リトアニア=ポーランド国境

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リトアニア=ポーランド国境
特徴
対象  リトアニア ポーランドの旗 ポーランド
延長 96キロメートル (60 mi)[1]
歴史
制定 1922年
1945年
最終変更 1991年9月6日
条約 スヴァウキ協定英語版

リトアニア=ポーランド国境は、1990年3月11日に制定されたリトアニア国家再建法英語版によりリトアニアの独立が再確立されて以来存在している国境。国境の長さはおおよそ96キロメートル(60マイル)である[1][2]。リトアニア、ポーランド飛び地ロシア三国国境から、南東のベラルーシ、リトアニア、ポーランドの三国国境まで伸びており、欧州連合シェンゲン圏の内部国境でもある。

この国境は、EUおよびNATOの加盟国であるバルト三国が、ロシア・ベラルーシが加盟する独立国家共同体(CIS)以外の国との間で共有する唯一の国境となる。

歴史[編集]

4か国の位置関係を示した図。左上はロシア飛び地となるカリーニングラード州、右にリトアニア、右下にCIS圏ベラルーシが並び、欧州連合国である左のポーランドと右のリトアニアが赤線の国境で結ばれている

現在のリトアニアとポーランドの国境は、 1990年3月11日にリトアニアの独立が再確立されて以来存在しており[3]、この国境は、第二次世界大戦後の影響で確立されている。それ以前はポーランドとソビエト連邦リトアニア・ソビエト社会主義共和国の間に国境が設定されている[4][5]1918年から1939年の間はポーランド第二共和国とリトアニアの間に異なる国境が存在していた。ポーランドとリトアニアによる国境紛争の後、1922年以降の国境線は安定しており、長さは521kmであった[6][7]ポーランド分割中時代には、ポーランド議会ロシア帝国のリトアニアの土地(現コヴノ県ヴィリナ県)の間に国境が設定されていた。1569年ルブリン合同時代には両国はポーランド・リトアニア共和国となるため、ポーランドとリトアニア間に国境は設定されていない[8]。中世には、ポーランド王国リトアニア大公国はさらに別の国境を共有していた[9]

1996年3月5日、ポーランド、リトアニア両国は共通の国境に関する条約に署名し、その地位と境界を確認し、技術協力について合意した[10]

ポーランドとリトアニアは2007年シェンゲン協定加盟国に加わったことで、2007年12月に全ての入国審査が廃止された。

軍事的意義[編集]

2017年、スヴァウキ・ギャップで演習を行うNATO軍

NATOの軍事計画立案者によって、国境地域は近隣の街スヴァウキにちなんで名付けられた「スヴァウキ・ギャップ」や「スヴァウキ回廊」として知られる[11]。これは、ベラルーシとロシア・カリーニングラード州の間にあたり、平坦な土地で面積が狭いことから防衛が難しく、兵站上重要となる補給路や回廊地帯を示す「ギャップ」と呼ばれており[12]、NATO加盟国であるポーランドとバルト三国を結ぶ軍事上の要衝となる。2016年7月、ロシアによるクリミアの併合ドンバス戦争の開始から2年後、NATOの加盟国は、2016年に行われたNATOワルシャワ首脳会合上でバルト三国に対する抑止力を高めるNATOエンハンスドフォワードプレゼンス(EFP)に合意したことで4個大隊が配置された。2017年に行われたのNATOの演習では、ロシアによる攻撃の可能性からのギャップの防御に初めて焦点を当てた演習を行っており[13]、同年ロシアとベラルーシでは対抗する軍事演習「Zapad 2017」が行われている。

