リッチー・コッツェン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
リッチー・コッツェン
Richie Kotzen
Richie-Kotzen.jpg
基本情報
生誕 (1970-02-03) 1970年2月3日(47歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州フィラデルフィア
ジャンル ハードロック
ヘヴィメタル
ジャズ
フュージョン
ファンク
職業 シンガーソングライター
ギタリスト
担当楽器 ギター
活動期間 1989年 - 現在
共同作業者 ポイズン
Mr.Big

リッチー・コッツェン(Richie Kotzen、1970年2月3日 - )はアメリカギタリストボーカリストミュージシャン作曲家ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。

略歴[編集]

  • 1970年2月3日アメリカペンシルベニア州レディングで生まれる。5歳の頃よりピアノを弾き始め、7歳のときにKISSジーン・シモンズに刺激されギターを弾き始める。
  • 17歳の頃にはオープニングアクトでギタリストとして全米をまわり、500を超えるライブをこなしていた。
  • 1989年、19歳の時シュラプネル・レコーズから「Richie Kotzen」でデビュー。同レコードは当時テクニカルな若手ギタリストを探しており、その過程でリッチーに白羽の矢が立ったと言える。
  • 1992年に、脱退したC.C.デヴィルの穴を埋める形でポイズンに加入。アルバム『Native Tongue』を1993年にリリースするも、メンバーとの不和によりバンドを脱退。当時の大ヒット曲を作ったのは新加入の若手である彼であったが、印税収入はどういう訳か辞めたメンバーと一緒に5等分にされたらしい。
  • その後1994年にR&B色の強いHRでトリオ名義の『Mother Heads Family Reunion』、1995年にフュージョン色の強い『The Inner Galactic Fusion Experience 』、1996年にファンク色の強い『Wave of Emotion 』、1997年にブルース色の強い『Something to Say 』を立て続けに発表し、本物のルーツに根差した豊かな音楽性とオリジナリティと確かな技術を存分に発揮し、その合間にグレッグハウと二枚のアルバムも発表しており、正に充実したキャリアのピークを迎える。
  • そこからしばらくはヤングクラプトンという売り出しでブルース寄りのアルバムが続きながら外部プロジェクトでも活躍いつつ、2001年の『Slow』でマンネリを打ち砕く様な多彩な音楽性と打ち込みまでも取り入れたアルバムにて柔軟性を見せ、その後ややヘヴィでダークな方向にシフトしていく。
  • ポイズン脱退後はしばらくソロ活動を続けていたリッチーだったが、1999年スタンリー・クラークからの「歴史に残るようなフュージョンのアルバムを作りたい」との誘いにより、「Vertu」に参加し、同年にアルバム『Vertu』をリリース。同年、ポール・ギルバートが脱退したMr.Bigから加入の要請を受け、バンドに参加する。
  • 2002年にMr.Bigが日本での解散ツアーを以って解散した後は再びソロ活動に戻っている。同年にはロサンゼルスにてビルを購入してレコーディングスタジオを開設している。
  • 2006年にレコーディングスタジオをブリンク 182トラヴィス・バーカーに売却。
  • 2006年ローリング・ストーンズ来日公演の前座を務めた。Mr.Big時代の楽曲や『機動戦士Ζガンダム』の主題歌のカヴァー等、幅広い選曲で、この時のライブにはビリー・シーンも帯同した。
  • 2013年、ビリー・シーンマイク・ポートノイと共にThe Winery Dogsを結成。

音楽性[編集]

  • 幼い頃にファンクソウルの影響を受ける一方、ロックジャズといった幅広い音楽性を持つ。ギタリストとして広く知られているが、ソウルフルなボーカリストとしても非凡な才能の持ち主である。キャリアの大半はギタリストとしてよりもソロ・アーティストとしての活動が中心である。その幅広い音楽性とさりげなく聴かせる高度なギターテクニックからしばしば「名手」と呼ばれる。
  • 世界最高峰のギタリストでありながら、同時に素晴らしいヴォーカリストでもありベーシストでもある。特にヴォーカルにおいては相手が誰であろうと彼より素晴らしい歌はなかなかな存在しないであろうことから、ヴォーカルのいるバンドに加入するよりトリオを率いる方が向いているのは明らかである。
  • ギターテクニックの面では、アラン・ホールズワースを彷彿させる流れるようなレガート(ピッキングをしないで左手のフィンガリングによって音を奏でる奏法)による速弾きスウィープが大きな特徴といえる。また、右手人差し指、あるいは中指(時には薬指)を使って指板を叩くライトハンド奏法(タッピング)を駆使することもよくあるが、フル・ピッキングの速弾きはあまり得意ではないとギタークリニックなどで語っている(実際には初期の頃はテクニックに重視しがちで、フルピッキングを用いた演奏も少なくなかった。現在では確かにそのプレイの使用頻度は少なくなってきている)。さらには、ピック弾きしながら残りの指でをはじくといったジェフ・ベックのようなプレイスタイルも兼ね備えており、どのプレイをしても安定した多種多様のパフォーマンスを展開している。
  • 高度なギターテクニックの持ち主に似合わずテクニックに傾倒せず、楽曲ありきというスタイルで、ジミ・ヘンドリックスエリック・クラプトンに近く、エモーショナル面に重きが置かれている。控えめではありながらも高度なテクニックをところどころに織り混ぜ、メロウな音作りと相まって楽曲の一部として、さりげなく自然に聴かせる部分に「名手」の所以と彼のミュージシャンとしてのスタンスが見られる。
  • アルバムではしばしば彼本人がベースを弾いているが、これがまた非常に高度な技術で演奏されており特に高速フレーズのユニゾンなどは難解である。決していかにもギタ―風のベースではなく、オリジナリティ溢れるフレーズとリズム感覚がギターに負けずに存在感を出している。おそらくツアーバンドのベーシストでは再現不能なものもあるはずであり、そのせいかライブで古い曲は定番以外殆ど演奏されない。
  • エレクトリック・ギターフェンダー製のギター、特にテレキャスターを主に使用しており、ポイズン時代にカスタムショップで製作したモデルを元にしたフェンダー・ジャパン製のシグネチュアモデルをメインに使用している。なお、このモデルは現在日本のみならず米国でも市販されている。その他、ストラトキャスターの使用頻度も高い。またアコースティック・ギターはクレモナ・ブルガリア社から自身のモデルが販売されている。
  • Mr.Big加入の際に、前任のポールのオリジナリティあふれるギターフレーズを弾くにあたって、そのフレーズそのものは崩さずに自身の色を加えてアレンジを行った。後に雑誌のインタビューで「ポールの書いた曲のフレーズはロックの中でも最も有名なフレーズの一つだったから、崩さずに自分なりに弾くのは大変だった」と語っている。
  • リッチーの所有するスタジオにcharが訪問したときの対談でリッチーは、「初期にエリック・クラプトン、後にヴァン・ヘイレンやスティーブ・ヴァイ等からの影響を受けた」と語っている。その他、ジェイソン・ベッカーの影響も受けたと語っている。
  • ギター、ヴォーカルのみならず、レコーディングではキーボードベースのほか、ドラムまで一通りこなすマルチプレーヤーでもある。スティーヴィー・サラスのライヴにベースで参加したこともある。
  • 後の本人の発言によるとポイズン加入以前の20歳頃には既にR&Bスタイルの音楽でアルバムを作るべく曲作りをしていたが、レーベルの意向でメタルをやらされそうになり本人が拒否し実現せず流れのままポイズン加入および脱退を経た後に彼の音楽はようやく実現した形であり、その為『Mother Heads Family Reunion』(1994年)が自身のファーストアルバムなどと発言することもある。1stアルバム制作当時からメタルは全く好きではなかったとのこと。

