リベラル・フェミニズム

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リベラル・フェミニズム: liberal feminism)は、男女平等は法的手段や社会改革を通して実現可能であり、集団としての男性と闘う必要はないと主張する、フェミニズムの一形態である。

概要[編集]

リベラル・フェミニズムの起源は、1960年代の性革命やヒッピー・ムーブメント、ベトナム反戦運動などにある。リベラル・フェミニズムは、(差異派フェミニズムとは異なり) 男性との同一性の平等を支持する傾向がある。リベラル・フェミニズムは、政治を”個人主義的な観点”から理解し、「男」と「女」という「利害集団の間の闘争だとは見ない」。

フェミニストのジャーナリストであるエレン・ウィリスは、1970年代後半以降、反ポルノグラフィのフェミニストを、性的なピューリタニズムであり、倫理的な権威主義であり、表現の自由に対する脅威である、と批判した最初の一人だった。ウィリスの1981年のエッセイ「欲望の地平:女性運動は親セックスか? 」は、親セックス・フェミニズムという用語の起源である[1]

リベラル・フェミニストとしては、メアリ・ウルストンクラフト(女性の権利の擁護)、第二波フェミニストのベティ・フリーダンなどがいる。ナディーン・ストロッセンもリベラル・フェミニストである[2]

詳細/見解[編集]

リベラル・フェミニストの多くは、同性間の性交が刑法で禁止されている地域での脱犯罪化・合法化はいうまでもなく、同性カップルの同性結婚 (もしくはそれに準ずるものとしてのシビル・ユニオン) の法制化を支持する傾向がある。つまり、個人同士が合意の上でどのような関係を持つかは、政府の干渉すべき事柄ではないし、異性カップルに与えられている権利は等しく同性カップルにも与えられるべきだとする。

また、妊娠中絶に関する議論については、リベラル・フェミニストは、プロチョイスの立場をとる傾向がある。この立場をとる一般的な根拠は、個人は自分のに対する支配権を持つはずなので、自分の体についての医学的な判断を行う権利もあるはずだということである。

また、このような自己所有権ないし他者危害原理に基づくプライバシー権によるアプローチと60年代の一連の改革を支持する立場から、リベラル・フェミニストは、ポルノや大麻の所持・使用などを支持する傾向がある。

先進国の憲法と相いれない思想を持つキャサリン・マッキノンアンドレア・ドゥウォーキンらのラディカル・フェミニストは、ポルノグラフィーの制作・流通・所持を禁止し、60年代の革命以前の保守的な社会を志向した。

それに対して、リベラル・フェミニスト・法学者でもあるナディーン・ストロッセンが、「ポルノをやり玉にあげる検閲は、性差別や暴力を減らせない」と説く[3]

男女不平等の起源[編集]

リベラル・フェミニストは、以下のようなものを、男女不平等の主な起源と考える傾向がある。

引用[編集]

アメリカ合衆国のリベラル・フェミニズムの目標は、決して批准されることのなかった米国憲法に対する男女平等憲法修正条項に具現化されている。そこにはこうある。 「法の下の権利の平等は、合衆国およびいかなる州によっても、性別だけを理由に否定ないし制限されないものとする。」 – ジュディス・ローバー Gender Inequality: Feminist Theories and Politics, Second Edition

脚注[編集]

  1. ^ Ellen Willis, Lust Horizons: The 'Voice' and the women's movement, Village Voice 50th Anniversary Issue, 2007. This is not the original "Lust Horizons" essay, but a retrospective essay mentioning that essay as the origin of the term. Accessed online 7 July 2007. A lightly revised version of the original "Lust Horizons" essay can be found in No More Nice Girls, pp. 3–14.
  2. ^ 江口聡 (2008年). “性の倫理学の可能性をさぐる”. 2009年9月11日閲覧。
  3. ^ ナディーン・ストロッセン (2007年). “ポルノグラフィ防衛論”. 2009年9月11日閲覧。