際親善試合のフィンランド代表戦において引退試合が行われることになったが、怪我のため出場を取りやめ、後日改めて引退試合が行われることになった[140]

2017年3月17日、国際親善試合のイングランド代表戦(同22日)と2018 FIFAワールドカップ・予選アゼルバイジャン代表戦(同26日)に臨む代表に選出された[141]。すでに代表からの引退を表明しているポドルスキにとっては、イングランド戦が代表引退試合となった[141]。試合は69分にポドルスキがミドルシュートを決め1-0のスコアでイングランドに勝利、通算記録を130試合出場49得点として13年間の代表でのキャリアを終えた[142][143][144]

人物[編集]

プレースタイル[編集]

UEFA EURO 2012でポルトガル代表のMFナニとマッチアップするポドルスキ

左足から放たれる強力なシュートが持ち味であり、スピードを生かした縦への突破からゴール前の味方選手に対してライナー性の高速クロスを供給するなどチャンスメイク能力も高い[145]。ポジションはセンターフォワード、トップ下、左右のサイドハーフを務めることが可能で[8][146]、サイドで起用された際には「囮のフォワード」としての役割を担うが[8]、本人は中央でのプレーが最適と考えている[147]。その反面、「サイドでは常に上下動を繰り返さなければならず、守備面の約束事が増える」と語るように[147]守備意識が低くディフェンスを疎かにする傾向がある[8][148]

人となり[編集]

日常生活では人をからかうことを好み、真面目なのか不真面目なのかよくわからないタイプだという[9]。ドイツのタブロイド紙『ビルト』が2006年にドイツ代表を特集した際には「いつも冗談を言っている人」と紹介している[9]。ムードメーカーや[133]、サービス精神が旺盛な人物とも評されるが[9]、生意気な性格と見做されることもある[9]。その一方で「私の身体の中に二つの心臓が鳴り響いている」と語るなど[12]ドイツとポーランドのどちらの立場に立つのかを明確にアピールすることはない[11]2008年に行われたUEFA EURO 2008ではグループリーグでポーランド代表と対戦し、ポドルスキの2得点でドイツが勝利したが得点後のゴールパフォーマンスは自粛している[12]

試合では気性の荒さを見せることがあり、審判の死角をついて相手選手を故意に挑発し苛立たせることが度々ある[9]。2006年にスウェーデン代表と親善試合を行った際、試合後にスウェーデンのアンデシュ・スヴェンソンはポドルスキの姿勢を批判した[9]。また、2009年4月1日に行われた2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ウェールズ代表戦ではミヒャエル・バラックから試合中に叱責を受けたことに対して、暴言を吐き平手打ちをする騒動を起こしたが後に謝罪した[149]

私生活では一般女性と2004年より交際を始め2008年4月に一児をもうけた[150]2011年4月に入籍し[151]、同年6月にポーランドのカミオンナという村の教会で結婚式を行った[152]

その他[編集]

個人成績[編集]

クラブでの成績[編集]

出典[78][164][165]
クラブ成績 リーグ カップ[注 2] リーグ杯[注 3] UEFA/AFC[注 4] 通算
クラブ リーグ シーズン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
1.FCケルンII レギオナルリーガ北部 2002-03 1 0 1 0
2003-04 1 0 1 0
小計 2 0 2 0
1.FCケルン ブンデスリーガ 2003-04 19 10 1 0 20 10
2. ブンデスリーガ 2004-05 30 24 2 5 32 29
ブンデスリーガ 2005-06 32 12 1 0 33 12
小計 81 46 4 5 85 51
バイエルン・ミュンヘン ブンデスリーガ 2006-07 22 4 3 2 2 0 7 1 34 7
2007-08 25 5 4 0 0 0 12 5 41 10
2008-09 24 6 3 1 4 2 31 9
小計 71 15 10 3 2 0 23 8 106 26
バイエルン・ミュンヘンII レギオナルリーガ南部 2007-08 2 0 2 0
小計 2 0 2 0
1.FCケルン ブンデスリーガ 2009-10 27 2 4 1 31 3
2010-11 32 13 2 1 34 14
2011-12 29 18 2 0 31 18
小計 88 33 8 2 96 35
アーセナルFC プレミアリーグ 2012-13 33 11 2 1 1 0 6 4 42 16
2013-14 20 8 4 3 0 0 3 1 27 12
2014-15 7 0 0 0 1 0 5 3 13 3
小計 60 19 6 4 2 0 14 8 82 31
インテル・ミラノ セリエA 2014-15 17 1 1 0 18 1
小計 17 1 1 0 18 1
ガラタサライ スュペル・リグ 2015-16 30 13 4 2 1 0 8 2 43 17
2016-17 26 7 5 10 1 0 - 32 17
小計 56 20 9 12 2 0 8 2 75 34
ヴィッセル神戸 J1 2017
小計 -
合計 377 134 38 27 7 0 45 18 468 178

代表での成績[編集]

出典[4][164]


ドイツ代表 国際Aマッチ
出場 得点
2004 8 2
2005 12 8
2006 17 12
2007 7 2
2008 16 7
2009 9 6
2010 14 5
2011 12 1
2012 11 1
2013 5 2
2014 10 1
2015 5 1
2016 3 0
2017 1 1
合計 130 49

代表での得点[編集]

出典[4]

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

1.FCケルン
バイエルン・ミュンヘン
アーセナルFC
ガラタサライ

代表[編集]

ドイツ代表

個人[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ドイツ語発音: [ˈluːkas poˈdɔlskiː]ポーランド語表記はウカシュ・ポドルスキ[5]またはウーカシュ・ポドルスキ[6](Łukasz Józef Podolski[5][7] [ˈwukaʂ ˈjuzɛf pɔˈdɔlskʲi])。
  2. ^ FAカップDFBポカールコッパ・イタリアテュルキエ・クパス天皇杯全日本サッカー選手権大会を含む。
  3. ^ フットボールリーグカップDFLリーガポカールJリーグYBCルヴァンカップを含む。
  4. ^ UEFAチャンピオンズリーグUEFAヨーロッパリーグ(UEFAカップ)、AFCチャンピオンズリーグを含む。

出典[編集]

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外部リンク[編集]