カリーニングラード州に駐屯するロシア軍バルチック艦隊の母港となるバルチースク港があるため旧ソ連時代より重要視されており、カリーニングラード周辺に2017年時点で22万5千もの兵力が置かれている[14]ソビエト連邦の崩壊以降、長年に渡りこの地域はNATO加盟国との間で対立を引き起こす要因となっており[15]、2007年に開催されたNATO国防理事会上で、アメリカ主導による東欧ミサイル防衛構想の拡大案が討議されているが、この計画案に対しロシアは強い反発を表明しており[16][17]、2008年11月にメドヴェージェフ大統領が大統領就任後初となる年次教書演説において、このミサイル防衛システムに対抗するためカリーニングラード州に核弾頭が搭載可能なイスカンデル・ミサイルを配備することを宣言し[18][19]、2016年、実際にイスカンデル・ミサイルが配備された[20]。なお、このミサイル配備に対しリトアニアのダリア・グリバウスカイテ大統領は「軍事力を誇示する攻撃的な行為であり、バルト3国のみならず、ヨーロッパ各国に対する侵略行為である」とロシア側を非難している[15]。2019年には圧力を高めるNATO軍に対抗するため、最新鋭地対空ミサイルとなるS-400がカリーニングラードとベラルーシに配備されたことでNATOとの間で軋轢が生じている[21][22][23][24]

これらの事情から有事が発生した場合、バルト三国は軍事力が脆弱であること、NATO加盟国を分断でき兵力を削ぐことに繋がるため真っ先に狙われるであろうと予測されており「NATOのアキレス腱」とも呼ばれている[14]。元アメリカ陸軍大将であるウェズリー・クラークと元ドイツ陸軍大将であるエゴン・ラムスによって共同執筆されたランド研究所の調査によれば、この地域はNATOの中で最も脆弱であるとし、ロシアによる回廊の分断が行われた場合、バルト海経由で到着するには36時間から60時間程度掛かるとされ、この間に3国の首都は制圧されているであろうと分析している[25]

ロシアから欧州へ伸びる天然ガスパイプライン

2021年にはシリア内戦で発生した難民を欧州各国で受け入れる移民問題で、ベラルーシが受け入れた大量のシリア難民をポーランドに強制的に送り出したことでポーランド国内では非常事態宣言が発令されており[26]、これを受けEUはEUの安全保障を脅かす「ハイブリッド攻撃」だとして[27]、EUはベラルーシに対し制裁を加えることを検討したことに対し、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領はEUへのガス供給を止めることを示唆したことで一時的に軍事的緊張が高まっている[28]。なお、ポーランドはこの経緯からベラルーシとの国境線上186㎞に渡り、高さ5.5メートルの壁の建設を開始しているが、ポーランドとベラルーシに跨る世界遺産である「ビャウォヴィエジャの森」の一部も含んでいるため、人権団体や自然保護団体からは反対の声があがっている[29]

2022年ロシアのウクライナ侵攻では西側諸国がウクライナに対し武器供与を開始しているが[30]、補給路となるポーランド上空やウクライナ西側空域はCIS陣営の最新鋭地対空ミサイルの射程範囲内に収まるため[31][32]、意図せず撃墜されることで戦闘に巻き込まれる可能性が指摘され脅威となっている[33]

以前の国境検問所[編集]

ポーランドのオグロドニキとリトアニアのラズディジャイを横断する国道(旧国境)

1991年から2007年の期間、ポーランドとリトアニアの間には3本の道路と1本の線路上に国境検問所が存在していた[34]。なお、この線路はポーランドからバルト三国を経由しフィンランドへ伸びるレール・バルティカが所有する長距離鉄道線の一部となる。また、この道路の内2本は片側一車線と片側2車線の高速道路となり、バルト三国と接続しているため、この2本の高速道路と長距離鉄道線はポーランドとバルト三国を結ぶ重要なライフラインとして機能している[11]

2004年5月1日にポーランドとリトアニア両国が欧州連合に加盟したため、この国境は欧州連合の内部国境として指定されている[35]

