リチャード・ウェストマコット

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リチャード・ウェストマコット
Richard Westmacott
Richard Westmacott Mw111920 (retouched).jpg
John Watkinsによって撮影された肖像写真
生誕1775年7月15日
イングランド、ロンドン
死没1856年9月1日
イングランド、ロンドン

リチャード・ウェストマコット(Sir Richard Westmacott RA、1775年7月15日1856年9月1日)はイギリスの彫刻家である[1]

略歴[編集]

ロンドンで生まれた。同名の彫刻家の父親(Richard Westmacott the elder: 1747–1808)の工房で働いた後、1793年にアントニオ・カノーヴァの弟子になるためにローマに移った[2]。ローマの古典彫刻を研究し、ローマに移った年にフィレンツェの美術アカデミーの展覧会で1等を得た。翌年はローマのアカデミア・ディ・サン・ルカの展覧会にレリーフを出展してで金賞を得た。1797年にイギリスに帰国し、工房を開き、この工房ではジョン・エドワード・カリュー(John Edward Carew)やマスグレイブ・ワトソン(Musgrave Watson)といった彫刻家が学んだ。

ロンドンに自らの鋳造所を開き、自分の作品やジョン・フラクスマン(John Flaxman)といった彫刻家の作品の鋳造も行った。1840年から建造の始まった「ネルソン記念柱」に取り付けられたレリーフの鋳造のアドバイスを行った。1753年に開館した大英博物館の評議員会と契約し、博物館のコレクションの古典彫刻の複製も制作した[3]

1797年から1839年の間、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの展覧会に出展し、1805年にアカデミーの準会員に選ばれ、1811年に正会員になった[2] 。1827年から亡くなるまでアカデミーで彫刻を教えた[2] 。1837年にナイトの称号を授与された。

作品にはロンドンのハイド・パークマーブル・アーチのレリーフや、バーミンガムブル・リングに1809年に設置されたネルソン提督像などがある。

作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Richard Westmacott”. Royal Academy of Arts. 2021年1月30日閲覧。
  2. ^ a b c Charles Knight, ed (1858). “Westmacott, Sir Richard, R.A.”. The English Cyclopedia. Biography – Volume 6. London: Bradbury and Evans. p. 653 
  3. ^ British bronze sculpture founders and plaster figure makers, 1800-1980, National Portrait Gallery, London 

参考文献[編集]

  • Busco, Marie. "Westmacott, Sir Richard (1775–1856)". Oxford Dictionary of National Biography (online ed.). Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/29114. (Subscription or UK public library membership required.)
  • Dodgson, Campbell (1899). "Westmacott, Richard (1775-1856)" . In Lee, Sidney (ed.). Dictionary of National Biography. Vol. 60. London: Smith, Elder & Co.
  • Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Westmacott, Sir Richard". Encyclopædia Britannica. Vol. 28 (11th ed.). Cambridge University Press. pp. 547–548.
  • Pevsner, Nikolaus (1970). Cambridgeshire. The Buildings of England (second ed.). Penguin Books.