リチャード・トンプソン (ミュージシャン)

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リチャード・トンプソン(Richard Thonpson,1949年4月3日-)はイギリスのロンドンに生まれたミュージシャン。


2006年にアイヴァー・ノヴェロ賞を受賞し、2011年には大英帝国勲章オフィサー(将校OBE)が授与された。60年代後半にフェアポート・コンヴェンションの一員としてミュージシャン活動を開始したトンプソンは1967年から1971年まで在籍した。も元々アメリカのフォーク・ロックやサイケに影響を受けたグループだったが、その一方でブリティッシュ・トラッドの要素とエレクトリックなロックンロールの融合させながら、実に独特な解釈を展開した。グループでは、サンディ・デニーイアン・マシューズサイモン・ニコルデイヴ・マタックス(1969年から参加)といったメンバー達とともに、ファースト・アルバム「Fairport Convention」(1968年)、「Unhalfbricking」(1969年)、「Full House」(1970年)といった、現在でも優れた作品として評価の高い名作を世に送り出し、英国のエレクトリック・フォーク・ロックにおけるひとつの原型を作り上げるという功績を果たした。


1971年初頭にフェアポート・コンヴェンションを脱退し、ザ・バンチ・アンド・ザ・サン名義で、様々な友人達とセッションを重ねながら二枚のアルバムを制作した。1972年、彼のファースト・ソロ・アルバム「Henry The Human Fly」を発表。アルバムに参加したリンダ・ピータースは、リリース後に行われたツアーにも同行し、やがてトンプソンとリンダ・ピータースは結婚し、私生活上でも仕事の上でもパートナーとしてともに活動していくことになる。そのリンダ&リチャード・トンプソンの最初の共作アルバムは「I Want To See The Bright Lights Tonight」。1974年に発表されたこの作品は、高い評価を受けた。これを始めとし彼らデュオは「Pour Down Like Silver」(1975年)、「Sunnyvista」(1979年)、「Shoot Out The Lights」(1982年)といったアルバムを発表していった。中でも彼らの最高傑作といわれる「Shoot Out The Lights」は特に高い評価を受けている。


また現在までソロ・アーティストとしても活躍している。リンダと離婚した1982年を境に彼のソロ活動には弾みがついた。代表的な作品をここで挙げると、「Guitar Vocal」(1976年)、全編インストゥルメンタルで占められた「Strict Tempo!」(1981年)、「Hand Of Kindness」(1983年)、「Across A Crowded Room」(1985年)、「Rumour And Sigh」、「Mirror Blue」(1994年)といったところか。なおトンプソンの作品は、ここに挙げた物の他でも評論家筋にウケが良い。



ギタリストとして非常に卓越した技術と音楽的センスを併せ持っていてフェアポート時代から、ブリティッシュ・トラッドとロック・ギターをブレンドした革新者であった。米国のカントリーを思わすトリッキーなベンドを用いたエレクトリック・ギター・プレイやピックの端でプレイするハーモニクス、その他豪放で鋭いロック感覚溢れるプレイや、英トラッドの影響を感じさせるアコースティック・プレイでの変則チューニングなどなど、実に幅広い演奏を聴かせる。またそうした幅の広いサウンドを聴かせつつも、どこかストイックさに貫かれているのも彼のプレイの特徴で、アメリカの音楽を感じさせながらも、同時にその根底にはイギリス特有のダークな感覚を感じさせるところもある。実際にイーグルスが結成された際には加入を誘われた程である。上手くは纏められないが、とにかくリチャード・トンプソンのいわく言い難い、シブいギター・プレイは、その魅力に一度とりつかれたらなかなか抜け出せないような感触を携えているように思う。

脚注[編集]

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