人物[編集]

  • 当時シングルで全米NO.1にもなった実績のある人気ロックバンドポイズンに在籍中、ドラマーのリッキー・ロケットの婚約者を略奪した形となり、その後正直に告白しバンド内にて話し合うも解雇となる。どうやら彼女の方が彼に興味があって、彼の軽はずみな発言を本気にしていきなりさっさと乗り換えたらしい。その後2人は結婚し、Augustと年の離れた双子 (Ricky, Donna) をもうけるが後に離婚。それでも彼は当時のことを『素晴らしい娘に恵まれたし後悔はしていない』と語っている。
  • 後に前妻が別の男性と結婚し、二人の間の子供は3人ともリッチーが引き取り、現在はAugustとだけ暮らし双子の2人は母親に預けている。
  • 2009年9月9日に日本で先行発売されたアルバム『Peace sign』に先立ってのインタビューで「プロモーターはなぜ俺を日本に呼ばないんだ!」という発言をした。国内レコード会社をYOSHIMOTO R and C Co., Ltd.に移籍して以来、来日は実現されていない。
  • 発言に関しては言うことが何度も変わる。Forty Deuceを組んだ際にも「やっと自分のバンドが持てた」などと発言するが後に「あれはただのプロジェクト」などと発言した。自身のシグネチャーモデルの販売に関しても「次はハムバッキング搭載のギターを出す」と発言した後に「以前発売していたストラトキャスターの再発売をかけあっている」などと変わる。2006年に発売したガンダムのカバーアルバムについて、SHOW-YA寺田恵子になぜガンダムのカバーなのかという質問を受けた際には「あの時は狂っていたんじゃないかな」と言った。
  • マネージャーは実父である。
  • 某番組のパーソナリティーが「彼は風呂に入らないらしい」という発言をし物議を醸したが、彼は風呂嫌いでも極端な潔癖症でもない。
  • プリンスの大ファンであり、前妻と共演したWave of EmotionのPVではそれらしきメイク姿が見られる。また一時期はジョニーデップのコスプレの様な海賊風の衣装でライブをしていた時期もあった。
  • 好きな食べ物はカレーライスから揚げ
  • お金に執着がなく、若くして得た大金はブランド物の服に全て使い失ってしまっていたらしい。

ディスコグラフィ[編集]

アルバム[編集]

  • Richie Kotzen (1989年)
  • Fever Dream (1990年)
  • Electric Joy (1991年)
  • Mother Heads Family Reunion (1994年)
  • The Inner Galactic Fusion Experience (1995年)
  • Wave of Emotion (1996年)
  • Something to Say (1997年)
  • What is... (1998年)
  • Break it all Down (1999年)
  • Bi Polar Blues (1999年)
  • Slow (2001年)
  • Change (2003年)
  • Get Up (2004年)
  • Into The Black (2006年) ※日本未発売。輸入版のみ
  • The Return of The Mother Heads Family Reunion (2007年)
  • Peace sign (2009年)
  • 24 Hours (2011年)
  • Cannibals(2015年)

POISON

  • Native Tongue (1993年)

Richie Kotzen & Greg Howe

  • Tilt (1995年)
  • Project (1997年)

Vertu

  • Vertu (1999年)

MR.BIG

  • Get Over It (1999年)
  • Actual Size (2001年)

Forty Deuce

  • Nothing to Lose (2005年)

Wilson Hawk

  • The Road (2009年)

The Winery Dogs

  • The Winery Dogs (2013年)

コンピレーション[編集]

MR.BIG

  • Deep Cuts (2000年)
  • Mr.Big in Japan (2002年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]