ルイス・ヒル

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ルイス・ヒル(Lewis Hill、1919年5月1日 - 1957年8月1日[1])は、アメリカ合衆国実業家

ラジオ局「KPFA英語版」および「パシフィカ・ラジオ英語版」の共同設立者。ラジオ局「KPFA」はアメリカで初の、リスナーがスポンサーとなる形式のラジオ局であった。

経歴[編集]

1919年5月1日にカンザス州カンザスシティで誕生。父親は弁護士であり、石油会社をJPモルガンに売却する取引を仲介して財を成した。母親の弟は、フィリップス石油の創設者フランク・フィリップス英語版である。ルイスは優秀な成績であり公立学校では彼の能力に見合う教育を提供できなくなったことから、ミズーリ州レキシントンウェントワース陸軍士官学校英語版に入ることになった。後に彼の妻は陸軍士官学校での生活を「軽蔑していた」そうだが、大学の最初の2年間をここで過ごし、テニスのダブルスでミズーリ州のチャンピオンにもなった。その後、彼はスタンフォード大学に編集した。

スタンフォード大学に在学中の1937年、彼はクエーカーに興味を持ったことがきっかけで、平和主義の信念を持つようになった。第二次世界大戦中、彼は良心的兵役拒否者として文民公共奉仕英語版に従事した。1945年、彼はワシントンD.C.での職を辞め、カリフォルニア州バークレーに移住した。

1949年にラジオ局「KPFA英語版」を設立。そして同局を財政的に支援するため、パシフィカ財団英語版を立ち上げた[2]。その後、1957年に自殺するまでパシフィカの代表を務めた[3]

参考文献[編集]

  1. ^ Soong, C.S.. “A Conversation With Joy Hill”. 2008年5月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年8月15日閲覧。
  2. ^ Amy Goodman, "Democracy Now" April 15, 2009, interview with documentary filmmakers Veronica Selver and Sharon Wood. Retrieved August 2011
  3. ^ Whiting, John. “The Lengthening Shadow: Lewis Hill and the Origins of Listener-Sponsored Broadcasting in America”. 2021年8月15日閲覧。

外部リンク[編集]