リンカーン・チェイフィー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
リンカーン・チェイフィー

リンカーン・ダヴェンポート・チェイフィーLincoln Davenport Chafee,1953年3月26日 - )は、アメリカの政治家。現ロードアイランド州知事2011年 - )。同州ウォリック市長(1992年 - 1999年)在任中の1999年、父ジョン・チェイフィー上院議員の死去後、連邦上院議員に就任する(在職期間1999年 - 2007年)。ロードアイランド州選出で上院議員当時の所属政党は共和党。上院議員在職中は共和党内で最も穏健な議員のうちの一人であった。現在は共和党を離党し無所属となった後、ロードアイランド州知事に就任、2013年より民主党員となり、2016年アメリカ合衆国大統領選挙に名乗りをあげていた。

概略[編集]

先祖はマサチューセッツ州ヒンガン英語版に入植した家系であった。ロードアイランド州プロビデンスで生まれた。ウォリックの公立学校、私立のプロビデンス・カウントリー・デイスクール、フィリップス・アカデミーで学んだ後、ブラウン大学で古典を学んだ[1]。ブラウン大学時代はレスリング部のキャプテンを務めた。1975年に大学を卒業、その後モンタナ州ボーズマンに移り住み、モンタナ州立大学蹄鉄学校で装蹄師になるために学び[1]、その後7年間、アメリカやカナダの繋駕速歩競走の場で働いた。

その後、ロードアイランド州に戻った彼は1985年より共和党員として活動を始めた。1986年にウォリックの市議会議員に初当選[1]、1990年の市長選では敗北したが、1992年に同市の市長に32歳で初当選した[1]。1999年に父親が翌年の選挙に出馬しないことを表明、リンカーン・アルモンド英語版州知事から連邦上院議員候補に推され[1]、2000年の選挙で民主党のロバート・ウェイガンドを破り当選した。

ロックフェラー・リパブリカンの中では保守的な議員と見られた。ブッシュ政権の減税に反対したり、連邦所得税率の増税に賛成した。北極野生生物国家保護区での石油掘削に反対した。またイラク戦争に反対した[1]

2004年アメリカ合衆国大統領選挙ではジョージ・W・ブッシュ大統領ではなく、父親のジョージ・H・W・ブッシュの名前を書いて投票した。

2006年の中間選挙英語版では大統領夫人のローラ・ブッシュの支持も受けて、クランストン市長のスティーブ・ラフィー英語版との共和党候補としての指名争いに[1]勝ったが、全米の反共和党ムードの中、州の司法長官を務めていた民主党のシェルダン・ホワイトハウスに敗れ、2007年1月に連邦上院議員を退いた。同年6月に共和党を離党して無所属となった。

2008年アメリカ合衆国大統領選挙では民主党のバラク・オバマを支援した。

2010年の中間選挙で独立系候補としてロードアイランド州知事選挙に出馬、民主・共和両党の候補などを破って当選し、父子2代でのロードアイランド州知事となった。無所属のロードアイランド州知事が誕生したのは1790年のジョン・コリンズ以来であった。

2013年5月、民主党への入党を宣言した[2]。同年9月に州知事の再選を目指さないことを発表した[3]

2015年6月3日に2016年アメリカ合衆国大統領選挙の民主党候補者として名乗りを上げたが[4]、10月23日に撤退を表明した[5]

出典[編集]

関連項目[編集]


公職
先代:
チャールズ・ドノヴァン
ウォリック市長
1993年 - 1999年
次代:
スコット・アブデシャン
先代:
ドナルド・カーチェリ
Flag of Rhode Island.svg ロードアイランド州知事
2011年 - 2015年
次代:
ジーナ・レイモンド
議会
先代:
ジョン・チェイフィー
ロードアイランド州選出の上院議員(第1部)
1999年11月2日 - 2007年1月4日
次代:
シェルダン・ホワイトハウス