ルイジアナピット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ルイジアナピット
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1985年3月31日
死没 2005年3月7日(20歳没)
ヴァリィフォージュ
ミユキカマダ
生国 日本の旗 日本北海道浦河町
生産 鎌田牧場
馬主 大島秀元
→橘八重子
調教師 中村好夫栗東
競走成績
生涯成績 32戦6勝
獲得賞金 1億5067万0000円
テンプレートを表示

ルイジアナピット日本競走馬繁殖牝馬1989年JRA賞最優秀5歳以上牝馬。おもな勝鞍に牝馬東京タイムズ杯阪神牝馬特別がある。

戦績[編集]

中央競馬で競走生活を送る。1987年7月19日札幌競馬場田原成貴を背にデビューし3着。その後勝ちきれないレースが続いたが、武豊に乗りかわった6戦目で勝ち上がり。その勢いで続く条件戦も制した。

翌年は、春のクラシックを目指し、武豊騎乗でエルフィンステークスに参戦するもブービー。その次のレースでは塩村克己に乗り代わり3勝目。塩村とのコンビはエリザベス女王杯まで続いたがその後は勝ち負けできなかった。

1989年、条件戦9着を挟んで格上挑戦した京都牝馬特別で5着に善戦。その後2着2回と勝ちきれない競馬が続いたものの、年明け5戦目で3勝目をあげオープン入りした。 オープン入り後は4戦するものの掲示板に載ることもままならず秋に突入。秋緒戦のセントウルステークスで4着と復調の兆しを見せ始めた。 続く柴田善臣テン乗りで臨んだ牝馬東京タイムズ杯。これまではまりきっていなかった後方待機策がうまくはまり出走馬中最速の上がりで快勝し、重賞初勝利。

勝った勢いで臨んだG1マイルチャンピオンシップ。前走で勝ちに導いた柴田はホクトヘリオス騎乗が決まっており、3勝目を上げたときの騎手であり相性のよかった岡潤一郎が騎乗して参戦。 道中は前走同様に後方で直線にかける作戦に出て、ホクトヘリオスとともに後方から鋭く伸びたものの前には届かず4着。それでも牝馬の中では最先着であった。

中1週でダービー卿チャレンジトロフィーに参戦するも8着。同じくマイルチャンピオンシップから参戦したホクトヘリオスには先着した。その後、中2週で阪神牝馬特別に参戦。再コンビを組んでいた岡がマロングラッセに騎乗することになり、塩村とエリザベス女王杯以来の再コンビとなった。 詰まったローテと前走の負けから、人気がなかったもののいつもの後方待機から一頭だけ桁違いの末脚を繰り出し、マロングラッセ以下を差しきり快勝。

なお、重賞2勝とマイルチャンピオンシップ牝馬最先着という成績が評価され、この年のJRA賞最優秀5歳以上牝馬に選出された。

1990年も現役を続行したが、4戦して未勝利。京阪杯14着を最後に引退した。

血統表[編集]

ルイジアナピット血統ペティション系フェアトライアル系) / Rockefella4×4=12.50%、Fairway5×5=6.25% (血統表の出典)

*ヴァリィフォージュ
Valley Forge
1975 鹿毛
父の父
Petingo
1965 鹿毛
Petition Fair Trial
Art Paper
Alcazar Alycidon
Quarterdeck
父の母
Border Bounty
1965 鹿毛
*バウンティアス Rockefella
Marie Elizabeth
B Flat Chanteur
Ardeen

ミユキカマダ
1978 黒鹿毛
*ダイアトム
Diatome
1962 黒鹿毛
Sicambre Prince Bio
Sif
Dictaway Honeyway
Nymphe Dicte
母の母
ヤヨイカマダ
1972 鹿毛
*チャイナロック Rockefella
May Wong
*コランディア Auriban
Arlanza F-No.9-e


産駒は半分以上が勝ち上がっており、4番仔のリトルハーモニーの産駒にはエリザベス女王杯勝ち馬のリトルアマポーラがいる。

外部リンク[編集]