リン・バイロン
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| リン・バイロン | |
|---|---|
| プロフィール | |
| リングネーム |
リン・バイロン リン・"ビッチ"・バイロン |
| 身長 | 161cm |
| 体重 | 53kg |
| 誕生日 | 1982年2月14日 |
| 死亡日 | 2018年8月30日(36歳没) |
| 出身地 |
|
| スポーツ歴 | 中国拳法 |
| トレーナー | TAJIRI |
| デビュー | 2010年4月23日 |
リン・バイロン(1982年2月14日 - 2018年8月30日)は、香港出身の女子プロレスラー。
経歴
[編集]幼少より中国拳法を習得し、12歳で香港の大会における形部門で優勝。
北京体育大学卒業後、雑技団に入団するが、2008年に退団して地元に戻りアクションスターを目指す。エキストラながら映画出演も果たす。
2010年、SMASHのワールドトライアウトを受験し、合格。
SMASH.1でTAJIRIとエキシビションを披露した後、4月23日のSMASH.2にてVS大原はじめ・朱里戦でデビュー(パートナーはKUSHIDA)[1]。
2011年に入ると朱里との抗争を展開するも、SMASH.14でのシングルマッチで敗れリングネームを「リン・“ビッチ”・バイロン」とされてしまった。
2011年6月9日、初代SMASHディーバ王座決定トーナメント1回戦で華名と対戦し敗れた。11月24日に約半年ぶりに参戦し朱里と対戦、試合後2人は和解し“ビッチ”のニックネームを返上し本隊に戻ることとなった。
2012年4月5日、TAJIRI以下元SMASH所属全選手、レフェリー、練習生とともに、新団体Wrestling New Classicに移籍[2]。
2014年6月、WNC活動停止を機に香港へ帰国した。
覆面レスラー・Rayの正体とされている。そのRayは2018年8月30日に脳腫瘍のため死去したが、週刊ファイトの報道では、別名リン・バイロンと記載された[4]。なお、死亡を発表したPURE-Jは、本名及び没年齢を公表していない。
獲得タイトル
[編集]- 第3代WNC女子王座
脚注
[編集]- ^ “バトル・ニュース|試合速報・結果|TAJIRIが認める逸材リン・バイロンが衝撃デビュー! プロレスラー小路がデスマッチで開花!”. battle-news.com. 2025年1月26日閲覧。
- ^ TAJIRI新団体発表「若手を海外に」 - 日刊スポーツ・2012年4月6日
- ^ “役者リン・バイロン注目デビュー!水色革命公演『バンク・バン・レッスン』”. 週刊ファイト (2013年12月28日). 2025年1月26日閲覧。
- ^ “悪性脳腫瘍と闘っていたRay(別名リン・バイロン)天国へ!”. 週刊ファイト (2018年8月31日). 2025年1月26日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- リン・バイロン(林白龍) (@LinByron) - X
- ニーハオ リンリン(本人によるSMASH時代のブログ)