2007年12月21日、ポーランドとリトアニアはシェンゲン協定に加盟したため[36]、EU圏の内部国境はすべての通行に対し開放されており、管理の必要が無くなったため、国境を越えることが容易となっている。ただし、EU圏で取引が禁じられている物品などの密輸に対する税関や警察の取り締まりが行われているが、影響を受けるのは全通行量の1パーセント程度である[37][38][39]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b The Suwalki Gap: The Most Vulnerable Stretch of Land in Europe”. TIME (2017年3月25日). 2022年3月8日閲覧。
  2. ^ Suwalki Gap”. GlobalSecurity.org. 2022年3月8日閲覧。
  3. ^ LR AT AKTO Dėl Lietuvos nepriklausomos valstybės atstatymo signatarai”. Lietuvos Respublikos Seimas. 2022年3月6日閲覧。[リンク切れ]
  4. ^ Peter Andreas; Timothy Snyder (1 January 2000). The Wall Around the West: State Borders and Immigration Controls in North America and Europe. Rowman & Littlefield. p. 187. ISBN 978-0-7425-0178-2. https://books.google.com/books?id=YFbZY9_KGq4C&pg=PA187 
  5. ^ Yaël Ronen (19 May 2011). Transition from Illegal Regimes under International Law. Cambridge University Press. p. 138. ISBN 978-1-139-49617-9. https://books.google.com/books?id=4OEHtL5xoroC&pg=PA138 
  6. ^ Polska w cyfrach[リンク切れ] [in:] E. Romer Atlas Polski współczesnej, 1928[リンク切れ].
  7. ^ Michael Brecher (1997). A Study of Crisis. University of Michigan Press. pp. 252–255. ISBN 0-472-10806-9. https://books.google.com/books?id=GjY7aV_6FPwC&pg=PA252 
  8. ^ Halina Lerski (19 January 1996). Historical Dictionary of Poland, 966–1945. ABC-CLIO. p. 308. ISBN 978-0-313-03456-5. https://books.google.com/books?id=luRry4Y5NIYC&pg=PA308 
  9. ^ Stephen R. Burant and Voytek Zubek, Eastern Europe's Old Memories and New Realities: Resurrecting the Polish–Lithuanian Union, East European Politics and Societies 1993; 7; 370, online
  10. ^ Lietuvos Respublikos ir Lenkijos Respublikos sutartis dėl bendros valstybės sienos, su ja susijusių teisinių santykių, taip pat dėl bendradarbiavimo ir abipusės pagalbos šioje srityje” [Treaty between the Republic of Lithuania and the Republic of Poland on the common state border, legal relations connected therewith, and on the cooperation and mutual assistance in this field] (リトアニア語). Office of the Seimas of the Republic of Lithuania (1996年3月5日). 2022年3月6日閲覧。
  11. ^ a b NATO Must Prepare to Defend Its Weakest Point—the Suwalki Corridor”. FP (2022年3月3日). 2022年3月8日閲覧。
  12. ^ NATOが警戒するポーランド・バルト3国間の国境封鎖”. 日経ビジネス (2022年2月4日). 2022年3月6日閲覧。
  13. ^ Sytas, Andrius (2017年6月18日). “NATO war game defends Baltic weak spot for first time”. Reuters. https://www.reuters.com/article/us-nato-russia-suwalki-gap-idUSKBN1990L2 2022年3月6日閲覧。 
  14. ^ a b 迫るロシアの脅威、バルト3国の悲劇再来を防げ”. 日経ビジネス (2017年7月26日). 2022年3月7日閲覧。
