リョコウバト

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リョコウバト
リョコウバトの若鳥、成鳥のオスとメス
左:若鳥、中:オス、右:メス
保全状況評価
EXTINCT
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 EX.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 鳥綱 Aves
: ハト目 Columbiformes
: ハト科 Columbidae
: リョコウバト属 Ectopistes
: リョコウバト E. migratorius
学名
Ectopistes migratorius
(Linnaeus, 1766)
和名
リョコウバト、アメリカリョコウバト
英名
Passenger Pigeon, Wild Pigeon

リョコウバト(旅行鳩、passenger pigeon学名Ectopistes migratorius)は、北アメリカ大陸東岸に棲息していたハト目ハト科渡り鳥。生息地のアメリカにちなんで、アメリカリョコウバトとも俗称される。

鳥類史上最も多くの数がいたと言われたが、乱獲によって20世紀初頭に絶滅した。

形態と生態[編集]

かつてのリョコウバトの生息域。赤色は繁殖地、オレンジ色は越冬地。

オスの頭部と上面は青灰色、下面はバラ色、くちばしは黒、脚は赤色。羽と尾は尖っていて長かった[1][2]。メスはオスより色彩が地味で、背中が淡褐色、腹は灰色であった[2]。くちばしから尾までの全長は、40センチメートルほどであった[1][3][4][2]

その名の通り渡りを行う鳩で、夏の営巣地はニューヨークから五大湖周辺にかけて、越冬地はメキシコ湾岸が主だった[3][4]。移動速度は時速約60マイル(約96キロメートル)にも及んだという[1]。巨大な群れをつくるのが特徴で、ウィスコンシン州の営巣地で850平方マイル(約2200平方キロメートル)に1億3600万羽が確認された例もある。1810年にケンタッキー州の営巣地の群れについて、22億3000万羽以上と推計がされた記録もある。止まり木にした木の枝が重みで折れることもあったといい、止まり木の下には雪のように糞が積もっていたという[1]。鳥類の博物画家として有名なジョン・ジェームズ・オーデュボンは、1838年の日記に、頭上を通過中のリョコウバトの群れが、まるで空を覆い尽くすかのように3日間途切れることなく飛び続けたと記録している[1]18世紀には北アメリカ全土で約50億羽が棲息したと推定される[3][4]

絶滅の経緯[編集]

リョコウバトの肉は非常に美味であったと言われ、都市部でもそれなりに高い値段で取引されたため、花火などの道具を使用して老若男女問わず多くの人々が捕獲を行った[1]。17~18世紀にはネイティブアメリカンのような北アメリカ先住民もリョコウバトの肉を食用として捕獲していたが、それほどの量ではなかった。しかし、19世紀に入ると北アメリカにおける人口は急増し、電報などの通信手段が発達すると効率的に狩猟が可能となり[5]、肉や飼料、また羽根布団の材料になる羽毛の採取を目的で銃や網などを使った無制限で企業的な乱獲が行われるようになった結果、一年で何千万羽も殺されたため、リョコウバトの数は激減していった[3][4]。保護すべきとの声もあったが、それでもまだ反対の声が多く検討されなかった。その間にもリョコウバトの数は減り続け、密猟が絶えなかった[1]。激減して渡りをする姿すらほとんど見られなくなると、密猟者は直々と繁殖地に向かってヒナや卵まで乱獲される事態まで起こった。

1890年代に入るとその姿はほとんど見られなくなり、ようやく保護も試みられたが、すでに手遅れであった。

リョコウバトはその莫大な個体数とは裏腹に繁殖力がとても弱い鳥類であり、数百羽程度の小さな集団では繁殖がほとんどできず、繁殖期は年に1度で、しかも1回の産卵数は1個だけであった[6][7]。そのため、現在ほど繁殖の技術が発達していない当時では、いったん大きく減った個体数を回復することは困難であった。また、19世紀以降、リョコウバトの本来の生息地であった森林の開発でリョコウバトが繁殖することすら不可能になった[1][3][4]

1906年に密猟者に撃ち落とされたものを最後に、野生のものは完全に絶滅した。[注釈 1]1908年に7羽、1910年8月にはオハイオ州シンシナティ動物園で飼育されていた雌のマーサジョージ・ワシントンの妻マーサから名をとった)のみとなる[1][3][4]。マーサは動物園で生まれ、檻の中で一生を過ごした。1914年9月1日午後1時、飼育員たちに見守られる中、この世で最後の一羽となったマーサは老衰のため死亡し、リョコウバトは絶滅した[1]。マーサの標本は現在スミソニアン博物館に収蔵されている。

近年、絶滅動物をその剥製からDNAを抽出して、その方法でリョコウバトを復活させようという試みがある[5]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 野生最後の個体が殺された時期については、1899年、1907年9月23日などいくつか異説が見られる[3][4][8]

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]