リナルド (オペラ)

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リナルド』(: Rinaldo) (HWV 7a/7b)は、ドイツ出身のイギリスの音楽家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(ジョージ・フレデリック・ハンデル)の作曲したオペラである。

トルクァート・タッソによる11世紀のエルサレムを舞台にした叙事詩解放されたエルサレム』が原作である。

基本データ[編集]

作曲の経緯[編集]

イタリアからイギリスへ[編集]

ヘンデルは1706年ごろからイタリアローマフィレンツェヴェネツィアなどを旅行し、イタリアオペラののエッセンスを吸収することができただけではなく、自作のオペラ『アグリッピーナ』を本場ヴェネツィアで成功させることができた。1710年にはハノーファー選帝侯づきの宮廷楽長の地位を得るが、ハノーファーには居つかず、すぐに旅行に出かけ、同年末にイギリスへ渡った[1]

「リナルド」の製作[編集]

ロンドンでヘンデルはヘイマーケット劇場の支配人アーロン・ヒルと知り合った。ヒルはタッソーを元に脚本を書き、それをもとにジャコモ・ロッシが台本を仕立てた。ヘンデルはわずか2週間でこのオペラに作曲し、台本の作成が追いつかないほどであったという。ただしオペラのうちの15曲は過去作からの流用であった。オペラは大成功をおさめ、シーズン中に15回も上演された[2][3]。ヘンデルは、シーズンが終わる1711年6月までロンドンに滞在した[4]

編成[編集]

楽器編成[編集]

オーボエ2、リコーダー3、ファゴットトランペット4.ティンパニ1対、弦5部、通奏低音チェンバロリュートなど)

登場人物[編集]

当時のオペラはカストラートによって演じられていたので、男役でも高音である。

  • ゴッフレードコントラルト、男装)- 第1回十字軍の指導者。
  • リナルド(アルト/カストラート)- 十字軍の将軍。
  • アルミレーナ(ソプラノ)- リナルドのいいなづけ。ゴッフレードの娘。
  • エウスターツィオ(アルト/カストラート)- ゴッフレードの弟。
  • 魔法使い(アルト/カストラート)
  • アルガンテ(バス
  • アルミーダ(ソプラノ)- ダマスコ王妃、妖術使い。

演奏時間[編集]

2時間50分(カットなし)

あらすじ[編集]

第1幕[編集]

第2幕[編集]

第3幕[編集]

有名なアリア[編集]

タイトルロールであるリナルドのアリア「いとしい妻よ」(Cara sposa)はヘンデルの作品中で最高のアリアのひとつといわれる[5][6]

私を泣かせてください」(Lascia ch’io pianga) (アルミレーナのアリア)は、エルサレムのイスラーム側の魔法使いの囚われの身になったアルミレーナが、敵軍の王アルガンテに求愛されても愛するリナルドへの貞節を守るため「苛酷な運命に涙を流しましょう」と歌うアリアである。本作の多くのアリアと同様、この曲もハンブルク時代に書かれたオペラ『アルミーラ』からの転用である。単独で歌われることも多い。19世紀のイタリアの音楽学者アレッサンドロ・パリゾッティが17、18世紀のオペラや宗教曲のアリアを編曲、編集し、1914年にリコルディ社から出版した“Arie antiche”(古典アリア集)に含まれていたため、日本では“Arie antiche”を基にしたイタリア歌曲集を通して知られており、テレビドラマ『牡丹と薔薇』では岡本知高が歌ったものがテーマ曲として使用された。

作品の評価[編集]

ヘンデルが本作を発表した頃のロンドンは、ヘンリー・パーセル以来のイギリス音楽が停滞していた時期であると同時に、イタリア・オペラが少しずつ上演されていた時期であった。そのような時期に、イタリア帰りのヘンデルによるイタリア・オペラの形式をとった本作は、ロンドン市民に好意的に受け入れられた。そして、イギリスでのイタリア・オペラの地位を磐石なものにするのに大きな役割を果たした。

脚注[編集]

  1. ^ ホグウッド(1991) p.91
  2. ^ ホグウッド(1991) pp.102-103
  3. ^ 渡部(1966) pp.45-46
  4. ^ 渡部(1966) p.48
  5. ^ ホグウッド(1991) p.103
  6. ^ 渡部(1966) pp.102-103

参考文献[編集]

  • クリストファー・ホグウッド『ヘンデル』三澤寿喜訳、東京書籍、1991年。ISBN 4487760798
  • 渡部恵一郎『ヘンデル』音楽之友社〈大作曲家 人と作品 15〉、1966年。ISBN 4276220157

関連項目[編集]

外部リンク[編集]