  15. ^ a b ロシア、NATOの弱点「スヴァウキ・ギャップ」近くに軍事拠点を展開”. Business Insider Japan (2018年8月8日). 2022年3月6日閲覧。
  16. ^ ATO国防相理事会、米国のミサイル防衛計画について協議”. AFP (2007年7月21日). 2022年3月8日閲覧。
  17. ^ 15年前に発せられていたプーチンのNATO、アメリカに対する“ぶちギレ”演説”. デイリー新潮 (2022年3月4日). 2022年3月30日閲覧。
  18. ^ 小泉悠 (2013年12月17日). “ロシア、欧州に短距離弾道ミサイルを配備:「戦略的安定」を巡る米露の角逐”. Yahoo News. https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/768dadc2e02a2e102c4e8dede47e67f031f9ee61 2022年3月30日閲覧。 
  19. ^ NATOミサイル防衛ロシアの強硬姿勢”. Wedgeinfinity (2012年5月29日). 2022年3月30日閲覧。
  20. ^ ロシア、カリーニングラードに弾道ミサイル NATO諸国反発”. AFP (2016年10月9日). 2022年3月8日閲覧。
  21. ^ ロシア、インドヘのミサイル供給開始 米は制裁発動か”. Reuters (2021年11月15日). 2022年3月7日閲覧。
  22. ^ Lukashenko’s dangerous game could leave him broke”. bne IntelliNews (2022年2月21日). 2022年3月29日閲覧。
  23. ^ Germany To Bolster Troop Presence In Lithuania To Counter Russian Aggression”. RepublicWorld.com (2022年2月7日). 2022年3月29日閲覧。
  24. ^ ロシア、ベラルーシで大規模演習 ウクライナも対抗、緊張高まる”. jiji.com (2022年2月10日). 2022年3月30日閲覧。
  25. ^ Die „Lücke von Suwalki“ ist die Achillesferse der Nato” (ドイツ語). WELT (2016年7月9日). 2022年3月29日閲覧。
  26. ^ ポーランド、ベラルーシ国境で移民流入を阻止 双方が非難の応酬”. BBC (2021年11月9日). 2022年3月9日閲覧。
  27. ^ EU、移民の「ハイブリッド攻撃」に危機感”. 産経新聞 (2021年11月16日). 2022年3月9日閲覧。
  28. ^ ベラルーシ、EUへのガス供給停止を示唆 国境の移民問題めぐり”. BBC (2021年11月12日). 2022年3月7日閲覧。
  29. ^ 移民も動物も遮るポーランドの壁 世界遺産の森を破壊”. NIKKEI STYLE (2022年2月26日). 2022年3月9日閲覧。
  30. ^ ドイツ、ウクライナへの武器供与決定 慎重姿勢を転換”. Reuters (2022年2月27日). 2022年3月8日閲覧。
  31. ^ 【ウクライナ侵攻軍事シナリオ】ロシア軍の破壊的ミサイルがキエフ上空も圧倒し、西側は手も足も出ない”. Newsweek (2022年1月21日). 2022年3月13日閲覧。
  32. ^ アメリカがシリアを攻撃 —— 対抗するロシアの高性能最新ミサイル防衛システムS-400とは”. Business Insider Japan (2018年4月14日). 2022年3月13日閲覧。
  33. ^ ロシア・ベラルーシ急接近 米欧、ミサイル誤射や核警戒”. 日本経済新聞 (2022年2月11日). 2022年3月7日閲覧。
  34. ^ Kancelaria Sejmu RP. “Internetowy System Aktów Prawnych”. sejm.gov.pl. 2022年3月6日閲覧。
  35. ^ Stephen Kabera Karanja (January 2008). Transparency and Proportionality in the Schengen Information System and Border Control Co-Operation. Martinus Nijhoff Publishers. p. 39. ISBN 978-90-04-16223-5. https://books.google.com/books?id=dc_Nt6uQthoC&pg=PA39 
  36. ^ “Europe's border-free zone expands”. BBC News. (2007年12月27日). http://news.bbc.co.uk/1/hi/7153490.stm 2022年3月6日閲覧。 
  37. ^ Nowe polsko-litewskie drogi po wejściu do Schengen” (ポーランド語). DELFI (2012年7月28日). 2022年3月6日閲覧。
  38. ^ Wspólne patrole na polsko-litewskiej granicy :: społeczeństwo” (ポーランド語). Kresy.pl (2011年12月8日). 2022年3月6日閲覧。
  39. ^ Przemyt papierosów przy polsko – litewskiej granicy [ZDJĘCIA]” (ポーランド語). bialystok (2015年5月15日). 2022年3月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]